第25話 シロと仲良くなった莉央

 生前の私は、一言で言うと“平凡”だったと思う。

 普通の家庭に生まれて、普通に育った。


 そんな私が恋をしたのは、とある高校の入学式。

 桜の木が花を芽吹かせ、辺り一面淡いピンク色に染まる。

 その桜並木を歩いていると、ふいに光がこぼれ落ちた。


 何事にも興味がなさそうな瞳、夜の闇を編んだような黒髪。

 そんな彼に、一目惚れをした。


「……なに?」


 彼は、私が熱い視線を送っていることに気づいたようだ。

 ものすごく嫌そうに、私を睨む。


「へっ……!? あ、あの……ごめんなさいっ……!」

「……なにが?」

「え? そ、その、私があなたを見ていたこと……」

「は? お前はだれかを見たら謝るのか?」


 ……どうやら、私はなにか勘違いしていたらしい。

 睨まれたと思っていたが、違うようだ。

 私はおずおずと、彼に訊く。


「そ、その……私に見られるの……不愉快じゃないんですか?」

「なんでだ? っていうか、なにか用あるんじゃねーの?」


 しまった! なにも言い訳を考えていない!

 私がオロオロしてなにも言えずにいると、「じゃあ、もう行くな」と言って彼が去ろうとした。


「あ、ま、待って……!」


 このままじゃ、なにも始まらない。

 そう思った私は、彼を呼び止めて訊く。


「あなたの名前……教えてくれる?」

「え、あー……そうだな。俺の名前は天城サキ。まあ、なんだ……その、よろしくな」


 彼……いや、サキくんは少し照れくさそうに言う。

 だが私は、そんなサキくんの照れ顔はどうでもよかった。

 それよりも、サキくんが言い放った言葉の方が気になっていた。


「私も天城って言うんです! 天城ユキ! よろしくお願いします!」


 私が元気よくハキハキ言うと、サキくんは目を見開く。

 そして、笑った。


「ははっ。そっか。まさか同じ苗字のやつがいるとは思わなかった」


 クール系だと思っていたサキくんが、お腹を抱えて笑っている。

 私はそんなレアな顔を見て、嬉しくなった。


「な、なんだよ……」


 私がニヤニヤしているのを見て、サキくんは顔を真っ赤にする。

 サキくんの色んな顔が見られて、私は満足した。

 もっとサキくんとお話したい。

 だけど、そろそろ学校へ向かわないと遅刻してしまう。


「あ、あのっ……!」


 別れ際にはふさわしくないが、どうしても言いたいことがあった。

 だから私は、サキくんにそれを伝える。


「お友だちに……なってくれませんかっ!?」


 こうして私とサキくんは、はれて友人になった。


 ☆ ☆ ☆


「ふふふっ。それでね、私は沙織を守ったのよ。その時沙織にはおしりを向けてたから、思い出すと少し恥ずかしいけれど」

「そうなんですか! いいですねぇ。必死で身を呈して守るだなんて、なんだかナイトみたいです!」

「ふふっ、あの時の私は馬だったけどね」

「そういう意味じゃないですよー」


 私とシロは喫茶店を出て、公園でおしゃべりしていた。

 公園のベンチでさっき買ったカフェオレを飲みながら。

 あたたかいカフェオレが身に染みて、心までポカポカしてくる。


「で、今の人生はどうですか?」

「そうねぇ……そこまで苦労はしてないし、人の生活もいいなって思うけれど……時々馬に戻りたいって思うこともあるわ」


 シロは遠くを見上げて、物思いにふけっているような様子を見せる。

 馬として生きていた中で、いいことがあったのだろうか。


「だってこの姿じゃ、沙織のナイトにはなれないから」


 シロは困ったように笑う。

 そうか。シロは本当にお姉ちゃんが好きなんだ。

 まるでお姉ちゃんの母親のように、お姉ちゃんのことだけを一途に考えている。


 なんだか妬けてきちゃうな。

 そこまで想われているお姉ちゃんにも、そこまで想っているシロにも。

 私には、そんな人いないから。


「すごいですね。生まれ変わっても、お姉ちゃんのことを考えているだなんて」

「あの子の境遇は本当に悲惨だったから。なんだか気になっちゃうのよ。私なら沙織を悲しませたりなんてしないわ」


 真っ直ぐに力強く言い放ったシロを見て、私はちょっぴりいじわるしたくなってしまった。


「……あなたが死んだことで、お姉ちゃんは悲しんでましたけどね」

「あははっ。痛いとこつくわね。まあでも、莉央ちゃんの言う通りね。悲しませないようと頑張った結果がこれよ」


 そう言うも、悲観している様子はない。

 この人になにを言っても傷つくことはないんだろうな。

 それくらい芯の強さを感じる。


「でも、再会できた時に言ってもらえたの。――シロは、私のヒーローだって。だから、それでじゅうぶんなのよ」


 真に優しい人は強い。

 シロは、それをそっくり体現しているような人(馬)だった。


「そうですか。今度はすぐに死なないでくださいね。私もお姉ちゃんも悲しみますので」

「……そうね。そうするわ」


 私の言葉に一瞬目を見開いたけど、すぐにいつものように微笑んだ。

 シロはお姉ちゃんのヒーローで、私の友だちなんだからすぐに死なれたら困る。

 そういう意味も、シロには見透かされているようだった。

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