第24話 莉央とシロ

「私……死んじゃったんだ……」


 私、天城ユキは現在幽霊になっている。

 身体が透けていて、足首から先が消えているから。

 だけど、どうやって死んだのか思い出せない。

 たしか、私は学校にいたはずだけど……


「ここは……屋上……?」


 生前は、つらいことや悲しいことがあるとよく来ていた屋上。

 私は、学校の屋上から見ることのできる景色が好きだった。

 大きな山がそびえ立ち、近くには川が流れている。

 こんな自然豊かな景色を見ることで、自分の中の傷が癒されていたから。


「……綺麗……」


 思わずそう零した、その時だった。


「あら、新人ちゃんが景色を眺めていられる余裕があるの? すごいわね」

「えっ……!? だ、だれ!?」


 たしかに声が聞こえたのに、私のそばにはだれもいない。

 私に向けられたであろう声が響いていたのに、私の視界にはだれも映っていない。


「あたしが視えないのかしら……まだまだね……」


 謎の声が残念そうにつぶやくと、姿を現した。


「はじめまして、新人ちゃん。あたしはスピカ。あなたの……そうね、飼い主ってとこかしら」

「……はい?」


 スピカと名乗った女性は、金髪パーマでスタイルがいい。

 声も魅惑的で、同性の私でも惚れてしまいそうなほどだ。

 ……なんだけど。


「えっと……言っている意味がよくわからないんですが……」


 新人? 飼い主?

 この人はなにを言っているのだろう。

 そんな疑問満載の言葉に、スピカさんは驚いた様子で目を見開く。


「え? あなた、この街の死者のルールを知らないの?」


 この街の死者のルール。

 幼い頃、おばあちゃんが話してくれたことを覚えている。

 たしか内容は……


 この街の死者のルール。

 一つ目、未練を残して死んだものは悪霊になるべし。

 二つ目、おだやかに生を終えたものは極楽浄土に行くべし。

 三つ目、ものすごい負の感情をかかえて死んだものはすみやかに輪廻転生すべし。


 ……こんな感じだった気がする。


「ほー……よくそこまで正確に覚えていられるのね! あなた高校生でしょ? それなのに小さい時のできごとを覚えていられるなんて……素質あるかもね」


 スピカさんに褒められたが、あまり嬉しくない。

 なんだかバカにされているようにしか思えないから。


「それで……私の質問にも答えてください」


 私がジト目で睨むように言う。

 すると、面白そうにスピカさんが口を開く。


「ええ……そうね。ふふっ、これから楽しくなりそうだわ」


 その言葉に、私は嫌な予感しかしなかった。


 ☆ ☆ ☆


「むむむ……さて、ここからどうするか」


 私は創作活動に行き詰まっていた。

 お姉ちゃんと嫩さんに見せたやつはとりあえず置いておいた。

 参考になる部分はあったけど、私の創作ははじめだけ飛ばしてあとが続かないことが多い。

 あの作品もそうなりそうだ。


「あの、お隣いいですか?」

「どうぞ……え?」


 ここは近所のオシャレな喫茶店で、私はよく来ていた。

 創作に行き詰まった時とか特に。

 この喫茶店には人がよく集まってくるから、こうして声をかけられることもしばしば……なんだけど。

 こんな真っ白な子は見たことがない。


「ありがとうございます。お、パソコンでなにされてるんです?」

「へっ!? あ、いや、これはっ、人にはあんまり見せられないというかなんというか!?」


 真っ白な長い髪に真っ白なワンピース。

 二次元の世界の幼女みたいだった。

 まあ、私のこの能力も二次元みたいなものか。


「……あの、ところで、無理してその喋り方しなくてもいいですよ?」


 私は、相手の顔を見ただけでなんとなくその人の性質がわかる。

 本当になんとなくわかる程度だし、人によってわかる人とわからない人がいる。

 それでも、その子は驚いた顔をしていた。

 その言葉遣いを演じているという感じではなかったし、本当に自然だったから、自分でもなんでそれに気づいたのかわからない。


「……そう、ありがとう。私のこと、お姉さんがなにか言ってなかった?」

「言ってましたよ。本当のお姉さんみたいで頼りがいがあって優しいって」

「ふふっ、そうなのね。嬉しいわ」


 私の言葉を機に、その子の言葉遣いや雰囲気が一変する。

 そうだ。そうでなくちゃ。お姉ちゃんが昔楽しそうに話していた『シロ』は、そういうイメージだったから。


「あなたに会えて嬉しいわ。私、あなたのこと沙織から聞いてきたのよ? 可愛くて純粋でいい子だって」

「あはは……まあ、あの時は純粋でしたねぇ……」


 アニメや漫画にハマって、創作活動をして、えっちなやつに目覚めたのはいつだったっけ。

 でも、お姉ちゃんが小学生の時には、私はまだ目覚めていない気がする。

 だって、お姉ちゃんが小学生ってことは私も小学生だし。


「あなたたち姉妹って本当に似てるわね。優しいところとかそっくり」

「どこがですか。お姉ちゃんはともかく私が優しいなんてことはな」

「だって、嫩さんのことどんな人か気づいててお姉ちゃんの決めた相手ならって認めたんでしょ?」


 私は言葉が出なかった。

 すると、楽しそうにシロは口角を上げる。


「ねぇ莉央ちゃん、もっとお話しない? 輪廻転生でしかも前世の記憶持ちなんて、創作の参考になるんじゃない?」


 シロは私が望んでいるであろう言葉で、私を翻弄したのだった。

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