第23話 嫩にとってはじめての

「さーて、じゃあまずどうします? お菓子もジュースもゲームもたくさんありますね!」


 なぜか沙織ちゃんの家に知らない子がやってきた。髪の毛が真っ白だ。

 その子は沙織ちゃんの部屋に私を招き入れると、無邪気な笑顔でそう言い放つ。

 なにをしに来たんだろう。


「あの、あなたはどちら様?」


 彼女の明るい雰囲気に惑わされないよう、静かに聞き返す。

 なんでこの家の子でもなさそうなのに、我が物顔で居座っているんだろうか。

 家主みたいに振舞っているのが、少し納得いかなかった。


「おや、これは失礼でした。わたち、シロっていいます。沙織ちゃんにつけてもらった名前なんですよ?」

「シロって……なんだか犬みたいね。というか、沙織ちゃんがつけた……?」


 ふふんと得意げにその子……シロちゃんは笑う。

 まるで、自分が沙織ちゃんの特別な関係であるということをアピールしている感じがした。


「そうですよ。沙織ちゃんから聞いてませんか? 沙織ちゃんが小さい頃の、乗馬クラブでの話」


 まるで昔からの知り合いだとでも強調するように、机に置いてあるみかんを指で転がしながらシロちゃんが言う。

 シロちゃんの真っ白な髪に陽の光が当たって、とても神秘的な光景が広がった。


「――あなたは、信頼されていないんですね」


 数分か、数十秒か。あるいは数瞬だったかも知れない。

 互いに視線を逸らすことのないままいくばくかの時が流れ、張り詰めた静寂を打ち破るように、シロちゃんはもっと冷たい言葉を私にぶつける。


「嫩さんは、沙織ちゃんを傷つけることしかできないんですね。優しい人だと聞いていましたけど、ただ優しいだけの人でしたか」

「……そんなこと、わかってるわよ……」


 その言葉を心臓に突き立てられ、思わず顔がゆがんでしまう。

 ……そんなのは百も承知だ。

 自分がどんな人間なのか、自分が一番よくわかっている。


 みんなにいい顔をして、みんなに喜んでもらうのが好きで、自分はどうでもいいと自己犠牲に酔っている。

 私の優しさは、みんなへ向けてなのだ。

 だれか一人を特別扱いしたことなんてないから、どうすればいいのかわからない。


「わたちなら、沙織ちゃんを悲しませることはしません」

「……え?」


 シロちゃんの瞳は強くて真っ直ぐで、直視できないくらい眩しかった。


「わたち、ずっと前から沙織ちゃんのことだけを想っているんです。だから他の人に、沙織ちゃんへの想いで負けるわけないんです」

「……そう。なら、それでいいんじゃないかしら?」


 ぶっちゃけ特別扱いできない私より、こんなに沙織ちゃんのことを想っている子と結ばれた方が、沙織ちゃんも幸せなのではないかと思う。

 だけど、そんな私の言葉を聞いたシロちゃんは、ため息をついて眉をひそめる。


「……あなたは、本当になにもわかってないですね」


 シロちゃんは私をバカにするような発言をしているけど、その顔は自分を卑下しているようにも見える。

 ――あぁ、この子は本当に……沙織ちゃんのことが好きなんだ。

 私は直感的にそう思った。

 この子の正体はわからないけど、沙織ちゃんのことをすごく想っているのが伝わってくる。


「まあいいです。わたちは沙織ちゃんにとって話し相手くらいの存在にしかなれないのわかってるし」


 シロちゃんは暗い表情で、部屋の中を歩き回る。

 それは、馬が馬房の中で円を描くように歩き回る動作にすごくよく似ていた。


「だからあなたにお願いします。あの子を傷つけないでください。あの子が好きになった人ですから」

「え……あなたが幸せにすればいいんじゃ……」


 私がそこまで言うと、人当たりのよさそうな顔はどこにもなくなって鋭い視線だけが送られた。


「だからあなたはダメなんです。なんで沙織ちゃんはこんな人を好きになったんでしょうねぇ」

「あなたの言いたいことはわかったわ。私、頑張ってみるから」


 できるだけ感情を悟られないように、私は外面を取り繕って笑顔を向ける。

 私の言葉に満足したのか、シロちゃんはまた無邪気な笑顔を浮かべた。


「わかってもらえてよかったです。あなたがまた沙織ちゃんを傷つけた時は、容赦しませんからね?」

「ええ、覚えておくわ」

「ではそういうことで〜」


 シロちゃんは年相応の元気さでもってブンブンと両手を大きく振る。

 シロちゃんの姿が完全に見えなくなった時、私は大きなため息をついた。


「私だって、沙織ちゃんのことは大好きよ。でも、ならどうすればいいの……?」


 もうわけがわからなさすぎて泣きたくなった。

 私がここまで感情を表に出したことはないんじゃなかろうか。

 シロちゃんと話している途中も、感情が溢れてしまいそうだったし。


「……でも、シロちゃんには渡したくない……」


 それは、私がはじめて抱いた独占欲だったかもしれない。

 だれかへ敵意を抱いたのもはじめてだ。

 それがだれかを好きになるということなら、それこそがその感情なら、もう迷う必要はない。


「私が、沙織ちゃんを幸せにする」


 徐々にじんわりと、そしていつしかグツグツと音を立てて……胸の奥が煮えたぎっていた。

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