第21話 嫩と観るDVD

 魔法少女はかわいさを振りまくもの。

 そうじゃないと、楽しくないでしょう?


「わたしはかわいい。みんなもかわいい。どんなものもかわいいの。それを踏みにじるのは許さない!」


 決めゼリフを叫び、建物より大きくて醜くなってしまったリボンの怪物に向けて魔法を放つ。キラキラと白く輝く光が、その怪物に一直線に向かう。それはまるで夜空に輝く流星群のようで、思わず見惚れるほどだった。その魔法は見事怪物にヒットし、元の赤くてレースのついた小さなリボンに戻る。


「よかった……やっぱりこっちの方が断然いいよ。もう変な魔法にかからないでね」


 わたしはそう言うと、リボンを持ち主の元へ魔法で返した。わたしの名前は榎本沙良。見ての通り魔法少女をやっている。華やかな衣装にきらびやかなステッキ、膨大な魔力を持っている。

 よく魔法少女は正義のために戦うって言われているけど、わたしは違う。わたしは、〝かわいい〟のために、かわいいものを守るためにために戦っている。それはずっと変わらない。わたしの使命のようなもの。かわいいものが汚されるなんてあってはならない。かわいいものはわたしがこの手で守ってみせる。


「とはいえ、元凶をどうにかしないといつまで経っても終わらないんだよなぁ……」


 この世界には、かわいいものを醜くして喜ぶ変態がいる。その変態を正すためにわたしがいる。わたしがこの世界を、世界のかわいいを守っていくのだ。

 そう意気込んでいると、その元凶が音もなくお出ましになった。残念ながら、わたしはその人に一度も勝った試しがない。というのも、その人は神出鬼没で気づいたら後ろを取られていて……なんてことも多い。それなのに、今回はご丁寧に攻撃せず姿を現してくれた。どういう風の吹き回しだろう。それとも、単に舐められているだけかな。

 その人は、全身黒づくめ。大きな黒いローブを纏い、フードを目深に被っている。白い狐のお面も被っていて、顔も体の特徴もわからない。いつも思うが、不気味すぎる。よほど正体を明かしたくないようだ。自分のスタイルに自信がないとか?


「……無駄なことを。ワタシを倒さないと根本的な解決にはならないとわかっているはずなのに……」


 なんだ、嫌味を言いにきたのか。ずいぶん暇な人らしい。


「無駄なんかじゃないよ。わたしは汚されたかわいいものを元のかわいいものに戻す義務があるんだもん。わたしはそれをそのままにしておきたくないよ」

「……いや、だから、それはワタシを倒せば全部解決するのだけど……」

「もう! なんなの!? 倒して欲しいの!? 倒されたくないの!?」


 彼女の言っていることがもどかしくて、思わず地団駄を踏む。なにが言いたいのか見えてこない。言いたいことがあるならもっとハッキリ言ってくれないと。

 かわいいものを守ることのどこが無駄だと言うのか。それに、まだ被害が出ていないとはいえ、怪物と化したかわいいもの達が人を襲ってしまう危険もある。それを阻止するためにわたしがいるのだ。


「……まあいいわ。いずれまた来るから。せいぜい無駄なことを続けることね……」


 かわいい声をしていて、おまけに強い。お世辞でもなんでもなく、今のわたしでは絶対に勝てない。くやしいが、そう断言できてしまう。それほどまで彼女は……


「かわいすぎる! なにあの声! セイレーンかなんかなの!?」


 ……ものすごくかわいい。きっと、顔もスタイルもいいのだろうと思う。いや、確信している。絶対にあのお面とローブを外して、正体をこの目に焼きつけてやるのだ。これだけ振り回されてきたのだから、それぐらいはしてやらないと!


「そうと決まれば、さっそく強くなるためのトレーニングをしなくちゃ!」


 わたしは右拳を突き上げて、そう高らかに宣言する。モチベーションはぐんぐん急上昇中だ。さぁて、今日はなにからはじめようか。

 ――ぐぅぅ……


「あ……」


 これは家に帰ってご飯を食べるというサインだろうか。うん、きっとそうに違いない。そうと決まれば、さっそく家に帰らなくては。今日の夕飯はなんだろう。わたしの好きなハンバーグだといいな。わたしは変身を解くのを忘れたまま、自分の家へスキップで向かった。


「ただいまー!」

「あ、お姉ちゃんおかえりなさいです!」


 うきうき顔で帰ると、ドタバタと激しい足音を鳴らしながらなにかが勢いよく飛び出してきた。そう、なにか。そんなふうにしか言えなかった。だって、魔法少女であるわたしの目をもってしても、迫ってくる姿が見えなかったから。「お姉ちゃん」と呼ばれたから、誰かはわかるのだが。


「う……くるし……」

「あ、ごめんなさいお姉ちゃん。お姉ちゃんが帰ってきたのが嬉しくてつい……」


 こんな嬉しいことを満面の笑みで言ってくれるなんて、この子は天使かなにかなの? そうとしか思えないんだけど。ぱっちりとした大きくて丸い瞳、わたしよりも小さくて思わず守ってあげたくなるほどの華奢な体、優しくて人当たりのいい性格。その全てがわたしにはまぶしくて、とてもかわいく見える。実の妹にこんな感情を抱くのは自分でもどうかと思うが、わたしがもし男で妹と血が繋がっていなかったら、妹と付き合いたいと思っていただろう。それほどの魅力が、彼女にはある。


「お姉ちゃん……? どうしたんです?」

「ううん。なんでもない。もうほんと美良はかわいいねぇ」

「……お姉ちゃん、なんだか親戚のおじさんみたいです……」


 なんだか妹に少し……いやかなり引かれた気がするが、それは気のせいということにしておこう。そうしよう。たとえ妹に嫌われようと、わたしは妹を好きで居続けるから。……こういうところが引かれるのかな。

 そんなことはどうでもいいや。それよりも、お腹がすいて仕方ない。わたしは妹と手をつなぎながらキッチンに向かった。キッチンには「ふんふーん」と鼻歌を歌いながら料理するお母さんの姿がある。この香ばしい匂いは……ハンバーグだ!


「ハンバーグだ! やったぁ! ……あ、お母さんただいまー!」

「おかえりなさい。でも、第一声がハンバーグってどうなのよ」


 お母さんは呆れたように笑う。ふふっと口に手を当てて笑う姿は、上品そのもの。わたしもそれを見習いたいと、いつも思っている。わたしもこんな大人になれるかな。なれるといいな。上品なお母さんとかわいい妹……この二人にはさまれて、ほこらしいと同時に少し肩身が狭い。わたしにはなにもないから。だからと言って、へこたれてなんていられない。わたしは魔法少女なんだもん。魔法少女はひたすら前だけを見る。それだけは忘れてはならない。


「どうしたの、沙良。ボーッとして」

「へ……? あ、えっと、なんでもないよ?」

「そう……? なら、お皿運んでもらえる?」

「はーい!」


 色々考えるのはあとにしよう。なんたって、今日の夕飯は大好きなハンバーグなのだから。それに集中しないと……!


「いただきまーす!」


 今日のハンバーグはいつもより一段と美味しかった。

 そして食べ終わったあと、わたしは自分の部屋で宿題をしていた。勉強も魔法少女の立派な務めだから! ……というわけではなく、明日出さないといけない宿題を片付けているだけだ。ようするに、やらなきゃいけないことをギリギリでやっているだけ。……不甲斐ないな。

 それにしても、『この時の作者の気持ちを考えろ』という問題がむずかしすぎて、わたしにはなかなか答えが見つけ出せない。こんな問題を最初に考えた人はいったい誰なのか。一度でいいから顔を見てやりたいものだ。そしてお礼参り……じゃなくて、ガツンと言ってやりたい。


「うむむ……文武両道でこそ、魔法少女だもん。がんばるぞー!」


 わたしは気合いを入れ直して、机に向かう。あの黒づくめの子……呼びにくいから〝クロ〟でいいや。クロとの戦いも、勉強という戦いも、自分磨きも負けていられない。もっともっと強くなって、もっともっと賢くなって、もっともっとかわいくなるんだ。それこそがわたしの目指す道。全部カンペキにして、自分にほこれる自分になりたいから。そしていつか、わたしをばかにしてた人達を見返すんだ。


「よし、こんなんでいいかな」


 宿題を終わらせ、ぐーっと体を伸ばす。いつもよりできた気がする。あとは見直しと答え合わせを……

 わたしが最後の仕上げをしようとすると、どこからか轟音が鳴り響いた。地震でもきたのかと思うほどの大きな揺れ。大地が悲鳴をあげているようだ。わたしもはじめは地震が起きたのかと思ったが、なんとなく……なんとなくだけど、これは地震じゃない気がする。わたしの魔法少女としての勘がそう告げている。揺れと大きな音に混ざって、嫌な空気が流れているみたいだった。魔力の流れも変なふうになっている気がする。「のよう」とか「気がする」とか曖昧な言い方しかできないけど、そういう感覚でしか言い表せないのだ。嫌な予感がする。


「……いかなきゃ!」


 もしかしたら、またクロが現れたのかもしれない。だとしたら、わたしの出番だ。今度こそ勝って、かわいいを永遠に守っていくんだ……!

 わたしは机の上に置いてあったステッキを手を取って駆けだした。魔力の流れを辿って、ひたすらその先へと進む。美容院がある角を曲がり、パン屋があるせまい道を通り、寂しげな商店街を進む。幸い人通りが少なく、あまり人目を気にすることなく進むことができた。いつの間にか変身していたみたいで、視界のすみにヒラヒラとピンクのスカートがはためいているし、白い手袋も映る。しかしそんなことは気にせず、ひたすら標的だけを見据えて走る。


「はぁ……はぁ……着いた……」


 どうやらここから魔力が溢れているらしい。そしてわたしの想定通り、そこにはクロがいた。でも、いつもより様子がおかしい。邪気が多いというか、威圧感があるというか……とにかく近寄りがたい雰囲気を感じた。すべてを飲み込むような真っ黒な瞳は、なにを映し出しているんだろう。


「……ん、来たのね。魔法少女……」

「いい加減名前覚えてくれない? わたしは榎本沙良。かわいいを守るために立ち上がった魔法少女で」

「……その口上いい加減聞き飽きたわ……」

「ひどっ!」


 あ、でも、「聞き飽きた」ってことはちゃんと聞いてくれているということなのかな。なら魔法少女って呼んだのは、名前がわからないというわけではないのかな。もしかして照れ隠し? うわー、もしそうならめちゃくちゃかわいいじゃん!


「……で、なにしに来た……って、聞くまでもないわよね……」

「うん! わたしはあなたと戦いに来たの!」

「……ふーん……」

「反応うすくない!?」


 もう慣れっこだけど、この冷たさはどうにかならないものか……まあいいけど。そんなところもかわいいから。なにも問題はないのですよ。あれ、なんの話だっけ?

 細かいことはどうでもいいや。それより今は、このおかしな雰囲気をどうにかしなくては。でも、どうすればいいんだろう。クロと話していて、少し邪気がやわらいだ気もするし……放っておいてもいいかな。怪物も見た限りではいなさそうだし。


「……じゃあ、戦いをしましょうか……」

「ふぇっ!?」


 この子はいきなりなにを言い出すのか。気持ちの切り替えが早すぎない?


「ちょ、ちょっと待って。落ち着こ? 話し合いで解決しよ?」

「……ワタシたちに話し合いなんて無縁でしょ……」

「うぐ……っ」


 それはそうかもしれない。全くもって正論だ。でも、話し合えばきっと分かり合えるはずだ。そう思っているのは多分わたしだけなのだろう。話していて〝楽しい〟と感じるのは、きっとわたしだけなんだ。わたしだけが、クロと……心を通わせたいと思っているんだ。


「……どうしたのかしら。まさかその格好でやってきて戦わないつもり……?」


 クロはわたしのことを、ただの魔法少女……倒すべき敵としか思っていない。友だちはおろか、話し相手とすら思ってくれていないんだ。それは当然といえば当然だろう。わたしたちは今まで戦いあってきたのだから。戦いたいというのが当たり前の感情だと思う。むしろ、わたしの方がおかしいのだ。それは、わかっている。わたしにとってクロは敵で、クロにとってわたしは敵。それが本来のあるべき姿。親しみなど、憧れなど、抱いてはいけなかったのに。クロの絶対的な力、ミステリアスな性格、好奇心、目を奪われる見た目、そのどれもに魅力を感じてしまった。


「……ん? あの、もしもーし……?」


 ご丁寧に手を振ってわたしの無事を確認してくる。こういう律儀なところもまたかわいい。――だからこそ超えたい。わたしだって、クロみたいに、かっこよくてかわいい人になりたい!


「いくよっ!」

「……はぁ? 待っててあげたのにいきなり……?」


 私の叫びに、クロは面食らったようだ。それもそうだろう。わたしの反応がないのを心配して待ってくれていたのだから。でも、すぐに持ち直したみたいで、クロの黒い瞳がぎらりと光る。獲物を狙い定めたハンターばりに殺気を放つ。


「……そう来なくっちゃ……!」


 クロは楽しそうに声を弾ませる。普段は抑揚のない、感情のない声でしゃべるくせに、こういう時だけテンションがあがるんだから。根っからの戦闘狂らしい。でも、だからこそ戦いがいがあるというものだ。今日こそ超える。そしてクロの素顔を見てやるんだ。わたしが勝ったら、きっと〝友だち〟になれるだろう。これはわたしの願望にすぎなくて、予知とかそんなものではないけれど、有無を言わさずなってやるんだ。きっと、できる――!


「……ふふっ、面白くなってきたわね……」

「そりゃどーも……!」


 わたしの力でどこまでできるかはわからない。だけどわたしの魔力は、〝かわいい〟のためにある。自分の願望のためにある。ならば、わたしの願望をぶちまけてやらなければ。

 思ったよりわたしの力は強くなっていたようだ。あのクロと渡り合えている。……といっても、防御魔法をずっと使いっぱなしにしているだけだけど。それでも、魔法を打ち破られずに持ちこたえているのはわたしに力がついてきた証だろう。このまま自分を守っていてもいいけど、そうすると永遠に勝負がつかないかもしれない。自分からしかけないと、事態は進展しない。このままではガマン比べになるだけ。……ん? 別にそれでもいいのか? いや、よくない! もう眠いのに、このままなんていけるわけない。まだなにもしかけないわたしに疑問を抱いているのか、攻撃がやんだ。でも、油断はできない。わたしが魔法を解いた瞬間に攻撃してくるかもしれないから。

 でも、目の前のクロは肩を激しく上下している。あれ、クロってこんなんで音を上げるような子だったっけ。わたしが知っているクロは、もっと強くてもっと気高くてもっとかっこかわいいはず……


「……なんで……」

「……へ?」

「……なんでワタシのこと、そんなふうに……魔法少女は、想いを魔法に変えるもの……だからこそ、ワタシが攻撃するたびにアナタの想いが伝わってくる……」

「ありゃ、そうだったの……」


 それは、なんというか、すごく、恥ずかしいな。わたしの熱い想いが筒抜けになっていたなんて。好きな人に書いたラブレターを本人に目の前で見られているくらい恥ずかしい。ラブレターなんて書いたことないけど、気持ちとしてはこれくらいだと思う。だって、クロによせている想いは、恋心に似た〝憧れ〟なんだから。でも、(表向きは)正義の魔法少女が悪役の子に憧れるなんてあってはならない。そう、わたしは……魔法少女として間違っている。でも、人として、ただの一人の女の子として、クロに憧れた。


「……ワタシなんかに、もうそんな感情を抱かないで……っ!」

「え? あ……っ」


 クロはそう言うと、すばやくどこかへ去ってしまった。わたしはフラれたような心境で、どうすればいいかわからずひたすら立ちつくす。やっぱり、間違っているのかな……


「はぁ……帰ろ……」


 今日はどっと疲れた。こんな日は早めに寝るに限る。さっさと帰ってさっさと寝よう。

 わたしはまた夜の街を駆けてゆく。今日はすっきりしたようなもやもやするような、よくわからない感覚に襲われる。んー、だめだめ。余計なことは考えないようにしよう。そうしないと、昔のいやなことを……


 ベッドに入ったあと、わたしは夢を見た。夢とわかるほど、そこは混沌としていた。わたしにとって居心地が悪かった。わたしの悪口しか言われていないから。悪口というか、遠回しにそう言われているように感じるってだけだけど。


「榎本さんは今日もお綺麗ですね。妹さんも可愛らしくてさすが親子って感じですよね~」

「沙良ちゃんの妹、すっごいかわいいよね~」

「お、お姉さん! あいつにこれ渡してくれまんか?」


 いつも妹とお母さんと比べられてきた。妹もお母さんも大好きだから恨みとかないけど、やっぱりここまで差がつくと「うーん」という感じになってしまう。挙句の果てには……


「お前、お母さんと妹に似てなさすぎだろ。お前だけ拾われたんじゃね?」


 ……そんなことまで言われてしまった。お母さんも妹も容姿端麗というやつで、わたしは……まあ、普通? だと思うから無理もないけどさ。なんていうか、自分だけいやな意味での特別扱いされるのはなんだかなーって感じ。もちろん、お母さんと妹は大好きだけどさ。


「……ちゃん、お姉ちゃん?」

「は、はいぃ!?」


 耳元で普通の声量を出されたから、あわてて飛び起きた。なんかすごくいやな夢を見ていた気がするけど、飛び起きたせい……おかげ? で忘れてしまった。それがあったからか、やけにすっきりしている。完全にもやもやが晴れたわけではないけど、なんか妹を見ているとどうでもよくなってきた。でも、耳元で普通の声量を出すのはやめてほしい。耳がおかしくなっちゃう。


「今日はみんなでおでかけですよ? 忘れたんですか?」

「忘れてないよー。でも、起こしてくれてありがとね」


 わたしはそう言って妹の頭を撫でる。妹は戸惑いつつ、嬉しそうに笑っている。めちゃくちゃかわいい。今日もそんなかわいい妹がそばにいてくれるだけで、それだけでいいやという気分になる。妹が結婚したら大変なことになりそうだな……

 そんなことを思いながら、わたしはいそいで支度する。細かいことは気にしないようにしよう。わたしはこれからも、〝かわいい〟を守る魔法少女として戦っていくんだから。クロとの戦いも、きっとこれから決着がついていくだろう。


「よーし、準備できたよー!」

「じゃあお母さんのところ行きましょー!」


 きっと、これから。


 ☆ ☆ ☆


「……そう、すぐに決着がつく。だって、アナタはワタシなんだもの……」


 向こうの自分がのんきに家族でお出かけをしているのを遠くから眺めながら、ワタシは苛立ちを声にふくませる。ワタシは、向こうの自分にクロと名付けられたワタシは、沙良と同一人物。向こうの自分が無意識に生み出してしまったクソみたいな存在。

 そのことを自覚すると、怒りとやるせなさで頭がおかしくなりそうだった。いっそ泣いてしまいたいのに、もう泣く気力すら残っていない。


「……もうすぐでワタシは消えてしまう。その前に、ほんの少しだけでもいい、最後の悪あがきを……!」


 砂のようにサラサラと粒子状になって消えかけている自分の手を見ながら、憎悪をふくらませる。ずっとずっと溜めてきた汚い感情を魔法に込める。これは、ワタシを生み出したわたしに対する復讐だ。

 ――かわいいものや人が好き。だけど自分はかわいくない。そんなこと、自分が一番よくわかっている!

 ――本当に自分は、かわいいものが好きなのだろうか。自分がなれないものに異常なまでのあこがれをいだいているだけではないのか。

 本来なら向こうのわたしが持っていたであろう負の感情を一身に受けたワタシは、その負の感情を目に付いたかわいいものへ投げる。ただそれだけで、ワタシが思った通りの醜い怪物ができあがった。


「……ははっ、あははははっ、自分が好きだと思い込んでいるものが少し外見を変えただけで醜いと決めつけるなんて、わたしはほんと大バカよね……っ!」


 わたしは外見の魅力を気にしすぎている。だから気づいていない。内面の魅力というものに。姿は変われど、それはそれなのだ。それこそ、自分がかわいいと思ったものを否定しているということだ。

 それほどまで、わたしはおろかなのだ。なぜ本来生み出されなかったはずのワタシが消える運命にあって、あっちは無事なんだろう。それこそおかしい。だからワタシは歯向かい続ける。

 本来のわたしに。

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