第20話 嫩と昔の記憶

 私はキッチンにいた。

 お母さんと妹と私の三人で仲良く並んでいた。

 私の視界は少し暗くて夜みたいだったけど、同時に昼間のようなあたたかさもある。


 それは、お母さんが私たちに微笑んでくれているからだろう。

 すごく居心地がよくて、私も笑った。

 妹も多分笑っていた。


 お母さんがなにをしているのかはわからない。

 私の身体は小さくて、台の上にあるものを捉えることができなかった。


 腕を伸ばしてみる。

 ――届かない。背伸びをしてみてもだめ。

 そんな私の様子を見て、お母さんはさらに笑みを深める。


 いい匂いがする。

 私と妹が好きな匂い。

 お腹がきゅぅと鳴く。

 私は妹と顔を見合わせて「カレー!」と叫ぶ。


 その瞬間、じゃがいも、にんじん、牛肉……カレーの食材が頭の中にどんどん浮かんできた。

 ワクワクドキドキして、その場を駆け回りたくなった。

 そうこうしているうちに、もう完成したらしい。


「できたわよ」


 でも、その声はお母さんの声じゃなかった。

 お母さんよりは知らないけど、私がよく知っている人の声。

 お母さんよりも優しさに溢れているんじゃないかと思うほど優しい声色。


「……ふたば、せんぱい……?」


 私は舌っ足らずな声で、そう呼びかけた。


 ☆ ☆ ☆


 それは、朝になってわかった。

 全部が夢だと。


「あぁぁぁぁっっ! なんて夢見てんの!?」


 前にも嫩先輩との夢を見たことがある。

 だけど、今日見た夢はあの時の比ではない。

 あの時は……いや、あの時も嫩先輩に告白させるというなかなかの夢を見ていたけど、今日の方がやばい。

 だって、恋人だけでは飽き足らず、家族になってしまっているのだから。


「これも全部莉央のせいだ……そうに違いない……」


 莉央が付き合ってるという認識でいいかと訊いたあと、嫩先輩はいつもの調子で「そうだよ」と笑顔だった。

 それから、莉央による攻めが繰り出されたのだった。


『百合ももちろん守備範囲だけど、まさかリアルで見られるなんて!』

『で、どっちがタチでどっちがネコなんです?』

『ぎゅーってしてるとこ見せてもらっていいですか? あ、もちろん創作の参考程度にですよ?』

『ひゃー、眼福眼福! たまりませんなぁ!』


 今すべてを思い出したけど、うちの妹は本当にどうかしてると思う。

 前に馬が擬人化して美少女化しているゲームを妹に見せられたことがあったけど、そこに出てきたピンク髪で大きなリボンをしている……名前は忘れたけど、結構小柄な子だったはず。


 その子並にやばいんじゃないかと思ってしまう。

 ピンク髪の子も妹と同じようなオタクで、インパクトのある発言をしていた記憶がある。

 我が妹は、その子と同列なのでは?


「……いや、それはなんか全てに対して失礼だったかも……」


 とはいえ、妹がやばいという事実は変わらない。

 なんで莉央のせいでこんな罪悪感まみれの夢を見なきゃいけないんだ。


「あら、沙織ちゃん。おはよう。いい天気ね」

「ふぁっ!? 嫩先輩!? おはようございますっ!」

「そんなにあわてて飛び起きなくてもいいのよ?」


 そうだ、嫩先輩に泊まりに来てもらってたんだった。

 莉央の押しと今日見た夢のせいで、すっかり忘れていた。

 リアルの方の嫩先輩をないがしろにするなんて、あってはならないのに。


「あ、あの、昨夜は妹がすみませんでした。いつもあんな感じで……迷惑でしたよね?」


 私が必死に頭を下げると、嫩先輩は肩を優しく掴んできた。


「いいのよ。私気にしてないから。それよりも、沙織ちゃんとはずいぶん性格が違うのね」

「あ、あはは……よく言われます。あの子結構容赦ないんで……」


 そう、あの子はだれに対してもああなってしまう。

 すぐに一人で暴走してしまう。

 その勢いで気の合う友だちを作っていってたけど、反対に「なんだこいつ」という目で見られることも多かった。


 でも、嫩先輩が後者じゃなくてよかった。

 あれでも一人の妹だから、無下にされるのは気分のいいことではないから。


「ねぇ、沙織ちゃん。莉央ちゃんからDVD借りたの。二人で一緒に観ながら朝ごはん食べない?」

「え、莉央はどうしたんですか?」

「『あとは二人でごゆっくり〜!』って言って出ていったわよ。ご両親も朝早くにいなくなっちゃって」


 お父さんとお母さんが共働きで忙しいのはわかっているから聞かなかったんだけど、嫩先輩は二人のことも話してくれた。

 莉央は……まあ、近くの本屋かゲーセンにでも行っているだろう。

 そんなに心配しなくていいか。中学生だし。


「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……」

「ふふっ、二人でゆっくりできるわね」


 ……嫩先輩のその言葉に他意はないのだろうけど、私は無駄にドキドキしてしまった。

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