第11話 沙織の好きと莉央の好き

「お姉ちゃん。これ、新しい同人誌作ってみたの。読んでみる?」

「いえ、結構です」


 妹の手には、口にするのも恐ろしいような性癖の詰め合わせが握られている。

 許容できるものなら、私もここまで拒否反応は示さなかっただろう。

 だけど、これは仕方ない。

 だってそれは、その本は……


「なんで馬を擬人化しちゃうかなぁ……」

「あー、そういやお姉ちゃんってそのままが好きな人だったね~」

「ごめん……擬人化はどうしても好きになれないんだ。ファンタジー種族とか、その姿が普通ってならいいんだけど……」


 それは、実際の競走馬を擬人化した創作物だったから。

 作品の設定が異世界で獣耳っ娘というのなら、私だって読めなくはない。

 だけど、実際の元となるものが他に存在していると、途端にダメになる。


「食べ物とか無機物とかの擬人化もダメだもんね」

「そう……そうなの。そのままで創作してほしいと思っちゃう……」

「擬人化作家を敵に回しそうな発言だね」


 妹の趣味を尊重してやりたいと思っても、ダメなものは本当にダメ。

 妹の趣味を否定する気はないが、受け入れることもできない。

 性癖が合わないとこういうことも起こりうる。

 性癖って恐ろしい。


「あぁぁ……でも絵は上手いね。さすが莉央」

「とってつけたように言われても……」


 私は莉央の持っている同人誌からなるべく目を離し、あさっての方向を見ながら口を動かす。

 絵は上手いんだ。絵は。


「じゃあ、息抜きに描いた馬の絵を……」

「ふぉぉぉ! 躍動感すごい! 生きてるみたい! まさに芸術! まさに神!」

「急にテンション上がるね。見てて楽しい」


 妹に遊ばれているなんてつゆ知らず、私は莉央の描いた馬の絵に釘付けになった。

 やっぱり、莉央の絵は好きだ。

 今どきのアニメやマンガっぽい絵柄だけれど、どこかリアリティも混ざっている。


「お姉ちゃんの性癖ってなんだったっけ」

「え、それ聞く? 私が好きなのは馬だけだよ?」

「いやまあ、そうなんだろうけど……」


 莉央の絵を奪い取って、まじまじと鑑賞する。

 この絵はあとで額縁でも買って飾ろう。


「うーん、まあいいや。学校でのこと聞かせてよ。女子校って楽しい?」

「楽しいよ? 馬にも会えるし!」

「それは部活ででしょ。学校の中に馬はいないでしょ」

「えへへ、そうなんだけどね。まあ、そこそこ楽しいよ。あの気難しいルームメイトの先輩とも打ち解けてきた気がするし」

「え、あの不良っぽいやつって言ってた人? へぇ、お姉ちゃんコミュ障なのにやるじゃん」


 やつ、とまでは言っていないが、概ね合っている。

 私の気のせいでなければ、最初の頃よりはだいぶ向こうも私も心を開いている。

 仲良くできる人が増えたのは素直に嬉しい。


「好きな人とかっているの?」

「ふひゃぁっ!? な、なんでそんなこと訊くの!?」

「いや、お姉ちゃん男の人は苦手通り越して拒否反応できるからさ、好きな人できるとしたら女の人かなって」

「その考え自体は否定しないけどさ……」


 莉央が突然変なことを訊いてくるから焦った。

 身内のことを知りたいのはわかるし、恋バナしたい気持ちもわかるけど……


「うーん……好きな人っていうか、気になる人ならいるけど……」

「へー、どんな人?」


 案の定、ズカズカと土足で無遠慮に踏み込んでくる。

 こういうのはどうも苦手だ。

 私には苦手なものが多すぎる。


「も、もう、私の話はいいでしょ? もうすぐお母さんたち帰ってくるんじゃない? 出迎えて驚かせようよ」


 誤魔化すのが下手すぎる。

 触れられたくない感丸出しじゃないか。


「んー、そうだね。お姉ちゃんが触れられたくないからこれ以上詮索しないよ」

「へっ? べ、別にそこまででは……」

「どっちなの……」

「うぅ……」


 こうやって変なところで相手に悪いと思うから、誤解されるんだ。

 でも、ほんとに申し訳ないし。

 触れられたくないけど、それをはっきり言うこともできない。

 身内にでもこうだから、他人になんてもっと難しい。


「……お姉ちゃん、頑張りなよ」

「うん、わかってる……」

「一緒にいない時は助け舟も出せないからね?」

「うん……頑張るよ……ほんと……」


 なんだかシリアスな雰囲気になってしまったけど、これを直さないと前に進めないから。

 いつまでも、妹に甘えるわけにはいかない。

 ……というか、妹に甘えるなんて、姉としての矜恃がないと思われても仕方ない気がする。


「よし、お姉ちゃん。特訓しよう!」

「へ? なにゆえ?」


 莉央はすでにやる気満々みたいで、私の疑問に答える様子もない。

 私はいったい、なにをされるのだろうか。

 不安と困惑が私の脳を埋める中、莉央の目はメラメラと燃えていたのだった。

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