第10話 沙織の妹は甘えん坊

 冬休みに入って、寮内はガランとしている。

 やはりみんな、遊びに行ったり実家に帰ったりしているらしい。

 私もそうした方がいいだろうか。


「あ、でも……夕陽先輩は帰ってなかったよなぁ……」


 夕陽先輩いわく、実家にいるのは息が詰まるのだとか。

 夕陽先輩にとっては、実家はあまり心地いいものではないらしい。


 私は……どうだろう。

 息が詰まるとか、そういうマイナスの感情は抱いていない。

 でも、進んで帰りたいとも思わない。

 どうにも中途半端だった。


 ――ピロリン。

 普段は鳴らないはずのメッセージアプリの通知音。

 それが不意に鳴ったから、肩がビクッと大きく震えてしまった。


『お姉ちゃん、今そっちも冬休みだよね。家帰ってくる気はない?』


 なんと、送り主は妹からだった。

 妹から連絡がくるなんてめずらしい。

 家族から連絡がきた以上、無視するのも忍びない。


『愛しの妹からそう言われちゃ仕方ない。帰ろうかな』


 冗談交じりで返信を書く。

 そして、色々手続きをするためにその場を離れた。


 ☆ ☆ ☆


「うわー……家帰るなんて久々だなぁ……」


 私の家はごく普通の一軒家だから、特筆すべきことはない。

 強いていえば、庭が広いことくらいか。


 ――ピンポーン。

 自分の家だからチャイムを鳴らす必要はないんだけど、久しぶりだから心の準備も兼ねて鳴らした。

 もし今だれも家にいなかったら寂しいし。


「はいはーい。あ、お姉ちゃん!」

「た、ただいま……」


 可愛らしいアニメ声に、可愛らしい小さな口元、目がくりってしてるところとか私と同じミディアムヘアなところも可愛い。

 つまり、私の妹は可愛い。QED。


「お姉ちゃーん! 愛しの妹がハグしてあげますよー!」

「えへへ、ありがとう。ところで莉央りお、また大きくなった?」

「……ナンノコトカナー」


 確実に大きくなった。特に胸が。

 まあ、成長期真っ只中な中学生だもんね。

 これからどんどん大きくなって、いつかグラマラスな莉央に……


 ……だめだ。

 そうなると、男にいやらしい目で見られるかもしれない。

 程々な成長が一番だ。


「お姉ちゃんは相変わらず馬臭いね」


 ぎゅーぎゅー抱き合いながら会話しているため、ダイレクトに匂いが伝わってしまうのだろう。

 莉央は乗馬クラブに通ったこともなければ、馬術部に入ってもいない。

 そのせいか、いつも私は臭い臭い言われている。


「一応臭い消すやつやってるんだけどなぁ……」

「ぐふふ……でもこれはこれで……」


 私が気にしているのをお構いなしに嗅いでくる。

 ……まあ、なんていうか、妹はこんなやつだ。

 見た目のわりにあまりモテないのも、これが原因だったりする。


「馬に身体中汚されるお姉ちゃん……薄い本が厚くなりますな……」


 こんな特殊性癖をこじらせていなければ。


「あ、あー……ところでお母さんたちは? 家にいる?」

「ん? 今はいないよ。お姉ちゃんが帰ってくるからって、みんなで買い物に出かけたから」

「そっか……って、じゃあなんで莉央はうちにいるの?」


 まだ私を離す気はないらしいのか、がっつりホールドされている。

 それ自体はそこまで気にならないけど、外にいるから人に見られていないかが気になってしまう。

 どうしても、人目が気になってしまう自分に嫌気がさした。


「なんでって……お姉ちゃんのこと大好きだから待ってたんだよ〜!」

「莉央……!」


 なんて健気な子なんだ。

 妹は中学生になると大人びて可愛くなくなると愚痴っていたクラスメイトがいた気がしたけど、うちの妹はそんなことない。

 もうそのまま育っていってほしいものだ。


 だけど、同時に姉離れもさせてあげた方が莉央のためなのかなとも思う。

 私のこと大好きなのはいいものの、それが莉央の成長を妨げてしまっているのではないかと不安でもある。

 でも、こうして私にとことん好意を向けて癒してくれるから、なにも言えないでいるのも事実だ。


「じゃあ、そろそろ中入ろっか」

「うわ〜……家の中なんて久しぶりだからなんか緊張するなぁ……」

「なんで緊張するの」


 私の言葉にふふっと笑ってくれる。

 それだけで癒される。マイエンジェル。


「そーれっ、オープンザドア!」

「おぉうっ!」


 二人で大げさなほどの会話を楽しんだ。

 莉央といると、ノリがよくていつも楽しい。

 飽きることはないし、つまらないと思うこともない。


 なんで私はそこまで家に帰ることを億劫に思っていたのか。

 自分のことが不思議でならない。


「そういえば、二人で使ってた部屋ってどうしてる?」

「え? もちろん私が使ってるよ?」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 思い出した。家に帰るのがあまり乗り気じゃなかった理由を。

 そうだ。この妹は天使だけど、心……というか性癖が腐っているのだ。

 私が知りたいのは、どんな部屋にしているのかということだ。


「ふ、ふふっ……知りたい?」

「いえ、結構です」


 恐怖のあまり思わず、敬語になってしまったのだった。

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