第12話 沙織の特訓
鼻息からも、白いもやもやが吐き出される。
それほどまでに気温は下がっていた。
冬休みだし、当然だろうとは思う。
思う……けど……
「あ、あの〜……どこまで行くの?」
あの後お母さんたちが帰ってきて、久々に一家団欒の時を過ごした。
とても楽しくて、充実していて、やっぱり家で過ごすのもいいなと思いながらまったりしていた。
それなのに、今のこの状況はなんなのだろうか。
私は莉央とともに、身体中震えながら歩いている。
莉央は行き先をかたくなに教えてくれず、仕方がないからマフラーに顔を埋めながらひたすらあとをついて行く。
「もうすぐだよー」
朝早い時間で、あくびを出しながらその言葉を聞いたため、一瞬なにを言ったのか聞き取れなかった。
というか、なんで朝早くに外を出歩いているんだろう。
特訓とか言っていたけど、具体的にはなにをする気なんだろう。
特訓と外を歩くことになにか関連性があるのだろうか。
「着きましたぜ、ダンナ」
「ご苦労さん。って、え……」
ノリを合わせてみたあと、なんとも言い難い光景に目を奪われた。
朝日が、眩しかった。
木々の間から漏れる光は、私の目を細めるのに十分すぎるほど輝いている。
「どう? ここいいとこでしょ」
家の近くにこんな森みたいなところがあるなんて知らなかったし、そこから見える景色が綺麗なことも知らなかった。
莉央は私の顔を見て、満足そうに笑った。
「ぶはっ、お姉ちゃん変な顔」
「へっ!? 変な顔ってなに!?」
「変な顔は変な顔だよ〜」
「なにそれ!」
私は莉央を追いかけ回す。
莉央は私の手から華麗に逃れる。
この時間が楽しくて、もう他のことなんてどうでもいいかと思い始めていた。
「……お姉ちゃん」
不意に、莉央が改まった様子で私を呼ぶ。
「……どうしたの?」
「私、お姉ちゃんのこと大事に思ってるからこれだけは伝えておくね」
そう言って、莉央はずいっと顔を近づけてくる。
近すぎるせいで逆に顔は見えづらくなっていたけど、その顔は真剣そのもののように見える。
「自分の想いは、ちゃんと人に伝えなきゃだめだよ?」
☆ ☆ ☆
寮に帰ってからも、その言葉の意味を考えていた。
もう少し家にいてもよかったんだけど、あれ以上いると妹の顔を見るたびにずっともやもやしていただろうからやめた。
それに、妹の同人誌を延々と見せられそうだったから。
「それはちょっとおなかいっぱいなんだよなぁ……」
ペラペラと好きなことについて語られるのは、聞いているだけでも結構しんどい。
それが私の好きなものならよかったんだけど。
……まあ、私も馬について語る時は莉央と同じようになるらしいから、莉央のことをひどく言えないんだけど。
「これぞ姉妹、ってやつなのかもね……」
「おかえり」
「わひゃあっ!?」
無意識に独り言を発しながら考え事をしていると、不意に声をかけられた。
私は部屋にいるから、声をかけられるのは一人しかいない。
「ゆ、夕陽先輩……」
「そんな驚くことないだろ……」
「ご、ごめんなさい……」
つい反射的に謝ったが、いきなり声をかけるのはびっくりするからやめてほしい。
まだ心臓がありえないほどバクバク脈打っている。
ホラーは苦手なんだ。
「いやまあ、挨拶なんて慣れないことした僕が悪かったよ」
「……え」
夕陽先輩に謝られると、なにか裏があるのではないかと思ってしまう。
そういう人ではないとわかっていても、一瞬身構えてしまう。
「あ、あのっ!」
「なんだよ」
妹に言われたことを思い出す。
――自分の想いは、ちゃんと人に伝えなきゃだめだよ?
裏があってもなくてもいい。
私は、自分が思ったことを素直に伝えたい。
「わ、私、夕陽先輩と仲良くなりたいですっ! なので、挨拶してくれて嬉しいですっ! いきなりは……びっくりしちゃいましたけど……」
勢いにまかせてすべて話した。
なんだ、思っていたよりも簡単にできた。
私の顔は今真っ赤になっていると思うけど。
「……そ、そうか。わかった」
夕陽先輩の声は震えていて、目線があちこちに散っている。
その顔は少しだけ赤みを帯びているような気がした。
「あ、あんまジロジロみんなよ……」
「へっ、あ、すみません……」
なんだろう、すごく気まずい雰囲気になってしまった。
こんなこと言わない方がよかったかな。
でも、莉央に言われたことを実践してみたい気持ちになったし……
「……僕にそんなこと言ってくれる人がいるなんて思わなかった」
「え……?」
「まあ……その……ありがとう」
「……は、はいっ!」
やっぱり、一歩踏み出してみてよかった。
莉央もたまにはいいこと言うな。
いつもは性癖のことばっかまくし立てて話すのに。
夕陽先輩に言えたのなら、嫩先輩にも素直に話したいなと思ったのだった。
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