Epilogue:Version up
秋になって日が短くなり、夜の訪れが早くなった。空のオレンジ色には、既に
私立
――おかしいよ。
最近、妙なデジャヴに襲われる。こことはそっくりの場所で、そっくりな人達と別の生活をしていた記憶。名前や出来事が少しずつ違う、よく似た世界に暮らしていた気がしてしまう。
これがいわゆる前世の記憶というものなのだろうか。それにしては現実と同じ点が多過ぎる。記憶が二重にあるような感覚。あまりにも不自然だ。
――誰かに相談した方がいいのかな……。
いや、駄目だ。「私、前世の記憶があります!」と告白したところで笑われておしまいだろう。芽衣の友人はオカルト関係に懐疑的で、逆に心の病かと心配されてしまうかもしれない。
――あれ、前も同じことを考えたよね……?
そこで更なる違和感を覚える。以前もなにかおかしな経験をして、友達に相談していたはずだ。しかしまともに取り合ってもらえず、「ストレスが溜まっている」とか「よく休んで」と気を遣われるだけで終わった。日々テニス部でハードな練習をしているのは確かだが、心身の管理はきちんとしている。間違っても疲れで心が弱っているから見間違えた、という理由でないはずなのだ。
――見間違えってなにを?
――幽霊を見たんだ。
――そんなはずない、幽霊なんていないんだから!
――見たよ。黒い女の子で、いつも
――そんな子、見覚えなんて……。
自問自答しながら埋もれた記憶を探っていく。
幽霊、黒い女の子、烏の羽。それぞれの要素が複雑に絡み合うと、ひとつの正解に辿り着いた。
「……そうだ、私――見たんだ」
黒い女の子の幽霊につけ回されていた。いつも遠くから見つめていて、追いかけると消えてしまう子。
「あの子がいきなり家の中に現れて、それから……」
誰かとラインをしていたときだ、背後に黒い女の子が現れたのは。
そこから先の記憶は
知り合いにメッセージを残した後、なぜか電車に乗った。まるで夢遊病みたいにふらふらと、導かれるようにどこかの海岸へ向かった。そうしたらそこで、黒くて大きな、とても恐ろしい存在に出会った。
――海から現れた、真っ黒な巨人だ!
強烈な体験だったはずなのに、どうして今まで忘れていたんだろう。
幽霊も巨人もそうだが、同時期には連鎖的な自殺もあった。ちょうど平行するようにエスカレートしていたはずだ。
現実では起きていないことばかりの、それなのに深く刻み込まれている記憶。
自分の頭がおかしくなったのか、それとも世界の方がおかしいのだろうか。
わからない。
なにかとんでもない事態になっている気がして、足元が崩れ落ちてしまったかのような底なしの不気味さを感じる。
「阿久津芽衣……さん、ですよね?」
前方の曲がり角から、ひとりの女子生徒が現れる。制服のデザインが違うので他校の生徒だが、その顔には見覚えがあった。テニス大会の遠征で会った子だろうか。
「そうですけど、なにか用ですか?」
突然声をかけられたので反射的に身構えてしまう。見た目からして同年齢なので不審者ではないはずだが、夜道に急に現れるのは心臓に悪い。まさかテニスの試合に負けた腹いせに
「あたしは泉優愛。芽衣さんと同じの中学二年生で、
が、彼女――優愛の目的は違うらしい。礼儀正しくお辞儀をして自己紹介をしてくれた。
やはり、聞き覚えがある名前だ。泉優愛……どこかで会っているはずなのに、なぜか思い出せない。
「それからこっちが……ダイダラさん」
『どうもどうも、僕がダイダラだよ。優愛ちゃんから聞いているよ、君も選ばれた者なんだね』
優愛が見せてきたスマートフォンの画面には、小太りでいかにもオタク趣味らしき見た目の中年男性が映っていた。アニメキャラクターのポスターを背にしているあたり、その予想は当たっているだろう。
――選ばれた者?
その神秘的で謎めいた単語が引っかかる。
あまりにも突拍子のない、ファンタジーの世界に登場しそうな言葉。いつもなら聞き流していただろう。
しかし、今の芽衣には心当たりがある。繰り返されるデジャヴ、幽霊や巨人に遭遇したという恐怖の記憶。それらと「選ばれた者」という言葉に、なにか関係があるのだろうか。
「……一体、なにがしたいのよ?」
当然の疑問だ。見ず知らずの相手にいきなり話しかけてきて、いきなり意味深な言葉を告げてくる。しかも、画面の向こうには不審者みたいな男がいる。すぐに心を開けるはずもないだろう。
だが、トゲのある問いかけに、優愛は迷わずこう返してきた。
「運命に立ち向かいたい……あなたと一緒に」
その瞳に曇りなどない。
はるか遠くを見据えたかのような、力強い眼差しだった。
“人は神の模造品であり、
しかし、飼い殺しの
切り拓く者こそ、真に人と呼べるのだから”
これは、ひとりの少女が運命に立ち向かう物語。
その、ほんの一端。
完。
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