泉優愛・9-3
放課後、三人は戸田陽向の自宅前にいた。
洋風で白を基調とした外壁は、まるでレンガ造りのような模様が縦横無尽に走っている。三角屋根には飾りであろう煙突が天を向いており、
だが、その玄関付近は近所の人達の人だかりで寿司詰め状態。よくある井戸端会議の三倍以上の密集だ。まだ暑い日が続いているのに、おばさん達はぞろぞろ集まっていて元気である。
その密集の中、ぺこぺこと必死に頭を下げているのは戸田陽向の母親だろう。朝の騒動について矢継ぎ早に質問されて、必死で謝っているのだろうと予想がつく。喧嘩の原因は知らないが、赤っ恥であるのは確定だ。平謝りしてごまかすので精一杯だろう。
周囲を見渡したところ、どこにも戸田陽向自身の姿はない。ボコボコにされた父親と一緒に病院か、それとも恥ずかしくて部屋に閉じこもってしまったかのどちらかだろう。もし自分の家で同じことが起きたら絶対に引きこもるな、と優愛は妙に納得してしまった。
しかし、わざわざ現場に来たというのに、優愛はそれ以上先に進めない。夫婦喧嘩のいきさつについて知りたいのだが、眼前で
それは凛奈や晴矢も同じらしく、お互いに顔を見合わせている。特に言い出しっぺの凛奈が居心地悪そうにしていた。プライドが高い彼女からしたら、群れるおばさんと同類に成り下がるのは耐えがたいのだろう、と容易に想像がつく。
いっときの興味と勢いに任せても良いことはないのだと痛感した。
「あれ?あそこにいるのって、
晴矢は道の先に立つ電信柱を指さす。その後ろに隠れているのは同じクラスの藤宮琴世だ。出身の小学校が違うため特に接点のない、教室の端っこが定位置の子。重度のオカルトマニアという噂を聞いたことがある、少々不気味な女子生徒だ。
しかし、この場所でわざわざ覗き行為をしているということは、彼女も自分達同様、夫婦喧嘩の現場が気になっているのではないか。妙な趣味をしているから近寄りがたかったが、案外その中身は普通の子と変わらないのかもしれない。
部屋の中が怪しい品々で埋まっていても、センセーショナルな話題には飛びついてしまう。世間とはズレた子に見えても意外とミーハー、だけど恥ずかしくて隠れながら。そんな姿が可愛く思えてしまう。
もっと明るく振る舞えば、不気味だと距離をおかれず、友達だっていっぱい作れるかもしれないのに。と、もったいなく感じてしまう。もっとも、他人の振る舞いを上から目線で語れるほど、優愛自身もまともではないのだが。
――あれ?
どうして今、琴世の暮らしぶりがわかったのだろうか。彼女とはほとんど話したことがないというのに、なぜ部屋の様子をイメージできたのか。棚に並んだミイラのような置物や、用途不明なお札の数々。想像とは思えないくらい、隅々まで詳細な様子が思い浮かぶ。一度訪れた経験があるとしか思えない、異常なほどにリアリティを持ったイメージだった。
――本当にただの想像なの?
――行った覚えがある……実際にあった記憶としか思えない。
だが、そんなはずはないのだ。琴世との交流はほとんどないのだから、自宅を訪問なんてあり得ないはずである。
――じゃあ、これは誰の……いつの記憶?
「あ、逃げた」
優愛達に見られていると気付いたのか、琴世はそそくさと立ち去ってしまった。やはり野次馬行為は恥ずかしいと感じているようだ。
――そろそろ離れた方がいいかも。
あまり長くいるのはよくない。自分達まで噂と井戸端会議が大好物なおばさん達と同類になってしまう。うら若き乙女だというのに、さすがに枯れるのが早過ぎである。
「そ、そろそろ帰ろっか」
「賛成だわ。まったく、こんなこと誰が言い出したんだか」
「いやいや、お前だろ」
全会一致でお開きだ。なにひとつ面白そうなものは見つからなかったが、ここにぼーっと立ち続けている方が問題。見つかったのが接点の少ない琴世だから良かったものの、もし他のクラスメイトに見つかれば明日から「覗き魔三人組」とか「おばさん並の根性」とか言われて茶化されてしまうこと必至だろう。
「どうせここまで来たし、久しぶりにジャングルおばさんの店に行く?」
「そうだな。ちょうど小腹が空いた頃合いだし、がっつり食べるか」
凛奈の提案で、近所の駄菓子屋『
この三人で『吉村商店』に行くのはいつ以来だろうか。小学生時代はよく利用していたが、中学校に進学してからはそれぞれ忙しくなって行く機会が減っていた。中学生になってから一度も行っていないはずだ。
――ううん、違う。
――最近も一度行っているはず。
夏休み前に三人でかき氷を食べた記憶がある。でも、それはおかしい。ずっと行っていない、という記憶もあるのだから矛盾してしまうのだ。
デジャヴという現象かもしれない。
駄菓子屋だけじゃない。
三人で事件現場を見に行くというのも、以前同様の出来事があったような感覚がした。それに琴世の部屋のイメージも、一度見たことがあるみたいにリアルだった。
――あたしの記憶がふたつある……?
相反する記憶がどちらも本物だとすると、そういう結論になる。
あり得るわけがない。自分のものではない記憶があるなんて、前世の記憶が
――でも……もやもやする。
格好付けのフリではない。思春期特有の万能感でもない。
確かにあるのだ、こことよく似た世界で暮らしていた記憶が。
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