泉優愛・8-4


 目を覚ますと、そこは真っ暗だった。

 四方八方、どこを見渡しても、全てが果てしない暗闇。

 足元の砂浜もなくなっており、文字通りなにもない場所で浮いていた。たとえるなら柔らかなクッションに包まれているかのようで、それでいてなにかが触れているような感覚はない。

 不思議の三文字でしか言い表せない、特殊な状況下に置かれていた。

 ――晴樹がいない!?

 つい先程まで一緒にいたはずの、幼なじみの姿がない。闇の中にいるのは優愛、ただひとりだけ。無限に続く空間にぽつりと孤独に取り残されている。

 否、もうひとりいる。

 頭上で浮いている黒い少女が、直立不動で見下ろしていた。背中から生やした漆黒の翼ははためかせず、微塵みじんも動かずに空中浮遊。まるで昔のテレビ番組で見た、超能力者を名乗るマジシャンのショーを見ている気分だった。

 と、暢気のんきな感想を抱いている場合ではない。

 自分は全ての謎を解き明かすために黒い少女を追っていたのだ。それなのに海から黒い巨体が現れて、気付けばこの真っ暗な空間。

 無表情で見下ろす少女には、聞かないといけないことが山ほどある。


「ここはどこなの!?それに晴樹をどこに連れていったの!?」


 まず一番に気になるのはそれだ。

 数々の謎があるものの、現状を知るのが最優先。特に忽然こつぜんと姿を消した晴樹が気掛かりだ。

 優愛は黒い少女が逃げ出さないよう掴みかかろうとして――体が動かない。指先ひとつまともに自由が効かないのだ。唯一使えるのは首から上、特に口。最低限のコミュニケーションがとれるようにするための措置だろう。

 きっと彼女がなにかしらの能力で動きを封じたのだ。金縛りかそれに近い、不思議な力が働いているとしか思えない。

 口だけはまともに動くのだから、今すぐにでも噛みついてやりたかった。

 えないながらも平凡で、かけがえのない日々を奪った謎の存在。理不尽の極みである彼女に報復したい、反抗したい。

 だが、歯は届きそうにない。可能なのは言葉のやり取りだけだろう。もっとも、意味不明で壊れた機械みたいな彼女と、真っ当な会話になるのか疑問が残るのだが。


「個タイ識別めI称……泉優愛――回シュゥ終了」

「……は?」


 黒い少女は変わらず機械的で、ノイズ混じりの飛び飛びな声で返答をする。

 個体識別やら回収やら、身に覚えのない単語で説明されても頭に入ってこない。が、なんとなく晴樹がその場に残されたのだろう、というのは理解できた。

 名指しであるあたり、少女の目的はピンポイントで自分だけ。海岸までおびき出して、海から現れた巨体がさらう。回収という単語で物扱いして言い張っているが、早い話が誘拐だ。


「あ、あたしを殺すつもりなの?凛香ちゃんみたいに自殺させる?それとも琴子ちゃんのように、誰かの自殺に巻き込ませるの……?」

「個体シKi別名しょゥ・泉優愛――保護タイ象。自sAツ因子、ナし」

「保護!?なにそれ、じゃあなんで他の人達を自殺に追い込んだのよ!?」


 自殺を蔓延まんえんさせる死神が、どうして自分を保護するとのたまうのか。わざわざ海辺までおびき出して巨体に襲わせて、目的も行動もちぐはぐとしか思えない。始めから終わりまで、きちんと全て説明してほしかった。

 もちろん、それは望み薄だろう。黒い少女が正直に教えてくれるとは思えない。たとえ説明されたとしても、頭の悪い自分では理解できずじまいになるだろう。

 それでも問い続ける。

 自分達の日々を滅茶苦茶めちゃくちゃにしたなにかの正体を、その一端だけでも知りたい。このまま無知なひとりの女子中学生として、理不尽に流されていくなんて嫌だった。


「プロトゥクルゥシスTeム、異ジョぅ確認。……クロゥラ、究明コmAンド――発Keン、不明ノ自殺Iン子……自Zeん発生、原因ふ明」


 プロトゥクルゥ、クロゥラ。

 それらの単語に聞き覚えがあった。“ふろとうくる”と“くろうら”のことだ。

 芽衣が聞いたという言葉や、伝承に残っていた妖怪の名前。それが直接黒い少女の口から漏れたということは、やはり全ては繋がっていたのだ。

 しかし、自殺に関しては違うらしい。

 少女の言い分では、自殺の原因は“因子”と呼ばれるなにかによるもので、発生の原因は不明と言っているらしい。

――もしかして、この子は死神なんかじゃない……?

 彼女の話を鵜呑うのみにするわけではないが、今までの認識が間違っているのではないか、という疑念が湧いてきた。

 回収と言って自分を誘拐したが、保護するつもりだという。とすると、黒い少女自身が自殺を振りまいている、という想像と辻褄つじつまが合わない。

 彼女を自殺をもたらすウィルスキャリアとしたら、優愛も死んでいるはずだし、保護という話が出てくるのもおかしいのだ。逆に、黒い少女の言い分である「自殺の要因を探っていた」という方がうまく噛み合う。


「ちょっと待ってよ。じゃあ、あたしを回収ってのはなんなの!?」


 だが、次なる謎も湧いてくる。仮に黒い少女が自殺の原因ではないとして、どうして優愛につきまとっていたのか。回収という名の誘拐にはどんな意味があるのか。


「コ体識別名ShOぅ・泉優愛……因子なシ、回収対しょウ」


 その答えは“自殺因子”とやらを持っていないことらしい。

 それがなんなのか見当がつかないが、要するに優愛は特別な存在なのだ。


「因子なし個Taい――クロゥラ、知覚能力アり。調sA対象、指定――結カ、回収So置。再構築サKi……DEータ移行、回収済みkO体」


 口ぶりからして、優愛を含めた“因子なし個体”とやらをどこかに移すつもりらしい。

 データ呼びなあたり本当に物扱いかそれ以下だ。まるで傷んだ果物から食べられる部分だけ取り出していくような選別作業。

 人をなんだと思っているのか。

 ――違う。こいつは、こいつの後ろにいるのは、人のことなんてどうでもいいんだ。

 想像も及ばない巨大ななにかが、自分達の運命を変えてしまった。

 相次ぐ自殺に突如現れた黒い巨体。神と形容してもいい存在が海の底にいたのだから、絶対的な意志を信じるほかない。


「……ふざけないでよ」


 だからこそ、納得できない。

 そちらの事情なんて知ったことではない。突然日常が奪われたこちらからすれば、理不尽な暴力でしかないのだ。

 神がなんだ、原因不明の“自殺因子”とやらがなんだ。

 ずかずかと土足で踏み込んできて勝手すぎる。


「あたし達の人生はあたし達のものなの!誰にも邪魔させない……――うっ!」


 しかし、黒い少女が手をかざすと、達者だった口すらも動かなくなる。呼吸ができなくなる。視界が暗転する。

 意識すら真っ黒に塗り替えられていく……。

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