泉優愛・8-2


 ピコン。

 再び凛香から連絡があった。


{全員揃ったみたいね)


 メッセージを読む限り、やはり、どこかから自分達の様子を見ているようだ。校舎内ではないのなら、一体どこにいるのだろうか。そして、どうしてこんなに手の込んだことをしているのだろうか。


{見てほしいものがある。外に出てきてほしい)


「外に……って、ここも外だよ?」

「屋根がない場所に出ろって意味じゃないか?」


 不自然な文章に疑問の声を上げると、晴樹が天井に向けて指を立てて言った。

 今いる場所は昇降口の手前で、雨よけ用のひさしの真下にあたる。ちょうど雨宿りしている状態だ。凛香の言う外というのは、屋根のない場所……雨が降っている中に出てきてほしいという意味なのだろう、というのが晴樹の推察らしい。


「はぁ。これ以上濡れるの嫌なんだけど」

「で、でもさ、きっと満足いくくらい面白いものがあるってことなんだよ。……い、行こっか!」


 見るからにイライラし始めた琴子を説得すると、優愛は傘を開いて雨の中に躍り出る。途端に雨粒が傘を猛烈に叩き始めて、騒音のせいで周囲の音が聞こえなくなってしまう。

 晴樹も琴子になにかを伝えてから後に続いてくれたのだが、その内容は小声だったせいか聞き取れない。

 琴子は苦々しい面持ちながらも興味は失っていないらしい。説得に応じてくれて、フリルまみれの黒い傘を開き雨天の中へと出てきてくれた。

 優愛を先頭に、その斜め後ろに晴樹、更に三歩後ろに琴子の順番で来た道を戻る。

 外と言われても具体的な位置がわからないので、ひとまず校門まで行ってみることになったのだ。もし違ったとしても、どこかから見ている凛香がラインで教えてくれるだろう。その指示に従って面白いものが見られる場所に移動すればいい。


「……でも、外でなにを見せたいんだろ?」

「まさか雨雲の中に妖怪、なんて言い出さないよな……」

「うーん……凛香ちゃんが適当なこと言うとは思えないんだけどなぁ」


 雲の中に空飛ぶお城があるかもしれない、なんて妄想をした経験はある。それこそ幼少期はありもしない空想世界に浸りがちだったし、中二病と呼ばれる重症に発展もした。

 だが、凛香も同様の病に冒されているとは思えない。雲の中に妖怪がいる、なんて珍妙な答えを言い出すほど現実離れした思考ではないはずだ。

 とすると、他になにがあるだろうか。きっと、頭の悪い自分には想像もつかないくらい凄いもの、誰もが驚愕きょうがくする新たなものを見つけたに違いない。もしかしたら世紀の大発見で名誉な賞をもらう。そんな可能性もあるのではないか。

 そう期待に胸を膨らませていたところに、どすんと鈍い音がした。

 雷鳴だとしたら小さく、しかも、すぐ近くでした音。稲光いなびかりも全くなかったので、雷が落ちたわけではないだろう。

 だが、なにかが落ちた。


「ねぇ……今、変な音がしなかった?」


 ちらっと、斜め後ろにいる晴樹に視線を移す。

 だが、彼は顔面蒼白がんめんそうはくで真後ろへ振り向いたまま固まっている。まるで恐ろしいなにかを見てしまった衝撃で、体の動かし方を忘れてしまったかのようだった。

 引き寄せられるように、優愛はゆっくりと振り返る。雨粒すらスローモーションで落ちていると感じるくらい、周囲の全てがゆっくりと映っていた。

 昇降口を出てすぐの、雨でずぶ濡れのコンクリートの段差。そこに転がるひしゃげた黒い傘。琴子の持ち物であったそれは、押し潰されて原形を留めていなかった。

 そしてその後ろで、隠れるように横たわっているのは、首があらぬ方向にへし折れた琴子と、脳天が砕けた制服姿の凛香だった。二人とも目を開いたまま、ぴくりとも動かない。

 優愛にもわかった、これは即死だ、凛香と琴子は死んでいるのだと。


「あ……あ」


 悲鳴すら出ない。短い吐息を出すのだけで精一杯。

 先程まで話していた友人が、突然物言わぬ肉塊になった。その命を奪ったのは他でもない、自分の親友。学校に呼び出した張本人が、突如上から降ってきたのだ。

――意味がわからない。

 自分達が到着したのを確認してから外に出ろと連絡し、次の瞬間に真っ逆さまに落ちてきた。

 どこから?校舎の上から?どこも扉が開いていないのに、どうして屋内にいた?

 もしかして、外階段を使って屋上に上がり、そこから飛び降りた?

 なんで?事故じゃないの?それとも自殺?琴子を巻き込んだのはわざと?それとも偶然?

――わからない、わからない。

 自分達を学校に呼び出したのは、全部飛び降り自殺に巻き込むため?

 凛香がどうして?

 親友に死ぬ瞬間を見てほしかった?それとも三人まとめて一緒に殺すつもりだった?

 なんで?恨まれるようなことした?道連れにしたいほど?

 そもそも、なんで自殺しようとした?本当に自殺なの?

――わからない、わからない、わからない!


「凛香ちゃん、琴子ちゃん……どうして、どうしてこんなことに……」


 傘を手放したまま、雨に打たれて放心状態。四つん這いの体勢になりながら、転がる二人の死体へと這い寄る。

 水たまりに血が混じり、赤黒いマーブル模様を描いている。肉片とも脳の一部とも判別がつかない物体も浮いている。

 しかし、それらは無情にも大雨に薄められてしまう。二人の体を染めている赤い色も、どんどん洗い流されていく。

 表面がいくら綺麗になろうとも、死体になった彼女達は起き上がらない。二度と目覚めない。それだけは変えようのない事実だった。

 なにひとつ理解できないまま、時間だけが過ぎていく。

 降り注ぐ雨と、ゴロゴロととどろく雷鳴だけが空気を満たしている。

 そこに現れる影。

 友の死体の真横に、青白い足がある。

 不健康そうなそれをゆっくりと見上げると、複雑なパターンが入った黒いワンピース、そして黒髪を垂らした少女の顔が目に映る。

 黒い少女が、すぐそばで浮いていた。

 顔も、服も、なにもかもがはっきりと見えている。

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