泉優愛・8-1


 バケツをひっくり返したような大雨だ。時折遠くから雷鳴が聞こえてくる。普段なら絶対に出かけない悪天候。天気予報でも不要不急の外出を控えるようアナウンスされている。

 そんな中、優愛は学校へと向かっていた。差した傘は雨粒に力負けして傾きかけている。周囲には誰もおらず、雨に押し潰されたとしても気付かれないだろう。後ろに幼なじみの晴樹がいるおかげで心強いが、ひとりだけで歩いていたら無理だったに違いない。

 ずっと幽霊の存在に否定的で、全部気のせいだと言い張っていた晴樹だったが、遂に優愛の味方をしてくれた。ここ数日の自殺者増加が尋常ではなかったのも後押ししてくれたのだろう。人の死のおかげなので若干不謹慎ではあるが、彼の賛同は素直に嬉しかった。

 好きな人の考え方に近づこうと無理をしていた。

 黒い少女が目の前に現れて、意味不明な言葉を話していたとしても、全部幻覚の一種なんだと自分に言い聞かせて、なにもかも忘れようとした。

 しかし、それはただのやせ我慢。忘れられるわけがないし、忘れること自体が無意味。全部事実なのだから認めるしかないのだ。

 そして、ずっと連絡がとれなかった凛香。家に行っても体調が悪いの一点張りで、ろくに話せなかった彼女からやっとメッセージが届いた。

 その内容は「正体不明の不安を解消できるだろう答えが見つかった」という連絡。まさに天の恵みだ。凛香のことだ、きっと相応の根拠と理屈を持って答えを教えてくれるはず。

 黒い少女、妖怪“ふろとうくる”、そして自殺がどう繋がるのか、全てが白日の下に晒されると信じている。


「あれ、閉まっているよ?」


 校門の柵は閉じられており、グルグル巻きで鎖がかけられている。出勤している職員は誰もいないのだろう。

 実際、雨雲で薄暗いはずのに、校舎のどこにも電気はついていない。本当に凛香がここで待っているのか、と思えてしまう。


{来てくれたのね)


 その心配は見透かされていたのか、凛香からのメッセージがタイミング良く届いた。文章から推察すると、どうやら彼女は校門周辺の様子が見える場所にいるようだ。屋外ではずぶ濡れになってしまうので、四階の教室あたりにいるのだろうか。

 だとしても、誰もいない校舎にひとりでいるなんて。自分だったら怖くてすぐ帰りたくなってしまいそうだ。


{柵を越えてきて)


「……と言ってますが?」

「マジかよ。ったく、しょうがねぇな」


 金属製の柵は雨に濡れて滑りやすくなっており大変危険だ。晴樹に支えてもらいながら、おっかなびっくり乗り越える。錆び付いた表面が手の皮を傷つけてしまったが、無事に学校の敷地内に入れた。しかし、晴樹の方は支えなしで乗り越えようとしたせいで、盛大に転げ落ちてしまう。目立ったケガはなかったものの、水たまりに墜落したので全身濡れねずみになってしまった。


「あー、くそ。いってぇな」

「ごめんね、晴樹。あたしが支えてなかったから……」

「いいって、こンくらい平気だよ。それより早く行こうぜ」


 顔面についた水滴をくすぐったそうに拭った晴樹は、優愛を先導する形で校舎へと進む。コンクリートで舗装ほそうされた道を一直線に歩いて、見慣れた昇降口まで向かっていった。


「遅いじゃない」


 そこには、暗がりと同化していた琴子が立っていた。私服のゴスロリ服に、これまたゴスロリ風のレースがついた雨傘。色合いは黒っぽくて地味だが、奇抜さで周囲の目を引く格好である。吸血鬼の一族がよみがえったのかと勘違いされそうな、コスプレまがいの出で立ちだった。


「そりゃそうだろ。藤宮の方が家から近いんだから」

「確かにそうね」


 連絡を送ってからすぐに家を出てくれたのだろう。自分達より先に着いているのが意外だった。それほどまでに一連の謎が気になっているようだ。

 しかし、ゴスロリ服に着替えてきた割には早い到着ではないか。連絡を受けてから大急ぎでファッションを整えた、と思えないほど化粧までバッチリだ。不思議である。


「言っておくけど、私はあの女を許していないから」


 琴子は顔をしかめて、吐き捨てるようにそう言った。

 あの女、とは凛香のことだろう。仲が良かったであろうチャット相手、ダイダラの前で罵倒ばとうされたのだから怒るのも当然だ。しかも今度は急な呼び出し。凛香の印象は悪くなるばかりである。

 優愛としてはふたりに仲良くしてもらいたいのだが、ここまでこじれると修復は難しいのかもしれない。それに、今はもっと心配なことがある。ふたりの関係に心を砕いている余裕はないのだ。

 凛香の言う、全ての要素が繋がった答えとはなんなのか。自分を悩ますそれらの正体を早く知りたい。すぐに凛香の元へ行きたかった。


「あれ?」


 だが、昇降口は開いていない。ガラスの引き戸はびくともせず、侵入者の存在を拒んでいた。

 職員が誰もいないのだから当然である。

 無理矢理入った形跡はないし、もしやれば十中八九警報が鳴るはず。とすると、凛香は職員用の扉から入ったのだろうか。


「見て回ったけど、全部鍵がかかっていたから」


 しかし、それは琴子に否定されてしまう。自分達の到着までに入り口を探したらしいが、全て施錠されていたそうだ。

 では、凛香はどうやって校舎の中に入ったのだろうか。


「おかしいよ。凛香ちゃんはあたし達が学校に来たの、見えているみたいだったもん。高い所にいないと見えないだろうし、やっぱり校舎の中にいるんだよ」

「学校にいないとするなら、たぶん他の建物から監視しているんじゃないの?あの性格の悪さから、十分あり得ると思うけど」


 琴子の言葉にはがある。嫌いな相手の凛香にだけではない、質問した優愛に対しても敵意を感じさせる言い方だ。以前会ったときはフレンドリーに接してくれたはずなのに、なぜ態度が豹変ひょうへんしてしまったのだろうか。

 心当たりのない優愛は返答に困り、口をつぐんでしまった。

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