緑川晴樹・3-3
ピコン。
優愛のスマートフォンが、誰かからの連絡を告げる。勉強の邪魔と判断して本棚の上に置かれていたそれは、着信のバイブレーションでガタガタと震えていた。
「凛香ちゃん!?」
それはずっと音信不通だった凛香からメッセージだった。
驚く優愛に続いて、晴樹も小さなラインの画面を覗き込む。そこには短く一言、
{やっと全部わかった)
と、表示されていた。
「全部って、なにがだよ」
あまりにも漠然とした文章に、思わず悪態をついてしまう。すると、まるで応答するかのように、続きのメッセージが送られてきた。
{相次ぐ自殺も、黒い幽霊も、大昔の妖怪も、全部一本の線で繋がっていたんだ)
なんてタイミングが良いのだろう。ちょうど自分達が話していた話題に関して、凛香は答えに辿り着いたらしい。オカルトマニアの琴子や情報通らしいダイダラですらまだなのに。ある意味、快挙と言えるだろう。その喜びからか、少々要領を得ない、高揚の勢いに任せた文章を書き込んでいるみたいだ。
(繋がっていたって、やっぱりみんな関係があったの?}
{そう。バラバラの事件なんかじゃない)
{誰も気付いていないみたいだけど、全部同じ出来事が関係しているってわけ)
真相を求める優愛が、続きを催促するようにメッセージを打ち込む。しかし、返ってくるのは遠回しでアバウトな説明ばかりで、核心の部分に触れようとしない。
(教えて凛香ちゃん!あたし、知りたいの!今なにが起きているのか、どんな情報でもいいから教えてほしいの!}
必死に送ったメッセージは、すぐ既読の印がつく。だが、返事は返ってこない。親友にも伝えられないような内容なのだろうか。伝えるべきか否か、迷っているのかもしれない。
「どうしたんだろ、凛香ちゃん」
「言いづらいのかもな」
正直なところ、ただの女子中学生である凛香が、世界を巻き込む自殺の謎に気付けたとは到底思えない。
最初こそ自殺は身近な話題だったが、今では世界各地で謎の自殺連鎖が起きている。様々な分野の学者がお手上げな異常事態。その原因を中学生が見つけるなんて映画になりそうな話題だ。早々あり得ない。
しかも、その現象に幽霊や日本のマイナー妖怪が関わっている、とくればナンセンスを極めている。不可解ななにかが関係しているのは確か、と晴樹ですら考えるようになったが、さすがに既存のオカルト事と絡めるのは突飛と言わざるを得ない。繋がるはずのない個別の事象であり、大半の大人が鼻で笑う代物。よってこの連絡も、その中身自体は大したものではないと想像がついていた。
しかし、それより問題なのは凛香のメンタルだ。非科学的な現象を信じない晴樹でさえ不安になるほどなのだから、オカルト事を科学的に解明したいと考える彼女にはそれ以上の負担がかかっているだろう。
気付いてしまった、と思い込んでいる事象によっては、その影響は
それに加えて、凛香とのコミュニケーションはビデオチャットをした日、つまり
と、彼女の容態を案じているところに、ようやく返信が届いた。
{分かった。全部話す)
{その代わり、学校に来てほしい)
「え?」
「学校に……なぜだ?」
提示された奇妙な条件に、二人そろって首を捻ってしまう。
どうしてわざわざ学校まで行く必要があるのだろうか。外は一面雨のカーテン、傘を差しても濡れるのは確定なほどなのに。それともスマートフォン越しではまずい理由でもあるのだろうか。
(今、学校にいるの?}
{そうだよ)
(学校じゃないと話せない理由があるんだよね?}
{ある。それにあと一人、呼んでほしい人がいる)
(それって誰?}
{藤宮琴子。あの子にも聞いてもらう必要があるから)
これまた意外な名前が飛び出してきた。
琴子とは相性がすこぶる悪く、凛香は毛嫌いしていたはずだ。不気味な趣味も図々しい態度も気に入らず、終始イライラしていたというのに。それにビデオチャットの日、喧嘩別れになった原因そのものでもある。
争いの火種にしかならなそうな相手が必要、というのがどうも引っ掛かった。それほどまで、オカルトマニアに聞いてもらわないといけない話なのか。それとも他に意図があるのか。
怪しさを前に二の足を踏んでしまう晴樹だったが、一方の優愛は深く考えず
――いや、本当に来るのか?
琴子側も嫌っているはずだ、呼ばれたところで無視するのではないか。と予想していたのだが、どうやら“自称・気付いた事実”に興味を持ってくれたらしい。ずっと既読スルーだったのに、久しぶりに返信してくれたそうだ。琴子も学校に行く
「行こう、晴樹」
「そうだな」
優愛としての目的は、凛香が辿り着いた答えを聞きたい、という真剣な思いだろう。だが晴樹はその答え自体に興味はない。それよりも凛香自身の方が気掛かりだ。
――変に思いつめていないといいんだが……。
降りしきる雨の中、夏期休暇で
今、どんな気持ちでそこにいるのか。晴樹は心配でたまらなかった。
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