緑川晴樹・3-2
はじまりは、とある映画の主演だった氷室一真とその共演者・スタッフが相次いで自殺した、呪われた映画呼ばわりされた偶然みたいな連鎖だった。
それだけなら撮影現場の環境が悪く、ストレス過多だったせいと理由付けられなくもない。
しかし、その映画とは関係のない芸能人も次々に自殺しており、連日ワイドショーを騒がせている。アイドルにお笑い芸人、声優に大御所俳優まで様々だ。
著名人ばかりではない。全国各地、いや世界各地で国も人種も問わず、老若男女幅広い世代で自殺者が増えている。カルト的新興宗教による集団自殺を疑いたくなるが、亡くなった人同士にこれといった繋がりはなく、時期も自殺方法もバラバラ。単純にこの一、二ヶ月の間に自殺の件数が急激に増加しているだけ。それがとにかく異様だった。
ネットの掲示板やSNSなどでは、自殺に至るウィルスをどこかの国がばらまいたとか、自然を
集団パニックを恐れてなのか、政府は放送局のコマーシャルや動画サイトなどを通じて「命を大切に」「あなたが死んで悲しむ人がいます」とメッセージを発信しているが、綺麗事な上に他人事な文言は火に油を注ぐだけ。案の定、各所のコメント欄は炎上しており、
ここ数日は百合ヶ浦から出ずに過ごしているが、世の中が異様な空気に包まれていると肌で感じられる。
大人達もそれに気付いているからこそ、感受性の高い子供に伝わらないよう情報をシャットアウトしているのだ。ジャングルおばさんや戸田陽葵の自殺についてなかなか話が出回らなかったのも、そういった配慮からなのだろう。もっとも、情報社会である現代では防ぎきれるわけもないのだが。
――なにかが起きている。
――良くないなにかが確実に進んでいるんだ。
具体的に説明できないなにかが忍び寄ってくる薄気味悪さ、人々の間に
「こんなに色んな人の自殺が続くなんて、普通じゃあり得ないよな。ニュースに出てくる偉い学者なんか、オレみたいにすげー必死に否定していたよ。非科学的な現象を信じたくないから、学者なのに感情論だけで反論して、言ってることも筋が通っていなくてさ。そのせいで余計に“あり得ないなにか”が起こっているんじゃ?って空気になっていたよ。テレビ番組がだぜ?ちゃんとした根拠もなく公共の電波に乗せるなんて、絶対にやっちゃいけないってのに。……でもさ、オレもやっぱりおかしいって思うんだよ。絶対なにかあるよなって、感覚でわかるんだよな」
科学で解明されていないことは信じないつもりでいた。それなのに、第六感の存在を認めようとしている自分がいる。世間に
目に見えないなにかに怯えるのは人間の本能なのだ。迫る危険から逃れるために発達した、危機回避能力のひとつ。だが、常に怯えていては生きているだけで苦痛だ。
そこで、昔の人は姿なき恐怖を克服しようとして、幽霊や妖怪という形と名前を用意した。敵をはっきりさせることで理解し、恐れる心との付き合い方を編み出した。自分はちょうどそのプロセスの中にいる、と言えるだろう。
それに、
「じゃあ晴樹も、あたしの言うこと、信じてくれるの?」
優愛のその問いかけに肯定しようとした――が、直前でその返事を飲み込む。彼女が言っているのは、ずっとつきまとっているらしい幽霊の件だ。ビデオチャットでは妖怪の手先の可能性も
黒い少女を見るようになった時期と、自殺者が増加した時期はほぼ同じ。たったそれだけの理由で両者を結びつけ、幽霊=死神という結論に至るのは安直ではないか。不自然な数の自殺者が出ている現状は、非科学的ななにかのせいにする方が納得しやすい、というのも確かだ。優愛がその考えに至るのも無理はない。
だが、幽霊はただの見間違えだろう。脳は三つの点を見ただけで顔と認識してしまう――シミュラクラ現象と呼ばれている――ほど誤認しがちなのだ。思い過ごし、記憶違い。例を挙げればキリがない。
漠然とした不安を抱えていれば
部活の遠征で出会った子も同様の幽霊が見えていたらしいが、必ずしも同じように見えていたとは限らない。そちらの子も見間違いをしていて、その誤認の仕方が偶然似ていた。お互い冷静でなかったのも影響して「同じ幽霊が見えている」と認識してしまったのだ。
つまり、自殺の増加になんらかの要因があるのは認めるが、幽霊はあり得ない……というのが晴樹の結論だった。
「実はね、あの子がここに、あたしの部屋に来たの。いつの間にかすぐ後ろにいて……それにちゃんと見えた。顔も服も、くっきり見えた。声だって聞こえた」
だからこそ、優愛の新しい証言がにわかに信じられなかった。
「目の前にいて、話しかけられた。夢でも幻なんかでもない。意味わからない言葉を、壊れた機械みたいにずっと、ずっと、しゃべってた。でも、そんなの絶対あり得ないって忘れようとした。忘れようとしたのに、頭を離れないの」
「それにね、芽衣も変なメッセージを残してから、ずっと連絡がないの。既読が一個もつかないし……。あたしだって、全部思い過ごしだって思いたいよ。晴樹の言うことが正しいって信じたかった。……でも、晴樹も、そう思うようになったんだね」
優愛の瞳は疲れ切って
――そうか。ずっと大丈夫なフリをしていたんだ、優愛は。
非科学的な存在や現象を信じない晴樹に合わせようと、また黒い少女に出会ったことを黙ったままで。いつもと変わらないように装って勉強会をして。
彼女が我慢しているのだと、言われるまで気付かなかった。
――くそ。馬鹿なのはオレの方だ。
――優愛のこと、全然見えていないじゃないか。
「ああ……そうだよ。優愛を信じるよ」
否定と説得の言葉を全て捨てて、真正面からそう伝える。
欲していたのは頭でっかちで根拠のある安心なんかじゃない。信頼できる相手からの、無条件の肯定の言葉だったのだ。
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