藤宮琴子・2-2


「それって、もしかして」


 嫌な予感がした。

 ダイダラが見たという幽霊の特徴は、ずっと話題になっていたそれと同じ。優愛が見たという謎多き存在にそっくりだ。

 ――また優愛!?

 オカルト事に大した知識もないくせに、なぜか不思議な目にばかり遭う女。生まれ持っての資質なのか、はたまた単なる偶然なのか。幸運にも幽霊を見る力のある彼女が羨ましくて、同時に妬ましかった。

 ――こんなにオカルトを愛している私じゃなくて、どうしてあいつなの!?

 大好きな空間に優愛の姿がちらつく。ダイダラとの素敵な時間に、嫉妬の対象が入り込んでくるのだ。

 無意識に奥歯を噛みしめてしまう。


『ああ。君の友達が言ってたヤツにそっくりだったよ』


 尊敬してやまない相手のダイダラも、同じ幽霊を見たという。その事実に心がかき乱されてしまう。

 琴子は友達がいない、世間一般で言うところの寂しい人間だが、それでも自分の居場所があった。現実世界のほとんどを犠牲にしてしまったが、それでも唯一他人よりも勝っているもの。

 なのに、その場所にすら、リアルが充実した人間が入り込んでくる。持たざる者の憩いの場すら遠慮なく踏み荒らしていく。

 愛しい相手を奪われてしまうかのような、胸の奥をいたぶる焦燥感がじりじりと迫っていた。


『あいつ、いたんだよ。コンビニへ買い物に行ったら、隅っこでふわふわ浮いていて……よりにもよって、トイレの前にぼーっと。暗がりにいて、電灯のセンサーも反応していなくて……どう考えても幽霊だったよ。それからはずっと僕を追っているみたいでさ、気付けば後ろにいるんだ。遠くからじーっと見ているかんじなんだよ。やっぱり顔は見えなくてさ、君の友達が言う通りだった。あり得るかよ、全く違う場所なのに、同じ幽霊が見えるなんて。クローンでも作ったのかよ……』


 優愛とは友達、ということにして伝えているから仕方ないのだが、その単語が出る度に無性に腹が立った。

 ――あんな女、友達なんかじゃない!

 ――私が持っていないものを、あんなにいっぱい持っているくせに!

 ――ひとりで殻に閉じこもっている私が、あいつのせいで惨めに見えちゃうじゃない!

 人間関係の構築に失敗して、友達をなくしたのは自分のせい。現実世界を諦めて、ネットに繋がりを求めたのも自分のせい。

 ――そんなことわかっている。

 それでも。

 自分が手に入れられないものを易々やすやすとものにしていく優愛が許せない。

 ――理不尽だ、不公平だ、世の中平等なんかじゃない!

 尊敬する相手が、優愛と同じ立場になろうとしている。自分が至れなかった領域で、二人は一緒になろうとしているのだ。


『“くろうら”……そう、羽。そうだ、黒い羽も残っていたんだ。全部だ、証言と全部一致するんだよ。確か友達が言っていただろ、他にも同じ幽霊を見た人がいるって。だからきっと僕も同じなんだ。きっとなにかに……“ふろとうくる”に選ばれたんだよ!』


 ダイダラは興奮気味に、目を血走らせて語っている。

 やめてほしかった。これ以上、自分の不出来さを克明にしてほしくなかった。

 優愛と芽衣だけではない、ダイダラも“ふろとうくる”に選ばれたのだろう。幽霊を見るという特別な力を授かった人間なのだ。三人に共通するのがなんなのか、選ばれた要因はわからない。もしかしたら三人以外にも、選ばれた人はもっといるのかもしれない。

 だが、少なくとも琴子は選ばれなかった。華々しい青春をかなぐり捨ててオカルトに傾倒したはずなのに、結局なにひとつ得られなかった自分は置去りだ。

 努力は無意味、無駄骨、無価値。

 ――どうして、どうして、どうして!

 答えなんて、出るはずもない。誰も本当のことなんて知らないのだから。

 ダイダラだって悪気はないはずだ。彼だって突然の事態に困惑しており、パニックになりながらその身に起きた事実を話しているのだから。信頼できる相手として琴子を選んでくれた。それだけでも嬉しいことのはず。

 それでも、まだ十四歳の、中学生の琴子には耐えられなかった。


 ブツンッ!


 画面の向こうのダイダラに構わず、強制的にパソコンの電源を落とした。画面は一気に真っ暗になり、反射した液晶には自分の顔が映っている。たった数分のやり取りだったはずのに、その顔はげっそりとせこけて見えた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い息づかいで肩を上下させている姿は、嫉妬に狂うみにくい獣のようだ。人間の負の感情の権化とも言うべき、目を背けたくなるほどに汚い有様。何をやってもうまくいかない、中身のない自分にはぴったりかも。と、自嘲したくなる。


 ピコン。

 スマートフォンが新しいメッセージを知らせてくれる。

 噂をすればなんとやら。タイミング最悪なことに、連絡してきたのは優愛だった。

 また生存確認を求める、上っ面だけの偽善的な文章だろうと思い、乱暴な手つきでタップして――目が止まった。


「……ふーん」


 ラインの画面に並んでいた文章は、一言で言えば「興味深い」だった。

 眉唾物まゆつばもの与太話よたばなし。適当にあしらってもいいような、な内容と言えるかもしれない。だが、気にならないかと問われると、答えは否だ。是非ぜひ、聞いてみたい。

 ただ、そのためには学校まで行く必要があるそうだ。外は土砂降りの大雨。わざわざ出るのは億劫おっくうな天候だが、それでも聞きたい気持ちの方が勝った。変わり者の部類として、一般人よりも好奇心旺盛と言うべきか。

 相応の内容を期待しておくが、もし下らなかったら、盛大に毒づいてやろう。湧き上がるねたそねみをぶつけてやるのだ。

 琴子はゴスロリ服を着たまま学校へと向かう。

 遠くの空。黒く染まった雨雲が渦巻く中で、雷鳴が低く唸り声を上げていた。

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