泉優愛・7-1


 地域最大の複合商業施設“ア・ラ・モードタウンしらまき”は、平日だというのに多くの客で賑わっていた。雑踏と館内放送が組み合わさって反響した音が辺り一面を支配している。どこか遠くの見知らぬ場所に来てしまったかのような、不思議な感覚に陥ってしまう。

 ここは百合ヶ浦の隣、白巻しらまき市にあるショッピングモールだ。海から離れた土地に建てられた館内には、多種多様な店舗がところ狭しと並んでいる。ブティックやスポーツ用品店、本屋にゲームショップ。もちろんレストランやフードコートも完備だ。とてもじゃないが、一日で回りきれない広さである。

 その中でも最上階に位置する映画館の前で、優愛は呆けて立っていた。その姿は以前と同じ、花柄レースのワンピース。外行き用のお気に入りコーデだ。


「おーい、大丈夫か?」

「へ?う、うん、平気平気」


 目の前で手を振り、意識を確かめるような古典的な仕草をしてくるのは晴樹だ。心ここにあらずといった顔をしていたので心配になったらしい。


「本当かよ?」

「本当だってば!今日は嫌なことぜーんぶ忘れて、思いっ切り楽しむんだからね!」


 二人でショッピングモールに来た理由はデート……と言うほどのものではなく、気晴らし目的のお出かけだ。ちなみに誘ったのは晴樹の方からで、彼から言い出すのはとても珍しかった。

 きっかけは三日前の、琴子の家で起きたビデオチャットのいざこざ。凛香が飛び出していった後のことだった。

 黒い少女の正体が、江戸時代に現れた妖怪の手下ではないか、という新事実が判明したのは良かった。しかし、その代償に凛香と琴子が喧嘩けんかをしてしまい、優愛の制止も振り切って帰ってしまった。様子が気になってラインで何度もメッセージを送ったのだが、いまだに返信は届いていない。既読スルーだった。反対に琴子の方はどうかというと、こちらも音信不通の既読スルー。二人の間に大きな亀裂きれつを作ってしまったのだ。

 友情を破壊してしまった、と優愛は自分を責めて塞ぎ込んでいた。そこに「気分転換をしよう」と晴樹がお出かけに誘ってきたのだ。行き先もなにをするかも自由、わがままにも付き合ってくれるという好条件だった。

 そして、誘いに乗った優愛が指定したのが、一日遊び放題でも時間が足りない大型施設の“ア・ラ・モードタウンしらまき”で、その中で最も楽しみにしていたのが映画鑑賞だ。

 夏休み中に公開する映画には、見たい作品が山ほどあった。どれにするか迷ってしまう。


「あっ」


 ポスターを眺めて鑑賞する映画を選んでいると、一つの作品が目に飛び込んできた。その映画のうたい文句はこうだ。


『不幸に見舞われたキャスト&スタッフにご冥福を祈り、話題の映画が鎮魂レクイエムのロードショー』


 その作品のタイトルは“今宵こよい、あなたのゴースト暴きます”。主演はイケメン且つ圧倒的演技力で大人気氷室一真。今は亡き名俳優だ。

 内容はエンターテイメント性重視のサスペンスアクションで、氷室一真が演じる霊能力を持った探偵が、悪霊が引き起こす怪奇事件を次々と解決していく痛快なストーリーだ。主演俳優だけでなく、脇を固めるのも若手からベテランまで豪華俳優陣で、公開前から話題になっていた作品だったが、別の意味でも話題になってしまった。

 それは謳い文句の通り、キャストとスタッフに多数の死亡者が出てしまったことだ。しかし、アクションが危険で事故が起きたから、という単純明快な話ではない。氷室一真をはじめとして、関わった人が次々と謎の自殺を遂げたのだ。

 まずはヒロイン役のみなとえりぃ。彼女はアイドルグループ“赤坂特急7あかさかとっきゅうセブン”所属で、演技力はそこそこだが美貌びぼうと人当たりの良さが魅力だ。グループ内の不和や熱愛報道などもなく、ファン以外からも好感触な彼女なのだが、オールアップ後に自殺。睡眠薬を大量に服用したらしい。

 事件関係者を演じるのはベテラン俳優の小野寺恵と森山憲次もりやまけんじだ。小野寺恵に関しては知っての通り、氷室一真の報道の一週間前に自殺している。共演に関してはこの映画で五度目であり、これが最後になった。森山憲次は初共演だそうで、インタビューでは氷室一真のことを「若い時の自分みたいだ。伸びしろがある」とべた褒めしていたそうだ。が、伸びしろが実力に変わる前に氷室一真は自殺。森山憲次も後を追うように練炭自殺。六日前の報道だった。

 この他、撮影に関わったカメラマンや美術スタッフ、脚本家に加えて原作者までもが自殺してしまうという、呪われているとしか表現しようがない大惨事。

 悪霊を取り扱った映画を作ったせいだ、とまことしやかに噂されているが、それでも残ったスタッフの執念もあって、どうにか上映までこぎ着けた。多くの関係者にとって遺作となる映画なので、絶やすものか、と意地を見せたのだろう。撮影自体は終了していたのも功を奏した。

 興行収入は、自殺防止のためのセーフティーネットを作るために、とある慈善団体に寄付するらしい。それらも含めての「鎮魂レクイエムのロードショー」というわけだ。


「これを見たいのか?」

「えっ」


 またぼうっとしていたらしい。耳音で晴樹の声がして、びくりと体を震わせてしまう。

 ――駄目だ、どうしても考えちゃう。

 嫌なことは忘れよう、今日一日羽を伸ばそうと思っていたのに、気を抜くと自殺の話に気が傾いてしまい、脳裏に黒い少女がちらついてしまうのだ。

 この映画が気になる。しかし見てしまったら、余計に一連の嫌な予感を想起するようになってしまう。黒い少女が自殺を呼ぶ死神の一種で、妖怪の手先として自分になにか伝えようとしているのでは、という妄想だ。


「う、ううん。あたしはこっち、こっちにしたいかな!」


 せっかく晴樹が気を利かせて気分転換を提案してくれたというのに。

 ――楽しむ側が辛気くさくてどうするのよ!

 ――晴樹のためにも明るく振る舞わないと!

 そう思うとニコッと笑顔を作って見せて、優愛は隣のポスターを指さす。それは毎年夏に公開している子供向けのアニメ映画だった。


「……お前、これって」

「べ、別にいいじゃん!ちっちゃい頃は一緒に見てたくせに!」


 まだ幼児か小学生低学年だったとき、母親同伴でこのアニメ映画を見に行ったものだ。目まぐるしく変わるシーンに驚いて、下らないギャグで大笑いして。つい五、六年前のことなのに、とても懐かしく感じてしまう。


「ま、まぁ……いいけどさ」

「うん、ありがと」


 どうせ幼なじみの仲なのだから、幼稚さなんて今更恥ずかしがることでもない。

 そのはずなのに、一緒に映画館に入る瞬間、かぁっと顔が熱くなってしまう。別に中学生のくせに子供向け映画を見るのは肩身が狭い、なんて理由じゃない。

 もっと他の、別の理由がある気がした。

 

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