緑川晴樹・2-4
『それは僕も思ったよ。でも、黒いから“くろうら”でも意味は通るからね、思いつきで批判するのはよくないよぉ?』
だが、即座に言い返されてしまった。
言い方が腹立たしいが、ダイダラの言うことも一理ある。黒と裏、もしくは入り江のような入り組んだ地形を意味する浦。他にも語源はいくらでも考えられる。そもそも未だ謎の単語である“くろうら”という言葉が、“ふろとうくる”配下の烏の名前とは限らないのだ。
妖怪が実在する可能性を否定したくて勇み足になってしまった。社会から
『で、話に戻るんだけどさ。富士山噴火前に出現したことから、“ふろとうくる”は噴火の予兆として現れるんじゃないか、という可能性もあるんだよね。それかこいつ自身が噴火を引き起こしている、か』
前後関係からも、その可能性が高いと言えるだろう。災害が起きる前になんらかの前兆現象が起きる。それ自体は科学的な見地からも頷ける。防災のために地震の前兆を探る、という分野も日夜研究が進んでいるのも事実だ。
――だけど、妖怪が絡んでくるのはおかしいだろ。
妖怪なんて嘘。
「じゃ、じゃあ、あたしのところに、黒い少女が来たのはどうして!?あの子が手下の烏なの!?もし富士山が噴火するのなら、なんであたしのところに来るの!?あたしになにかしろってこと!?」
名前と特徴が多少一致して幽霊の正体に近づけたのは良かったが、新たに生まれた謎のせいで優愛はパニックになっている。モニターにしがみついて、画面の向こうへまくし立てるように疑問をぶつけていた。
溺れる者は
「おい、優愛。まだそうと決まったわけじゃないだろって」
あくまでも噴火の予兆説は一つの可能性だし、それもダイダラが情報ソースだ。
『まぁ確かに。これ以外の資料がないせいで、創作妖怪の可能性もあるって指摘されているのも事実だよ。でもさ、もし“ふろとうくる”の伝承が本物だとすると、一つの面白い説が立てられるんだ』
「面白い、だって……?」
『そう。烏の手下はミサキの類いじゃないかって説が出てくるんだよ』
ダイダラが口にしたのは女性の名前、ではなく他の妖怪の名前だった。
『お馬鹿な中学生のために、簡単に説明するとね。ミサキは神様に付き従っている霊で、主に動物の姿をしているんだ。有名なのは導きの神、
八咫烏は三本足の姿が有名で、様々な場所でシンボルマークに使われているほど世の中に浸透している。サッカー日本代表のマーク、と言われれば馴染み深く感じる人も多いだろう。
しかし、これまた奇妙な一致だ。使いの姿すらも同じなんて、まるで仕組まれていたかのようだ。だが、ダイダラ本人も烏要素が被ったことに驚いている。自分達を
だが問題なのは、神様の使い説を真とすると、“ふろとうくる”も何らかの神ということになる。妖怪と神を同一視しているのは、
「す、すごいです泉さん!もしかしたら“ふろとうくる”に選ばれたんですよ!」
「ふぇっ!?」
突然、歓声を上げて立ち上がった琴子は、真横に立っていた優愛の両手を握りしめた。いきなりどうしたんだ、と優愛は目を白黒させている。
「いいなぁ、憧れちゃいますよ。私も妖怪と触れ合ってみたいんです。それで、良かったら私も、選ばれた者に混ぜてほしいなぁって……」
「う、うん……えっと、どうなのかなぁ……」
どうやら優愛が“ふろとうくる”に目を付けられたことが羨ましいらしい。オカルト好きからしたら、生で経験したい一大イベントなのだろう。世の中には物好きが幾らでもいるものだ。おこぼれをもらいたい、という意図が見え隠れしている、どころか頭隠して尻隠さず。欲望がダダ漏れだ。
優愛の方はというと、いきなり意味不明なお願いをされて困惑の様子。助けを求めるように晴樹の方をちらちらと見ている。
「藤宮、あんたなに考えているのよ……!」
そこへ割って入るのは凛香だ。ビデオチャット開始からずっと黙って見ていたが、どうやら我慢の限界が来たようだ。馴れ馴れしい琴子にずっとイライラしていたのは知っていたが、遂に実力行使に出てしまった。
鬼の形相で迫り、琴子の手を払いのけて無理矢理引き離すと、
「ど、どーしたの凛香ちゃ――」
「優愛は黙ってて!」
『お、おうおう、どうしたよ?いきなり
「あんたもよ、この変態高脂肪率男!」
凛香の怒り心頭具合はこれまででも最上級に位置するだろう。否、そもそも凛香が怒った姿自体、ほとんど見たことがないので比べようがなかった。
機嫌が悪い時は以前もあったが、ここまで激昂するなんて。感情を露わにするタイプじゃなかったはずなのに。防波堤になると決めていた晴樹だったが、想定外に猛り狂う凛香にたじろいでしまう。
「ずっと言いたかったんだけど。藤宮、あんたちょっと図々しいのよ」
「ひっ」
胸ぐらを掴んで琴子に詰め寄る。その瞳は憤怒の炎に燃えており、今にも周囲を延焼させてしまいそうだ。
「勝手に私達の仲に割り込んできて、気味の悪い趣味全開で晒してきて……でも、それはまだいいわ。一番許せないのはね、勝手に優愛の友達面しているってことよ!」
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