緑川晴樹・2-4


『それは僕も思ったよ。でも、黒いから“くろうら”でも意味は通るからね、思いつきで批判するのはよくないよぉ?』


 だが、即座に言い返されてしまった。

 言い方が腹立たしいが、ダイダラの言うことも一理ある。黒と裏、もしくは入り江のような入り組んだ地形を意味する浦。他にも語源はいくらでも考えられる。そもそも未だ謎の単語である“くろうら”という言葉が、“ふろとうくる”配下の烏の名前とは限らないのだ。

 妖怪が実在する可能性を否定したくて勇み足になってしまった。社会から爪弾つまはじきにされただろう肥満男には負けたくない、という意識が焦りを生んだのかもしれない。


『で、話に戻るんだけどさ。富士山噴火前に出現したことから、“ふろとうくる”は噴火の予兆として現れるんじゃないか、という可能性もあるんだよね。それかこいつ自身が噴火を引き起こしている、か』


 前後関係からも、その可能性が高いと言えるだろう。災害が起きる前になんらかの前兆現象が起きる。それ自体は科学的な見地からも頷ける。防災のために地震の前兆を探る、という分野も日夜研究が進んでいるのも事実だ。

 ――だけど、妖怪が絡んでくるのはおかしいだろ。

 妖怪なんて嘘。忌憚きたんのない意見で言わせてもらうのなら、理解不能な現象に理由を付けようとした先人の必死な足掻あがき、その痕跡だ。いわば恐怖のキャラクター化であり、姿なき病や自然現象を見える化して、どうにか理解しようとした、心の安寧あんねいを守るための防衛本能。空想の産物であり、本当にいるはずがないのだ。


「じゃ、じゃあ、あたしのところに、黒い少女が来たのはどうして!?あの子が手下の烏なの!?もし富士山が噴火するのなら、なんであたしのところに来るの!?あたしになにかしろってこと!?」


 名前と特徴が多少一致して幽霊の正体に近づけたのは良かったが、新たに生まれた謎のせいで優愛はパニックになっている。モニターにしがみついて、画面の向こうへまくし立てるように疑問をぶつけていた。

 溺れる者はわらをも掴むと言うが、随分と太い藁である。そしてダイダラは頼りになるのか。はなはだ疑問である。


「おい、優愛。まだそうと決まったわけじゃないだろって」


 羽交はがめにして暴れる優愛を抑える。このまま放っておいたら、勢い余ってモニターをへし折りかねないだろう。思い込むと突っ走り続けてしまうのが、優愛の面倒なところである。

 あくまでも噴火の予兆説は一つの可能性だし、それもダイダラが情報ソースだ。鵜呑うのみにしてよいか疑問が大量に残る。何よりも自然現象を妖怪のせいにして片付けるなんて馬鹿げている。地中で大きななまずが暴れたから地震が起きたとでも言うつもりか。令和の時代にそんな世迷い言、小学生にだって笑われてしまいそうだ。


『まぁ確かに。これ以外の資料がないせいで、創作妖怪の可能性もあるって指摘されているのも事実だよ。でもさ、もし“ふろとうくる”の伝承が本物だとすると、一つの面白い説が立てられるんだ』

「面白い、だって……?」

『そう。烏の手下はミサキの類いじゃないかって説が出てくるんだよ』


 ダイダラが口にしたのは女性の名前、ではなく他の妖怪の名前だった。


『お馬鹿な中学生のために、簡単に説明するとね。ミサキは神様に付き従っている霊で、主に動物の姿をしているんだ。有名なのは導きの神、八咫烏やたがらすだね。おっと、ここでまた烏の登場だ。これは本当にひょっとするかもなぁ……』


 八咫烏は三本足の姿が有名で、様々な場所でシンボルマークに使われているほど世の中に浸透している。サッカー日本代表のマーク、と言われれば馴染み深く感じる人も多いだろう。

 しかし、これまた奇妙な一致だ。使いの姿すらも同じなんて、まるで仕組まれていたかのようだ。だが、ダイダラ本人も烏要素が被ったことに驚いている。自分達をだまして楽しんでいるようには見えない。

 だが問題なのは、神様の使い説を真とすると、“ふろとうくる”も何らかの神ということになる。妖怪と神を同一視しているのは、八百万やおよろずの神が住まう国だから良いとしよう。ではなぜ神様が優愛の元に使いを送ったのか、という謎が新たに生まれるのだ。それこそ優愛がパニックになって言ったように、何かしらの使命を告げに来た、とも捉えられるが、ただの女子中学生にお告げとは、また不可解としか言い様がない。


「す、すごいです泉さん!もしかしたら“ふろとうくる”に選ばれたんですよ!」

「ふぇっ!?」


 突然、歓声を上げて立ち上がった琴子は、真横に立っていた優愛の両手を握りしめた。いきなりどうしたんだ、と優愛は目を白黒させている。


「いいなぁ、憧れちゃいますよ。私も妖怪と触れ合ってみたいんです。それで、良かったら私も、選ばれた者に混ぜてほしいなぁって……」

「う、うん……えっと、どうなのかなぁ……」


 どうやら優愛が“ふろとうくる”に目を付けられたことが羨ましいらしい。オカルト好きからしたら、生で経験したい一大イベントなのだろう。世の中には物好きが幾らでもいるものだ。おこぼれをもらいたい、という意図が見え隠れしている、どころか頭隠して尻隠さず。欲望がダダ漏れだ。

 優愛の方はというと、いきなり意味不明なお願いをされて困惑の様子。助けを求めるように晴樹の方をちらちらと見ている。


「藤宮、あんたなに考えているのよ……!」


 そこへ割って入るのは凛香だ。ビデオチャット開始からずっと黙って見ていたが、どうやら我慢の限界が来たようだ。馴れ馴れしい琴子にずっとイライラしていたのは知っていたが、遂に実力行使に出てしまった。

 鬼の形相で迫り、琴子の手を払いのけて無理矢理引き離すと、かばうように優愛を背にして仁王立ちだ。


「ど、どーしたの凛香ちゃ――」

「優愛は黙ってて!」

『お、おうおう、どうしたよ?いきなり喧嘩けんかとかお前ら青春――』

「あんたもよ、この変態高脂肪率男!」


 凛香の怒り心頭具合はこれまででも最上級に位置するだろう。否、そもそも凛香が怒った姿自体、ほとんど見たことがないので比べようがなかった。

 機嫌が悪い時は以前もあったが、ここまで激昂するなんて。感情を露わにするタイプじゃなかったはずなのに。防波堤になると決めていた晴樹だったが、想定外に猛り狂う凛香にたじろいでしまう。


「ずっと言いたかったんだけど。藤宮、あんたちょっと図々しいのよ」

「ひっ」


 胸ぐらを掴んで琴子に詰め寄る。その瞳は憤怒の炎に燃えており、今にも周囲を延焼させてしまいそうだ。


「勝手に私達の仲に割り込んできて、気味の悪い趣味全開で晒してきて……でも、それはまだいいわ。一番許せないのはね、勝手に優愛の友達面しているってことよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る