緑川晴樹・2-2


 琴子の部屋に入って晴樹が真っ先に思ったのは「これは酷い」だった。どんなクラスメイトにも平等に接しないといけない学級委員として、絶対口にできない言葉なので、飛び出しかけたところで急いで飲み込んだのだが。

 部屋には多種多様な怪しい品々に溢れており、壁も棚も床も、一般人を拒絶する邪悪なオーラを放っているかのようだった。書店で売ってそうな書籍類はまだまともだが、おどろおどろしいお札やミイラのような置物あたりは不気味さ満天で、あまり長居をしたいとは思わない。それは凛香にとっても同様らしく、わかりやすくまゆをひそめていた。内心軽蔑の念が溢れていそうだが、それは言語化しないでほしい。間違いなく争いの火種になる。


「琴子ちゃん、今日はお願いね」

「は、はいっ!任せて下さいですっ!」


 いつの間に仲良くなったのか、優愛は気さくに話しかけている。死神に魅入られているかもしれない、と思い込んでいる現状を加味かみすると、頼れる仲間として信頼しているからなのだろうか。否定派の自分よりは頼もしく感じているのだろう。

 対する琴子の方はというと、相変わらずの日陰者らしさで、突然部屋に大勢やってきてせいでオロオロしている。友達を招いた経験がなくて慣れていないからだろう、若干声も上擦っていた。

 それ以上に気になるのはその姿だ。普段は制服か体操服なのでファッションセンスは不明だったが、こうして私服を見ると個性が爆発している。もちろん悪い意味としてである。

 モノクロ基調に真紅の薔薇ばらを差し色にした、コテコテ過ぎるゴスロリ衣装。首からぶら下げているのは、髑髏どくろモチーフのシルバーアクセサリー。精一杯のオシャレなのだろうが、方向性が斜め上に飛び去っている。少なくとも、自分に好意を寄せてきた女子は、こんな格好をしていなかった。琴子の感性がおかしいだけだろう。もっとも、幼なじみの優愛にも変なグッズを愛用する時期があったので、中二病の一種として片付けられなくもないのだが。


『あー、あー、テステス。聞こえるかな、猫娘ちゃーん?』


 デスクトップのモニターに小太りの中年男性が映る。この人が事情について知っている人物、女子中学生との繋がりを欲した犯罪者予備軍なのだろう。

 ――っていうか、猫娘って……おいおい。

 ハンドルネームなのだろう、愛されキャラを演じているがゆえのネーミングか。陰気でおかしな趣味をしているが、女子らしくちやほやしてもらいたい欲求もあるらしい。

 ビデオチャットが始まる。椅子に座ってモニターを向く琴子の隣に優愛、その一歩後ろに晴樹と凛香は立つ。これで四人全員がカメラに収まった。


「あ、はい!聞こえてます、ダイダラさん。わ、私が猫娘で……えっと、こっちが幽霊を見た御本人で、あとその他大勢の友人です!」


 ――その他って、随分と雑な扱いだな。

 と、琴子の紹介に心の中で悪態をつくが、突然押しかけたも同然なので、扱いの悪さは仕方ないだろう。気にしない方がいい。


『って、あれ~?男もいるのかよぉ。なんだよお前ら、リア充なの?ホント、爆発しろ』

「男で悪かったな」


 やはり現役女子中学生目当てのビデオチャットだったのだ。男の自分が映っているのが気に入らないらしい。心配でついてきて良かった。自分の知らないところで、優愛が性犯罪に巻き込まれてもおかしくなかったようだ。

 ――というか、なぜ爆発?

 嫉妬だろうか。多分そうだろう。


『ま、いいや。女子が三人いれば、男一人くらいは見逃してやるよ』


 画面の向こうのダイダラという男は偉そうにふんぞり返り、晴樹が画面に映ることを認める。その背景にはアニメのポスターやフィギュアが飾られており、典型的なオタクであるのがうかがい知れる。印象の悪い趣味からして、女性との関わりが少ない人生だったのだろう。若い女性との繋がりを求めるわけだ。

 それと、学生相手で強めの姿勢になっている。気が大きくなっているのだというのも、容易に感じ取れた。普段は小心者でことあるごとに我慢してストレスを溜めている分、弱い立場を相手に日頃の鬱憤うっぷんを発散するつもりのようだ。

 腹は立つが、優愛の不安を解消するためだ。ここは耐えるしかない。


「そ、それで、早速なんですけど、“ふろとうくる”について、教えてくれませんか?」

「はい、あたしも是非ぜひ知りたいです!」

『ぐふふ、まぁそんなに慌てなさんなって……。ちゃ~んと僕の情報を教えてあげるからねっ……――よっと!』


 肥満体型の体を苦しそうに折り曲げて、ダイダラは一度画面外に消える。そして次の瞬間、ぶ厚いリングファイルをどかんと置いた。机にかなりの衝撃が伝わったようで、画面が激しく乱れている。


『じゃあまず、“ふろとうくる”とはなにかってところからだけど……君達はなんだと思っているのかなぁ?』


 答え合わせが間近に迫ったところで、ダイダラはいやらしい笑顔で質問をしてくる。番組の良いところでコマーシャルを入るような下劣さだ。頭を必死に捻ったりやきもきしたりする様を眺めて楽しんでいるようにしか見えない。知識を持っているがゆえの優位さを味わっているのだろう。性格が悪い。

 優愛は必死になって答えているが、下衆げすな男なんてまともに相手しなくていいのに。と頭を抱えたくなってしまう。


『ぶっぶー。残念だけど、幽霊とか死神じゃないんだよねぇ。難しかったかなぁ?』

「じゃあ、なんなんですか!?」


 さすがにじらされたせいで、優愛の語気も強くなっていた。

 しかし、ダイダラはなおもいやらしさに満ちた姿勢を崩さない。


『ぐふふ。じゃあ、この僕が教えてあげよう!“ふろとうくる”とはね……ドゥルルルルルルル――』


 今度はドラムロールを自分の口で奏でている。演出が一昔前だ。それが今の子供に受けると思っているのだろうか。早く答えを言ってほしい。


『じゃん!……海の妖怪なんだよね』


 長いドラムロールが終わったタイミングで、ダイダラは一枚の古い絵を見せてくる。そこには目や鼻、口のない、真っ黒な巨人が描かれていた。

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