緑川晴樹・2-1


 高く昇った太陽の下、晴樹は肩を上下させて荒い息を吐いていた。

 和風の外観をした二階建ての家屋。幼なじみである優愛の家にやってきたのだが、その前にはすでに先客が一人。黒髪を振り乱したサロペット姿の凛香だ。彼女も大急ぎで駆けつけたらしい。

 二人が優愛の家に急行した原因。それは先程、凛香が次のような連絡をしたからである。


{優愛が知らない男とビデオチャットをするらしいの!すごく心配!)


 どうやら琴子のつてで幽霊関係の情報を探っていたらしいのだが、交換条件に女子中学生と画面越しで話したい、と向こうが条件を提示してきたそうだ。優愛はあっさり承諾したのだが、その報告を聞いた凛香は猛烈に怒っているのだ。その男に対しても、琴子に対しても、まさに烈火の如き勢い。少しでも軽口を叩いたら殴り飛ばされそうなほどに。

 優愛は昔から危機管理能力が低い。思いつきで行動する癖があり、身に降りかかる危険など一切考慮せずに突き進む。幼少期の肝試しが良い例だ。自分の中で一度「大丈夫だろう」と決めると、周りのことや後のことに思考が向かなくなってしまう。おかげでその視野の狭さのせいで勝手に自分を追い詰めてしまうときもあった。思い込みが激しいともいう。

 というわけで、心配になった晴樹はすぐさま自宅を飛び出し、今に至るのだ。

 インターホンを鳴らし、優愛を呼び出す。


「あ、二人とも。どうしたの、怖い顔して?」


 玄関から出てきた優愛は可愛らしく、ガーリッシュに花柄レース入りのワンピース姿だ。外行きの着替えを済ませており、出掛ける直前の出で立ちである。もう少しで行き違いになるところだったようだ。間に合って良かった。

 しかし、想像以上に気合いが入った服装で、晴樹はドギマギしてしまう。制服や体操服、ラフな格好以外の彼女を見たのは一年ぶりだろうか。成長途中とはいえ、女性らしい体つきを目の前にして、胸が勝手に躍り出す。


「どうしたじゃないわよ!なんで藤宮の言うことなんか聞いているのよ!?」


 発育した優愛の魅力に気圧けおされている間に、凛香が怒りを露わに詰め寄り始めていた。金切り声のような怒声にびっくりしてしまう。


「だ、だって、最初に頼んだのはあたしだから……」

「だってもへったくれもないでしょ!?得体の知れない男相手に顔見せなんて、どんな危険があるかわからないわ!断るのが正解よ!」

「お、おいおい、一旦落ち着けよ凛香」


 心配のあまりヒステリックに喚き散らすので、晴樹は間に入って中断させる。凛香の気持ちも分かるが、このまま頭ごなしに否定しても、話は進まず平行線になってしまうだけだ。


「なぁ、優愛。そのビデオチャットは、絶対にやらなきゃ駄目なのか?」


 ヒートアップして暴走状態な凛香に代わり、晴樹が説得を始める。

 学校の授業でも習った通り、ネットを通じて見ず知らずの相手とやり取りをするのにはリスクが伴う。個人情報が漏れて、現実で被害を受ける可能性だって十分あり得る。今回の場合は顔がバレてしまうため、映像の悪用や個人の特定の材料にされかねない。動画投稿アプリの普及と承認欲求から、素顔を晒す中学生が多くて問題になっている、というのは耳にたこが大量発生するほど聞かされた。優愛にはその、後先考えず悪事に巻き込まれた一員になってほしくないのだ。


「あたしが出なきゃ駄目なの。やっと手に入ったヒントなんだもん。このチャンスは逃せない」


 だが、優愛の決意は固いらしい。折れてくれそうな気配は微塵みじんも見られない。


「そんなに幽霊が大事なのか?ただの見間違えかもしれないのに」

「見間違えなんかじゃない!もう何度も見ているし、写真にも映らない……それに、あたし以外にも見えている人がいたの!しかも、こことは全然違う場所で、全く同じ幽霊を!あの幽霊には絶対なにかある、大変なことが起きているかもしれないんだよ!?」

「だとしてもだ、わざわざ調べるのに意味があるのかよ?心霊現象なんて、大人だってろくに解明できていないんだから、オレ達子どもが必死になったとしても、結果はたかが知れているだろ」


 霊的な存在を信じていない晴樹にとって、幽霊の正体を探るなんて荒唐無稽こうとうむけいとしか思えなかった。ましてや「大変なこと」なんて早々起きるわけがない。自分達が生まれるより前、世紀末に地球は滅亡すると予言されて混乱した時代があったそうだが、ご覧の通り世界は滅びなかった。

 それでも身内でわいわい騒いでいるのなら、ただの悪ふざけで済むレベルだ。趣味を好きなように楽しむ程度なら自由だろう。しかし部外者且つよく知りもしない相手とのやり取りとなると、その許容可能な範疇はんちゅうを超えてくる。信憑性の低いものに多大なリスクをかけるなんて馬鹿げていた。幼なじみの人生に傷を付けるような行為は止めたい、というのが本心だ。


「だって、だってあの幽霊、死神かもしれないんだよ!?あたし、自殺で死ぬかもしれないんだよ!?」


 しかし、その言葉で気持ちが揺らいだ。


「遠征先で会った芽衣……あたしと同じ、見えている人が言ったの。幽霊が出るようになってから、自殺する人が増えたって。実際に自殺のニュースは増えているし、現場だって見に行ったじゃん!だから、だから怖いの!本当に死神なのか、そうじゃないのか。はっきりさせないと嫌なんだもん!」


 優愛の言う通り、最近の自殺報道の多さは尋常じゃない。クラスメイトの母親が自殺したのは本当だし、その現場を見に行った日にこの幽霊騒動だ。繋がりがあると思ってしまうのも無理はない。

 人数が多いとはいえ、自殺が連続して起きるのはよくあることだ。それに度々見えてしまう幽霊は、不安な気持ちによる精神の不調、それによる見間違えの可能性が高いだろう。だが、その全てをはっきりと証明する方法はない。そんな曖昧あいまいな中にいるからこそ、不安を拭いたい一心で、答えになり得る情報を知りたいのだろう。

 苦しいところではあるが、ここは優愛の気持ちを優先しよう。


「……わかった。だけど、その代わりオレも行くからな」


 ビデオチャットの参加は認めよう。ただし相手に変な要求をされないよう、自分が防波堤にならないと。それだけは譲れなかった。


「ありがと、晴樹……巻き込んで、ごめんね」

「面倒事なんて、小さいときは日常茶飯事だっただろ?」


 こうして、幽霊の謎に迫るため、情報通らしい相手とのビデオチャットに望むことになった。

 因みに、凛香は嫌々ながらも、心配でついてくるそうだ。

 彼女と琴子とは馬が合わないようなので、少々危険な気がするので要注意だ。こちらの防波堤にもならないといけないだろう。

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