藤宮琴子・1-2


 カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、PCのモニターだけが琴子の顔を淡く照らしていた。

 一般的な子供部屋としては広い方のはずなのだが、怪しいグッズの数々が所狭しと並んでおり、洞窟のような圧迫感を演出している。琴子にとっては日常の光景だが、他人から見たら醸し出される異常さにおののくだろう。少なくとも彼女の両親は気味悪がっている。

 モニターに映るツイッター画面に、新着メッセージのお知らせが現れる。コミュニティの中でも一番の情報通、ハンドルネーム:ダイダラのダイレクトメールだった。

 先程、優愛から届いた新情報、“ぷろくと”と“くろうら”の二大謎単語について質問をしていたのだ。膨大な知識を持つ琴子でも該当する情報が見当たらなかったので、情報通のダイダラに任せていた。コミュニティに属する多くの男性ユーザーは、琴子がお願いをするとなんでも了承してくれた。大抵のことは二つ返事。誕生日にはプレゼントとして大量のギフトカードを貢ぐ人までいた。若い女性というだけで、コミュニティの中では価値があるらしい。現実では陰気で取り柄のないいも女な自分でも、ここでならクラスの人気者以上に輝けるのだ。そんなネット上の立ち位置も、リアルとの繋がりを嫌い、優愛との距離を縮められない要因だった。

 さて、くだんのダイダラからのメッセージなのだが、それは期待に添える内容だった。


{それって多分、“ふろとうくる”じゃないかと思うよ。“くろうら”の方はちょっとわからなかったけど)


 ダイダラ曰く、“ぷろくと”は聞き間違いで、本当は“ふろとうくる”ではないか、だそうだ。そちらなら心当たりがあるらしい。優愛の話では、もう一人の霊感ある人が小耳に挟んだ程度だったらしいので、聞き間違いによる単語のズレは納得できる。

 しかし真の単語が“ふろとうくる”だとしても、琴子は全くピンとこなかった。相当マイナーなのだろうか、さっぱり見聞きした覚えがないのだ。検索エンジンで調べても、それらしい候補がさっぱり出てこないというのも、いかんともし難い状態だ。

 詳しい話を知るには、情報通の彼に頼らざるを得ない。


(ダイダラさん。その“ふろとうくる”ってなんなの?私とっても知りたくて……詳しく教えてもらえませんか?}


 頼みの綱はダイダラだけだ。ネット上に載っていないような知識さえ身につけている彼なら、きっとどんな意味なのか知っているはずなのだから。


{教えてあげてもいいけど、一つ条件があるんだ。それでもいいかな?)


 少し時間を置いてから届いた返信には、そんな一文が書かれていた。

 ――条件……?

 妙な前置きを怪訝けげんに思ってしまう。今まで様々な物や情報を貢いでくれる男性ユーザーはたくさんいたが、見返りを求めてきたのは彼が初めてだった。

 なにかしてほしいことでもあるのだろうか。一抹の不安を覚えながらも、琴子は了承の返事を打ち込む。


(はい、大丈夫です!それで、条件ってなんですか?}

{簡単なことだよ。君とビデオチャットがしたいんだ、もちろん素顔で)


 すぐに送られてきた文面を読んで、キーボードを叩いていた指が止まった。

 「ビデオチャットをしたい」というのはつまり、ダイダラは今以上に親密なコミュニケーションを取りたいという意味だ。相手が現役の女子中学生とわかっているから、その素顔を知りたいのだろう。そして、他のユーザーよりも近しい仲になりたい。出し抜きたい。ネット上で出会いを求める輩と同様の、下心のようなものが見え隠れしている。


(OKです!どうやってお話します?}


 だが、琴子は意を決して、その条件をんだ。

 別に援助交際やパパ活といった、直接的な肉体関係にすぐさま発展する条件じゃない。自分の顔を見られてしまう、実害はそれだけだ。動画サイトに平気で素顔を晒している小学生配信者がいるような世の中なのだ。この程度のリスクで尻込みしていたら、貴重な時間を食い潰すただの引きこもりと大差ない。女子中学生という今しかない、利用価値が大いにあるアドバンテージを活かさなくてどうする。


{こっちからズームの招待メールを送るよ)

(日時はいつ頃ですか?私ねぼすけなんで、午後がいいんですけど……(恥)}

{それなら明日の午後でどうかな?君も早く知りたいだろうし)

(大丈夫です!それでは明日、詳しい話をお願いします♪}


 これで約束はつけた。

 すぐに教えてくれないのは予想外だったが、それでも一晩待てば良いだけだ。顔を見せるという交換条件はあるものの、それは相手も同じこと。本物の幽霊に繋がる情報が手に入るのなら安いものだ。現役女子中学生の顔を好きなだけ見ればいい。

 でも、ただ顔を見せただけで、彼は本当に教えてくれるだろうか。

 鏡に映る自分の顔は、見るからに陰気で薄気味悪い女。猫背で体は引き締まっておらず、まるで病人か危ない人のようだ。魅力的とは程遠い。女子中学生だからと期待したところにこの惨状では、ダイダラの気持ちが離れてしまうかもしれない。昔の生配信で言うところの「コミュニティ抜けるわ」案件で即解散だろう。


「そうだ、泉さんがいるじゃん」


 そこで思いついたのが、幽霊沙汰の発端である優愛だ。腕前こそ底辺の落ちこぼれらしいが、ソフトテニス部に所属という肩書きがあり、顔も体も平均より少し上くらいに位置する。一般的な女子中学生に求められるステータスは、一通り揃っていると言えるだろう。彼女が加われば、きっとダイダラも満足してくれるはずだ。

 そんな打算の元、琴子はすぐさま優愛に連絡をする。

 文面はこうだ。


(私の知り合いが“ぷろくと”について知っているそうです!本当の名前は“ふろとうくる”らしいんですが……。

 ただ、明日ビデオチャットで話したいそうで、幽霊を見た本人にも出てほしいって言っていました。泉さんも一緒に出てくれませんか?}


 こう書いておけば、事の発端である彼女は断れないだろう。優愛だって、早く知りたくてしかたない話なのだ。絶対に乗ってくるはず。

 優愛からの返事は、そのすぐ後だった。

 幸いなことに明日は部活の予定がないそうで、すんなりと了承してくれた。琴子の目論見通り、快く参加してくれるようだ。

 ――友達って、意外と便利だなぁ。

 なんでもOKしてくれる優愛は、本当に都合が良かった。

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