Phase3:Accelerator
藤宮琴子・1-1
“長い年月をかけた物ほど、崩れる時の音は大きい”
琴子はいわゆるオタクだった。得意分野はオカルト全般、というより、それ以外に興味がないのだ。一般的なオタクイメージであるアニメや漫画、アイドルなどに関しては特別詳しくない。
オカルト事にハマったきっかけは、幼少期に占いの本を読んだせい、というのが一番の原因だろう。星座や手相、風水にタロットと調べていく度に、どんどん沼の深みへ引きずり込まれていった。当時集めた書籍やグッズは、未だに部屋の隅で山積みになっており、彼女の遍歴の地層と化している。
最初のうちは、周囲の同級生からの反応も良かった。占いが得意なキャラとして、色恋沙汰に一喜一憂する女子からもて囃された。休み時間には好きな男子との相性やベストな告白の仕方を占ってほしい、と恋多きクラスメイトから引っ張りだこだ。しかし、ちやほやされて浮かれた琴子は、占い以外の分野にも手を出し始めるようになる。もっと多くの情報を身につけて、「凄い」「憧れる」と言われたい、頼りにされたい。その欲望から心霊や未確認生物、UFOに超能力といった、女子受けしない薄気味悪いカテゴリに手を出し、沼の最奥地に惹かれていったのだ。
当然、周囲からの評価は最悪だった。ことあるごとに悪霊の仕業だの宇宙人の侵略だの、妄想と現実の区別がついていないような、危険な言動が目立ち始めたからだ。世間ではちょうど、オカルトを取り扱った番組の減少と科学的解明の大切さを押し出していた時期であり、琴子の意見は真っ向からぶつかってしまう内容だった。それらの番組を「オカルトから遠ざけようとしている政府の陰謀」と反論したのも心証が悪かった。
そのせいで、彼女は常識が通じない危ない子という印象を持たれてしまい、学校では無視と陰口と暴力渦巻く、いじめという名の犯罪行為を受けるようになった。それでも学校に通い続けたのは、自分の意見が絶対に正しい、と信じ続けていたからだ。
琴子にとって、オカルトに関わることが自分の全てだった。それらを否定されるのなら、友達なんて下らない存在はいらない。学校で孤立しようがいじめられようが、それは向こうが世界の真実に気付けていない愚か者だから。そう結論づけたら、辛いことなどなにもなかった。
それに、友達ならネットの世界に大勢いる。オカルト好きな人同士が繋がり合うコミュニティをSNS上で形成し、グループの中で雑談混じりに情報のやり取りをするのが、琴子にとって日常になっていた。メンバーでは数少ない女性――未成年は琴子しかいない――として、同志からはよくしてもらっている。学校なんて
だからこそ、優愛が幽霊について話していたのは聞き逃せなかった。今まで忌み嫌われてきた話題を、クラスの女子がしているなんて。琴子は聞き耳を立てる程度で済ませるつもりだったが、結局我慢できなくなり話題に飛び込んでいった。同年代の人間との触れ合いは久しぶりだったので、クラス委員の二人にはどん引きされていただろう。しかし、優愛は気にすることなく、幽霊の目撃について詳細に話してくれた。
リアルで話をするのがこんなに楽しいなんて。自分でも驚いてしまうくらい、優愛とおしゃべりしていた。ネットでの繋がりでは感じることのなかった、気分の高揚と喜びを感じていたのだ。しかも、話すだけには留まらず、放課後の幽霊探索までしてしまった。まるで友達同士で遊ぶ約束をするような親密さに溢れたやり取りだというのに、自分のようなはみ出し者が体験できたのだ。
結局、その日は幽霊の姿や証拠の類いは見つからなかったが、とても充実した時間だった。本を読んだりネットで情報交換したりするのとは全く違う、自分の足で怪異を探す感触。それも、ずっと昔に失ったはずの、友達という存在と一緒に。今では連絡先も交換して、共に幽霊の謎に迫ろうとする仲間になっていた。
やっと作れた、現実生活におけるオカルト仲間。
しかし、手放しに喜べるかと問われると、それも少し違う。
ほんの少しではあるが、優愛に対して嫉妬心のようなものがあるのだ。
自分の方が昔からオカルトに傾倒しており、その造詣は圧倒的なはずだ。知識量だって、その道数十年の熟練マニアには敵わないが、同年代ではトップレベルだと自負している。
それなのに、なぜ自分には幽霊が見えず、優愛の元には現れたのだろうか。世の中理不尽だ。その道で努力している者にこそ、怪異と出会える機会を与えるべきではないのか。そんな思いが全くない、と言うと嘘になる。
閉ざされていた自分の世界に、偶然風穴を開けてくれた存在。世の中との繋がりを失いかけていた琴子に、友達になれる可能性を運んでくれたのが優愛だった。
しかし、どうしても嫉妬心が足を引っ張ってしまう。
素直になって手を伸ばせばいいはずなのに、幽霊を見る力を持っているのがずるいと感じてしまう。本人は霊能力など持っていないと
琴子は最後の一歩を踏み出すか、優愛に心を開くかどうか、ぐらついて決められずにいた。
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