泉優愛・6-3


「えっ」


 言葉に詰まってしまった。

 この羽について言及する人は今までいなかった。不自然に落ちているはずなのに、誰も気にしない。だから見えているのは自分だけだと思っていた。

 それなのに、まさか他に見えている人がいたなんて。ということは、彼女も黒い少女にストーキングされているのか。あの幽霊は百合ヶ浦からついてきたんじゃないのか。

 同時に様々な疑問が湧いてきてしまい、脳内は混雑渋滞状態。おかげで機能不全の思考停止に陥ってしまった。

 その沈黙の長さは、相手に肯定と受け取られたようで、


「私も……さっきの黒い、幽霊の女の子が見えたの」


 向こうから話を切り出してくれた。

 やはり芽衣も、らしい。羽の落とし主も言い当ててきた。


「よかったら、あなたと話がしたいわ。同じ、幽霊が見える同士で」


 断る理由はなかった。やっと自分と同じ、謎の幽霊に悩まされている人に出会えたんだ。

 その喜びから優愛は「はい」と即答して、芽衣の後について行く。

 人気のない倉庫の裏に座り込み、優愛と芽衣は、お互いが知っている黒い少女についてを話し合った。


「じゃあ、あなたもなのね?」

「はい。あたしも霊感ない系で……いわゆる零感れいかんです」


 芽衣曰く、さっぱり霊感がなかったのに、最近になって黒い少女の幽霊を見かけるようになったらしい。最初は偶然ばったり遭遇して、それ以降、いつも遠くから見つめられている。こちらから見つめ返したり追いかけたりするとそっと立ち去ってしまい、後には黒い羽が残っているだけ。

 その証言のなにもかもが、優愛の体験とうりふたつだった。

 一気にいきさつを話したところで、芽衣は水筒の中身をコップに注ぎ、ぐいっとひと思いにあおった。スポーツドリンクだろう、甘ったるい香りが鼻腔を刺激してくる。


「あたしも……芽衣さんと同じです。気付けばあの子に見られているようになって……でも、他の人には全然見えてなくて」

「ほんと、それなのよね。みんなのすぐ近くにいるのに、誰にも見えていない。私だけが頭がおかしくなったんじゃないかって気に病んだくらいよ」


 芽衣の周りにはオカルト話に理解のある人がいなかったらしく、相談すらできなかったそうだ。友達が協力してくれていると話したら羨ましがられた。

 改めて考えてみると、普通「幽霊を見た」なんて言ったら、十中八九「頭大丈夫?」と返されるのが当たり前だろう。実際、晴樹は超常現象の類いに懐疑的で、「見間違えでは?」と言われてしまった。そういう意味では、琴子というマニアがいたおかげで助かっている面もある。親友の凛香は彼女のことを良く思っていないのか、素っ気ない態度で接しているのが気になるが。


「それにしても、あの子は一体なにがしたいんだろうなー……」


 両者の目撃証言を合わせると、黒い少女は同一人物としか思えない。見た目の特徴も行動パターンも同じ。他人のそら似、と言い切るのは不可能だ。幽霊のそっくりさん、というのもおかしな話ではないか。

 だが、同一人物説が正しいとすると、不可解な点も出てくる。

 二人が住んでいる土地は真逆に位置する。優愛は海沿いの百合ヶ浦在住だが、芽衣は山の上にある岩上市いわかみし出身だ。関連があるとは思えないし、同時期に現れていたとしたら、幽霊が別々のポイントにワープしているという結論になる。必死に行き来している姿を想像してみると、これまたシュールな光景だ。同一人物説で考えるのはいささか無理があるかもしれない。

 とはいえ、幽霊がワープ能力を使うなんて不可能、とは誰も決めていない。そもそも心霊現象は科学的に解明されていないので、理解不能な現象が起きても不思議はないのである。ワープしているのが本当なら、超能力の分野も絡んできそうだ。

 それに、あの黒い少女は本当に幽霊なのか、という根本的な問題もある。幽霊の出現といえば、よくある話なら恨みや怨念を抱いて死んだ、みたいな原因がポピュラーだろう。だが、あいにく優愛も芽衣も身に覚えがない。それに互いの事情を話し合った限り、二人に明確な接点はない。強いて挙げるなら、どちらもソフトテニス部に所属しているくらいだろう。部活の種類程度の関係では繋がりが薄いし、より接点のある人物はいくらでもいるはずだ。

 幽霊が見える同士出会えたのは幸運だったが、そのせいで余計に謎が深まってしまった。ますます黒い少女の正体が気になってしまう。


「そういえば、前に一度だけ、あの子の声を聞いたんだけど」

「え?」


 聞き逃せない発言が、芽衣の口から世間話くらい軽めの雰囲気で飛び出してきた。


「ちょっ、なんでそれ言わないの!?すっごく大事そうな話じゃん!?」

「だ、だって、偶然聞こえたっていうか、意味不明だったっていうか……」

「それでも重大ポイントだよっ!?あたし、声なんて聞いたことないもんっ!」


 芽衣が声を聞いたのは、黒い少女と初めて出会ったときだったらしい。

 部活が終わった後、誰もいない暗い夜道を歩いていたら、どこからか小声の独り言が聞こえてきた。まさか変質者の類いじゃないだろうか、と思いつつも好奇心から声の発生源へ向かい、そっと覗きに行ってみたら黒い少女とばったり、という話だ。曲がり角の出会い頭だったようで、思わず悲鳴を上げてしまったそうだ。すると少女の方も驚いたのか、黒い羽を残してすぐに消えてしまった。それ以来、つけ回されるようになって今に至る。


「で、その時に聞こえたのが、“ぷろとく”とか“くろうら”とか、聞いたことのない単語で、呪文みたいだったのよ」


 小声が偶然聞こえた程度なので、正確に聞き取れているかは定かではない。だが“ぷろとく”や“くろうら”に近いなんらかの言葉は聞こえたらしい。それがなにを意味するのか気になり、少女と接触しようと幾度も挑戦したそうだが、後は先程聞いた通りの展開だ。見つめ返した時点で逃げ出してしまい、以降声を聞いていないという。


「多分、あの子的にも聞かれたくなかったんじゃないか、って思うのよね」


 いつも黙っているだけの幽霊が、唯一発した言葉。

 この謎の単語こそ、黒い少女の正体に迫る鍵になるだろう。ただの直感だが、優愛はそう確信していた。

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