黒野凛香・1-3


 放課後。

 優愛の案内の元、一行は幽霊出現現場である、木々が鬱蒼うっそうと生い茂る道にやってきた。まだ夕方のはずだが、立地のせいか夜かと錯覚するくらいに薄暗い。本能的に「何か出そう」と感じるのも無理はないだろう。

 が、結論から言うと、収穫はなにもなかった。

 当たり前だ。そう簡単に怪奇現象が起きるのなら、今頃世の中はもっとオカルト一色になっているはずだし、研究だって進んでいるのが妥当だとうだ。少なくとも非科学的で絵空事などとさげすまれるような状況ではないだろう。それに四人でわいわいと幽霊目当てで探索しているのだから、出てきそうな雰囲気なんて皆無。よくて肝試し程度の空気だ。ここでわざわざ幽霊が登場してくれるのなら、もはや接待、お化け屋敷に行けば十分である。

 また、墓場が近くにあるのは事実だが、優愛が幽霊と遭遇した地点からだと距離がある。もし原因が墓にあると仮定すると、心霊スポットから離れてきたのだろうか。どうにも解せない。そこまでして人前に出たい、目立ちたがりの幽霊なのか。

 そもそも特定の場所に現る地縛霊じばくれいという考え方自体、凛香は懐疑的だった。科学的かどうか以前に、土地に怨念が染みつく理屈が、どうも腑に落ちない。地球誕生から現在まで、無数の命が生まれて死んでいった。人間だけに限ったとしても数え切れないくらいだ。中には悲劇の最期を遂げた人物、強烈な恨みを抱いたまま死んでいった者だって大勢いるはず。なので、地縛霊の理屈を適用してしまうと、世界中の土地が幽霊で溢れかえってしまうのではないか。地球全土が心霊スポットだ。

 もちろん、成仏をはじめとした宗教的な死生観を交えれば、どこか別の世界に行ったり生まれ変わったりなどの理由付けは可能だ。しかしどの宗教も人間、特に支配層に都合が良いように作られたきらいがあり、物事の根拠とするには信憑性に欠ける。霊的現象を誰もが納得するよう説明しようとして宗教を持ち出したら、答えを煙に巻くペテン師のやり口になってしまう。科学とは相反する手法であり、まさに水と油。凛香が最も嫌う類いである。

 とにかく、学生の思いつきで都合良く幽霊に会えるわけがない、というのが凛香の結論だ。収穫なんてなくても良い。

 それより問題なのは、友達面して入り込んできた琴子の存在だった。幽霊の目撃者である優愛に親近感を抱いたのか、図々しくすり寄っている。何度も割って入り止めているのに、しつこく絡もうとしているのだ。

 ――この女、何様のつもりなのよ!

 頭の血管が切れそうだ、頭痛がしてくる。本気で怒りの言葉をぶつけないと、こちらが怒髪天どはつてんく直前だと理解しないのか。どうりで友達がいないわけだ。人の気持ちを察しない人間と接するのが、これほど不快感を催すなんて知らなかった。誰だって関わりたくないとさじを投げるだろう。


「なぁ、幽霊探しはこの辺にしておかないか?」


 空に星が瞬き始めた頃合いに、晴樹はお開きを提案してきた。時刻は午後の八時。そろそろ家に戻らないと、親にうるさく言われてしまう。ただでさえ変な子と思われている節があるので、これ以上小言は聞きたくない。

 これ以上無意味に留まっていても仕方ない、というのは共通認識だったようで、優愛と琴子も賛成の意思を示していた。

 やっとストレス高負荷な時間が終わる、と凛香は胸をなで下ろした。願わくば、このまま二度と幽霊探しなんてやらず、琴子との縁を永遠に切りたい。今後一切関わりたくない。優愛には悪いが、幽霊についてはきっぱり忘れてもらいたいところだ。琴子が同じクラスにいる限り、オカルト事の話題はNGである。


「よ、よかったら、連絡先を交換……し、しませんか?」


 だが、そううまく事は運ばない。自分が苦手としている相手に限って、一番嫌な選択をしてくる。「憎まれっ子世にはばかる」にも近い、世間ではよくある理不尽な法則だ。

 あろうことか琴子は、優愛と本格的に友達になろうとしている。たった一日の、幽霊探しイベントを通しただけなのに。なんて厚かましいのだろう。親友の自分ですら、連絡先を知ったのは友達になってからしばらく後だというのに。飛び級にも程がある。

 もっとも、それは小学生時代の話であり、スマートフォンを持っていなかったせいなのだが。怒り心頭の凛香は、その理屈のおかしさを見落としていた。


「ま、またいつ泉さんが、幽霊、見るかわからないし……も、もしよかったら写真撮って、送ってほしいなぁ……って」

「いいけど……あたし霊感ないから、心霊写真が撮れるかどうか保証できないよ?」


 しかし、凛香が発する嫉妬しっとの念などつゆ知らず、優愛はいとも簡単に承諾してしまう。かばんからスマートフォンを取り出して、躊躇ちゅうちょなく連絡先を教えている。

 ――こんな女、絶対関わったらいけないのに。どうして……。

 幽霊を見て心が弱っている時につけ込んで、友達を横取りするつもりなのだ。ずっと友達を作らず孤独な生活をしてきたくせに、気が合いそうだと思った瞬間にかっさらう。盗人ぬすっとの所業だ。なんて浅ましい。


「おい、どうしたんだ凛香。怖い顔してるぞ?」

「えっ。そんな、別に……」


 晴樹に肩を叩かれて、はっと我に返った。

 知らず知らずの内に、溢れんばかりの憎しみがにじみ出てしまったようだ。気持ちがたかぶりすぎて表向きの顔を作り忘れていたらしい。表情筋も引きつっていた。

 隠しておかないといけない、自分の黒い感情。卑屈で排他的な、優愛には絶対見せられない、みにくく歪んだ心の内だ。

 これからも優愛の友達でいるためにも、知的でスマートな良き友を演じていく必要がある。琴子みたいなぽっと出の女に、優愛の隣を奪われる訳にいかないのだ。

 凛香は周囲に気付かれぬよう、奥歯をギリギリと、強く強く噛みしめていた。

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