黒野凛香・1-2


「いない、なんて言い切れないでしょ?それとも優愛が嘘を言っているとでも?」

「おいおい。お前みたいな科学的根拠最優先なヤツが幽霊を肯定するとは思わなかったぞ」


 反論したら案の定、晴樹は言い返してきた。成績が同程度の彼とは度々議論をしがちだが、芯の部分は決定的に違っていた。そして超常現象の類いでは、その違いが顕著になる。


「全面的に認めるなんて大雑把なつもりはないけど、存在する可能性はゼロじゃないわ。少なくともこの世には、まだ解明されていない謎はいくらでも転がっている。霊的な現象だって、いつか科学で解明されるかもしれないってことよ」

「また昨日の脳の構造みたいに、ロマンがうんたらかんたら……って話か」

「それはもちろん。謎を追い求めるのが学者の勤めだからよ」

「まだ学生だけどな」

「未来の学者って意味よ……――あ」


 しまった、また白熱して我を忘れていた。

 幽霊騒ぎの中心にいたはずの優愛が、ぽかんと口を開けたままだ。晴樹との言い合いに夢中になってしまい、また置いてけぼりにしてしまったのだ。

 悪い癖だ。同学年では珍しく対等な思考で話せる相手なので、晴樹とはつい議論になってしまう。自分の考えを語るのが楽しくて、ブレーキが効かないのだ。特に今回は、優愛の証言を擁護しようとするあまり、話があさっての方向へ飛んでいた。問題なのは幽霊の科学的証明ではない。優愛が見たのはなにかということ、そして不安にさいなまれる彼女のフォローなのだ。


「あ、あなた達……幽霊を見たの……!?」


 しかしそこに、またもや余計な横やりが入ってくる。

 陰気な空気をまとってぬるりと現れたのは、同じクラスの藤宮ふじみや琴子ことこだ。いつも教室の端っこが定位置の、友達のいない可哀想な子。とはいえ、自分も一歩間違えていたらこれに似たポジションになっていたのかもしれない。ある意味、優愛と出会わなかった場合の、IFの自分と言えるだろう。それゆえに好きになれない。


「見たのは……あたしだけど」

「泉さんが!?く、詳しく聞かせてほしいわっ!」


 癖っ毛でもっさりと無精ぶしょうな前髪の中で、黒い瞳がギラリと光った。普段は伏せ目がちでおどおど自身なさげに振る舞うくせに、好きな話題になると水を得た魚のように食いついてくる。オタク気質という言葉がぴったりだろう。

 琴子とは出身の小学校が違うため詳しいいきさつは知らないのだが、同じ学校出身の生徒曰く、重度のオカルトマニアで怪しい魔術に手を出しているという噂もある。魔術に関する情報は眉唾物まゆつばものではあるが、気持ちの悪いマニアっぷりを発揮するのは本当らしい。普段全く交流のない相手に対して、礼儀もなしにぐいぐい詰め寄っているのだから相当だろう。大切な優愛に、汚い手で触ってほしくない。オタク癖が移ったらどうしてくれるのか。早く自分の席に戻ってもらいたい。


「えっと、幽霊に会ったのは帰り道の途中で……あ、近くにお墓がある場所でね……」

「そ、それは王道ですね!墓地と言えば怪奇現象……古くから怪談には事欠かない、霊がうごめ魔窟まくつと言えます!」

「でもね、目が合ったような気がしたら、すぐに消えちゃって……なにがしたかったのかよくわからないっていうか、そもそも本当に幽霊なのかも怪しいっていうか」

「気になる……私も見たい、知りたいです!もし幽霊なら絶対会いたいですし、それ以外なら尚更正体を追い求めたいです、マニアとして!」


 それなのに琴子はずっと話し続けている。やめる気配が全くない。誰も止めなかったら、死ぬまで語るつもりなのではないか、と思うほどに食いついて離れないのだ。興奮しているのか息づかいも荒くなっており、えた獣のようで気持ち悪い。性別が違えば危険な変態と認定して一発張り倒しているだろう。

 部外者のくせに優愛を独占するなんて、遠慮という概念がないのか、この女には。いつも誰からも相手にされていない反動からなのか、オカルト事に対する熱量をこれでもかとぶつけてくる。相手の気持ちなんてお構いなしに語るから、オタクは嫌われるというのに。自分の立ち振る舞いを客観視できないほど、頭が可哀想な完成度なのだろう。

 だが、凛香は哀れまない。自分と優愛の空間に土足で踏み込んできた人間に、なぜ同情しなければならないのか。暴発しそうな感情を抑えるので手一杯なくらい、こちらのはらわたは煮えくり返っているのだから。


「藤宮さんにこんな一面があったんだなぁ」


 一方で晴樹はしみじみとしているだけだ。クラス委員の立場からの発言だろうか。自分の幼なじみがどこの馬の骨とも知れない、陰気な女に横取りされそうだというのに暢気のんきなものである。性別問わず人気のある者としての余裕なのか、危機感がまるで感じられない。もし自分が男だったら、大切な女性をとられるのではないか、と気が気ではない状況だというのに。それとも優愛のことを何とも思っていないのだろうか。だとしたら恋愛面で争わずに済むので、ある意味マシとも言える。


「き、今日の放課後、現場を教えてくれませんかっ!?」

「別にいいけど……」


 気付けば話は現地調査にまで及んでいた。目撃した場所である、人気のない裏路地へ行くらしい。しかも二人だけで行くつもりだ。会話に無理矢理割り込んできた上に、優愛の放課後まで食い潰すというのか。クラスの隅っこが定位置の女なのに、どこまで厚顔無恥こうがんむちなのだ。それほど幽霊が気になるのなら、いっそ自分がなればいいのに、と凛香は内心毒づいた。


「私達も、一緒に行かせてもらうから」

「え、オレも!?」


 二人きりになんてさせない。自分と優愛の間に割って入り、積み上げた友情を踏み荒らすなんて、そんなの絶対に許さない。

 凛香は入り込んだ異物の監視のため、幽霊目撃現場の調査に名乗りを上げた。晴樹はその流れに巻き込まれただけ、凛香に腕を掴まれて強制的に挙手させられている。


「そ、そうだね。クラス委員の二人がいると、心強いね……えへへ」

「……よろしく」


 高い身長を活かして、凛香は見下ろし睨みをきかせる。怯えているのか、琴子は卑屈そうにへらへら笑っていた。

 そんな態度が、余計に腹立たしかった。

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