泉優愛・2-2


 洋風で白を基調とした外壁は、まるでレンガ造りのような模様が縦横無尽に走っている。三角屋根には飾りであろう煙突が天を向いており、ほのかな高級感を醸し出していた。汚れや塗装のげも見当たらず、手入れも行き届いており、周囲の住宅と比べても段違いの美しさだ。

 しかし家の一階、リビングらしき場所には外からブルーシートがかけられており、室内が見えないように覆い隠されていた。家の前にはパトカーが二台駐まっており、警察官が屋内と道路を行き来している。現場検証をしているのだろう。詳しい様子を知りたいところだが、家の周辺には黄色い規制線が張られていて、野次馬の侵入を拒んでいる。これをまたいで行けば即刻追い出されるのは一目瞭然、無視して入ろうとするほど恐れ知らずではない。


「うわっ。本当に事件になってるんだ」

「警察もガッツリ捜査しているみたいだし、かなり大事になっているみたいじゃねーか、コレ」

「朝なんてもっと大騒ぎだったわよ。近所の人だっていっぱい見に来ていたんだから」


 現場の周囲にいるのは優愛達三人くらいだ。買い物帰りらしき年配女性が数人足を止めて視線を向けているが、すぐに興味を失って立ち去っている。おそらく朝の騒ぎで事件の概要を知っており、今更気にするほどでもないのだろう。学生の自分達は学業に縛られていたため、完全に出遅れてしまったわけだ。


「家の中、全然見えないんだけどー」

「見えたらマズイだろ。何のためのブルーシートだよ」

「やっぱり、夕方じゃ駄目だったかしら」

「言い出しっぺのお前が言うな」

「しょうがないじゃない。私達学生は勉強と部活に大忙し。暇な主婦達とは違う時間軸を生きているんだから」

「オイ、周りに本当の主婦がいるかもしれないんだから、あんまり失礼なこと言うなよ」


 自殺現場を生で見られるとワクワクしていたが、残念ながら期待はずれだったようだ。

 発生から半日以上たっているので、現場も落ち着いてしまったのだろう。求めていた非日常感は薄れていて、面白味に欠けていた。

 もっと派手なものが見られると思っていた。死体はなくても、血や自殺に用いた道具など、好奇心を刺激するアイテムがあるんじゃないか、と。しかし結果はご覧の通り、警察官がうろうろしている程度で、望んだ光景は恐らくブルーシートの下。肩透かしもいいところだ。その程度なら、ニュース映像でいくらでも見られる。

 ――あーあ、つまんないなぁ。

 せっかくの機会だったのに、お預けを食らうと余計に気になってしまう。モザイクと同様、隠されるとその裏を想像して、更に見たい欲求がかき立てられる。亡くなった戸田陽葵の母親には申し訳ないが、自殺がどんなものだったのか目の前で再現してほしい、と死者の尊厳など完全無視な願望さえあった。

 このままでは、気になって夜も熟睡できないだろう。


「あら、今帰りなのかい?」


 そこへ通りかかったのは初老の女性、駄菓子屋『吉田商店よしだしょうてん』を経営するおばさんだった。パンチパーマのようにくるくる入り乱れた、アフロにしか見えない髪の毛が特徴的で、近所の子供達からは親しみを込めて「ジャングルおばさん」と呼ばれている。駄菓子屋では格安な菓子類はもちろん、簡単な料理も提供されており、有数の買い食いポイントだ。優愛達も小学生時代はよく利用しており、小腹が空くと度々立ち寄っていた。しかし中学校に進学してからはそれぞれ忙しくなり遊ぶ機会が減り、比例して行かなくなってしまった。実は顔を合わせるのも久しぶりなのだ。


「ご無沙汰ぶさたしています、ジャングルおばさん」

「あっはっは。そんなかしこまらないでよ、凛香ちゃん」


 堅苦しい挨拶と緩いあだ名の噛み合わないシュールさからか、おばさんは腹を抱えて爆笑している。その豪快な大声が懐かしい。昔から少しも変わらない、いつものおばさんの姿だった。


「あの、おばさんは、あの家のこと……事件のことって、詳しく知っていますか?」


 晴樹が戸田家の件について聞いたのは、駄菓子屋が現場のすぐ近くにあるから、という理由もあるが、一番はおばさんが事情通だからだ。日頃から子供の出入りが激しい仕事をしているため、プライベートな話を耳にする機会が多く、様々な家庭事情に明るくなる。それに加えて昼間に放送している刑事・探偵もののドラマが好きなせいか、根掘り葉掘り情報収集する癖もあり、自分達にも私生活について質問していた。

 そんな小学生時代の記憶と照らし合わせても、おばさんが事件についての情報を知っている可能性が高い、という結論になったからこそ、事件について聞いたのだ。


「まぁ、それなりにだけどねぇ」


 しかし、返答はどこか歯切れが悪かった。口をへの字にして首を捻っている。さすがのおばさんでも、警察沙汰では情報収集に無理があったのか。

 それもそうだ。起きたばかりの事件の概要が一般人に知られていたら、警察の職務怠慢と言われかねないし、漏洩ろうえいなんて早々あり得ない。市井しせいの人が知るには限界があるのだ。


「戸田さんの家については、一応、ある程度は知っているんだけどね。ここじゃ、ちょっと……」


 ちら、とおばさんは規制線の方に視線を移す。警察官達が小声で何かを話し合っているよう様子が見えた。捜査している目の前では居心地が悪いらしい。警察官が近くにいると、やましいことがなくても緊張してしまう、というのは優愛にも理解できる。事件関係の噂となれば余計に感じるだろう。離れるのが吉である。


「じゃあ、久しぶりに何か食べようかな」

「話はお店でゆっくり聞きましょうか」

「ま、その方がいいよな」


 こうして、優愛達は駄菓子屋に移動し、おばさんから事件や戸田家の詳細な情報を聞くことにした。

 

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