泉優愛・1-2
氷室一真の自殺が報じられたその日に、クラスメイトの母親も自殺した。これは、単に死ぬ日が重なっただけの偶然だろうか、それともファンゆえに後追いをしたのだろうか。どちらにしろ、自殺というセンセーショナルな状況が一致したという事実に、胸がざわついていた。
しかし、不思議と不快な気持ちではなかった。顔も知らない相手が死んだとしても。別段何とも思わない。クラスメイトとは言っても、戸田陽葵とは別のグループであり、交流なんてほとんどない。学級活動で少し話したか、事務的なやり取り程度だ。給食をよく食べる、大食い系女子というイメージしかない。その親となればもはや完全に他人だ。クラスの子供の家族まで把握しているのは担任教師くらいだろう。他人の親族の生き死にに、
つまり、赤の他人が死んだところで、人は簡単に死ぬ、という事象としてでしか捉えられない。少しくらいは可哀想と思うが、戸田陽葵と同じくらいにショックを受けるかと言われると、答えはノーだ。
名前の割に心が冷たいだとか道徳心がないだとか、
むしろ自殺という特異なイベントそのものに、心惹かれてしまう。人の死、それも自ら死を選ぶという特殊性は、多感な時期の子供が大好物な、底知れない闇を
「自殺ってのは、マジなのか?」
「騒ぎを聞いたかんじでは、多分ね。朝の支度で忙しくて、詳しいとこまではわからないけど」
「そっか、陽葵の家で……か」
「うん?心配なの?」
「まぁな。一応これでもクラスメイトだし、陽葵からはチョコとかプレゼントとか、それなりにもらったからな」
「さすがクラス委員、なかなかの生真面目っぷりね。それとも、“オレはモテている”アピール?」
「
「勝手に推薦されただけよ」
「オレも同じ理由だから」
秀才コンビの二人だが、晴樹は情に厚い方で、凛香は人の正義感をいじりのネタにするタイプだ。ボケとツッコミのような、クラス委員同士ゆえの
恋愛漫画で言えば相性抜群の組み合わせではないだろうか。幸い頭の良さも同じくらいなので、世間話のレベルも合うだろう。
自分だって、きっと二人の仲を応援する。友達と幼なじみ、どちらも幸せになれるなら最高のはずなのだから。
――それで、いいのかな?
だが、一方でよく思わない自分もいる。
二人は大切な親友と幼なじみだ。自分の居場所と言えるかもしれない。これからもずっと、馬鹿な話をして笑い合っていたいと思う。だけど、二人がくっついて離れていったら、欠点だらけの自分に何が残るのだろうか。不確かで不穏な未来に、不安ばかりが
「ということで、部活終わった後に現場近くまで行ってみない?」
凛香の言葉が、魅惑的に鼓膜を揺らした。
その提案は実に不謹慎で、普通は
映画や漫画の中でしか触れられないような、人の死を
有名俳優が辿った運命と同じ、自ら死を選んだ者の現場に、優愛は胸を躍らせていた。
「あたしは賛成!自殺の現場ってどんなかんじなのか、一度見てみたいもん!」
「オレは……いや、でもなぁ」
一方の晴樹はあまり乗り気ではない様子だ。煮え切らないように口をもごもごさせており、視線は右へ左へ行ったり来たりしている。
反応としては正しいだろう。クラスメイトの母親が自殺したらしい現場を、興味本位で覗きに行こうとする方が本来はおかしい。品行方正な学生ならば
「晴樹君はこういうの、興味ないんだ」
「あ、もしかして怖いんじゃ?散々あたしを“泣き虫”なんて呼んでいたくせにぃ」
「うぅ」
しかし晴樹はただの男子中学生。同い年の女子二人に言い寄られてしまえば、すぐにたじろいでしまう。凛香の体格差と優愛の
この年頃の男女では、比較的女子の意見が採用されやすい。早熟で弁の立つ方に軍配が上がるという理由もあるが、敵に回すと面倒、女子に気を遣ってしまう、など複数の要因もあるだろう。とにかく晴樹に勝ち目はない。賢くない優愛でも、その流れは推測可能だ。
なのでその結果――
「オ、オレも行くよ」
――晴樹はあっさりと折れるのだった。
「じゃあ今日の放課後、部活が終わり次第正門前に集合でいい?」
「異議な~しっ!」
「はいはい、了解しましたよ」
ちょうど予定が決まったところで始業のチャイムが鳴り、ホームルームを始めようと担任教師がやってきた。朝の自由時間が終わりを告げたのだ。
ざわついていた教室も水を打ったように静かになり、それぞれの席に戻っていく。勉学が得意な者は区切りを付けて速やかに、苦手とする者は
あと一年もすれば高校受験という名のふるいにかけられて、頭の程度に応じた場所に振り分けられる。その意味では、直前にあたる中学校はカオスと言えるだろう。思春期まっただ中で大人と子供の中間というのも相まって、ふとした拍子に崩れてしまってもおかしくない不安定さ。危うさに満ちあふれた空間かもしれない。
「よし、出席とるぞー」
結局その日、戸田陽葵は学校に来なかった。
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