第53話
~千沙side~
あたしを乗せた車は数十分ほど走った所で止まった。
口をふさいでいた手は離れていたけれど、代わりに両手を後ろで紐状のもので拘束されてしまった。
昔から大志たちを見てきたけれど、ここまでする連中には初めてであった。
緊張で手のひらに汗がにじむ中、どこか冷静な自分がそんなこと考えていた。
これなら、最近の大志の不可思議な言動にも納得がいく。
とにかく、今のあたしはこの何者かわからない連中に逆らわないことが、一番だった。
もし、下手に抵抗しようものなら、何をしてくるかわからない。
そんな雰囲気が、目隠しをされた状態でもヒシヒシと伝わってくる。
車のドアが開いた瞬間、べたついた風があたしの髪をゆらした。
その風は潮の香りが含まれていて、あたしは咄嗟にここは海の近くだと理解した。
目が見えないぶん、他の感覚が研ぎ澄まされいるようだ。
「こい」
低い男の声がしたと同時に、拘束されている腕を引っ張られる。
あたしはその勢いで、転げるようにして車の外へと出た。
外に出ると潮の香りは一層強くなる。
そして、おだやかな波の音が鼓膜をくすぐった。
引きずられるようにして歩いて行くと、何か重たいシャッターが開くような音がして、あたしはその建物の中へ投げ飛ばされた。
「痛っ」
床はかたく、ひんやりとしている。
「電気をつけろ」
男の声が、誰かに命令している。
相手の人数は一体何人なんだろう。
「ほら、立て」
再びあたしに腕が伸びてきて強引に立たせると、少し歩いてから椅子に座らされた。
椅子はどうやら木製らしく、後ろで拘束された両手に背もたれが触れた。
そのまま、今度は体と椅子が一緒にロープで縛られていく。
少しの余裕もないようにギチッと張りつめたロープが、ウエストに食い込む。
呼吸が乱れて、一瞬にして恐怖が倍増していくのがわかった。
ぞくぞくと、真っ黒な色をした恐怖心が背中から這い上がってくる。
そして次の瞬間、あたしの視界は明るくなった。
ふいに目隠しを外されて、一瞬明るさで世界が真っ白になる。
目が慣れた時には倉庫のシャッターは閉められていて、入口付近に1人の男が後ろ向きで立っているのが見えた。
その後ろ姿に、あたしは思わず「ハッ」と、声を出して息をのんだ。
だって、その後ろ姿には見覚えがあったから……。
あたしの声に気が付き、男が振り向いた。
「カナタ……?」
あたしは、更に呼吸が乱れていく。
これって一体、どういうこと?
松葉づえをつきケガをおったままのカナタが、そのに立っていたのだ。
確か、昨日大志が集会でみんなに紹介したんだよね。
カナタが味方になってくれるって。
みんなは半信半疑だったみたいだけれど、大志は違った。
大志のあのまっすぐな目は、ちゃんとカナタの事を信用している目だった。
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