第22話
美人だけれど、表情のない、まるで人形のようなその子に、俺は一瞬恐怖心を覚えた。
本当に、この人が兄貴の彼女なんだろうか?
今までにも何度か彼女を連れてきたことがあるけれど、みんな暖かな雰囲気の子ばかりだった。
それに、『勇士は元気?』と聞くなんて、おかしい。
自分が彼女なら、そのくらいわかってもいいはずだ。
「げ……元気ですよ」
そう返事をしながら、俺は数歩後ずさりをした。
すると女は「そうなの……元気なの……」と、うつむき加減につぶやいた。
「そ、それが……どうかしたんですか?」
「あたしがいなくても、元気なのね、勇士は……」
じりじりと近づいてくる女。
俺は、その威圧感に思わず尻もちをついてしまった。
ヤバイ雰囲気。
逃げないきゃいけないと頭では理解しているのに、体は言う事をきかない。
2階に仲間がいるというのに、声さえ出なかった。
そんな、見えない縄に縛られた状態の俺に、女は一歩一歩近づいてくる。
そして、ハッと気がついたときにはすでに女の左手には、果物ナイフが握られていた。
今朝、母親が朝食のデザートに切って、そのまま片づけ忘れて出かけてしまったのだ。
なんで、こんな日にそんな単純ミスをするんだよ!
と、心の中で母親をののしっても、この状況はかわらない。
すぐ目の前に立つ女に、俺は呼吸が荒くなっていき、冷や汗を流していた。
喧嘩なんてしたことない。
ナイフを持った相手となんて、やりあう気もない。
ナイフを高々と振り上げ、「あんたの顔、勇士とそっくり。汚したくなるわ」と、女がつぶやく。
そして、それを振りおろした瞬間……。
俺は、咄嗟に左に転がるようによけていた。
ナイフがかすった右頬が、焼けるように痛い。
傷口から血が流れ出し、それが玉になって床に落ちた。
それは、まるでスローモーションのようだった。
ポタリと床に落ちた血は、少し周囲に破片を飛び散らせ、丸くその場にとどまっていた。
それを見た瞬間、俺の中で何かがキレる音がした。
今までの理性や、常識が、一瞬のうちに砕け飛んだ。
そして、俺は女の足首に自分の足をひっかけたんだ。
その拍子に、油断していた女はナイフを空中に放り投げ、その場に転倒した。
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