巨大な列車

 男の人~ウイザードは、鬼たちが言った『焼きが』という言葉に耳が! 耳が動いてはいないのですが傾けた? すぐに反応すると、強い調子で二人? 二匹? に何か言っていました。『エッ、なになに・・・』僕は聞き耳を立ててしまいますが、なにを言っているのか聞き取ることができません。ただ・・・、特別とか、何とかと言っているような・・・、そう言ったように思えたのですが、いったい、なんの話しをしているのでしょうか。

 蚊帳の外~当然です、でも仲間はずれにされたようなイヤな感じと、疑問符~顔は見たことがあるのに名前が出てこない・・・、そんなもどかしさに僕の気持ちは揺れてしまいます。とはいえ、関係ないことかも・・・、たぶん、そうに違いありませんが・・・。

 それはそれとして、停車場にとまった蒸気機関車は、まるで大きな象・・・。なんでこんなばかでかい機関車が、こんなちっぽけな停車場に止まったのか? これほどの機関車があるというのに、この世界には駅舎もプラットホームも、どうしてないのでしょう。

 それに車輪は・・・、まるで刀! 触れば切れるような鋼の妖しい光を放ち、目の前でキラキラしていましたが、でも僕は、刀など見たこともなかったのです。ところが刀という言葉がもともと頭の中にあったみたいに・・・、自然と浮かんでいました。また真っ黒で山のような機関車には、これまた大きな長方形のプレートが鼻先についていて、金の浮き文字で『魔王号』とありました。

 『魔王号? へんてこりんな名前』そんなことを思っていると、ウイザード~鬼たちにそう呼ばれている男の人は、客車~蒸気機関車は五両の客車を引っ張っていましたが、最後尾の客車のところまで行って鬼たちを振り返り、

「悪いが君たち、道具を・・・、背中にあるものを、何とかしてもらえないか! そのままじゃ、どうやっても入り口でつかえると思うし、万に一つ通れたとしても、座ったときにジャマになると思うよ。」

 諭すように言います。学校の先生か、会社の上司・・・? 会社の上司は知らないのですが、言われて鬼たちは、

「ううん? これか!」

 声をそろえ首をねじると、白鬼は背後に浮いた太鼓のループを、緑鬼は肩に乗せた袋に目をやっていましたが、

「そんなこと言われてもな、これが俺たちのトレードマークよ。これがなければ、ただの鬼~いや、獅子舞の頭(かばち)だぜ、わっはっはっは。それにこいつなんか・・・。」

 白鬼は緑鬼を見ながらウイザードにウインクすると、

「獅子舞のマント・・・、あの唐草模様の緑のマントをこいつが羽織ってみろ! 顔も体も緑なのに、そのうえに緑色のマントじゃ、それこそ妖怪、緑の塗り壁だぜ。まあ、それはそれで面白いとは思うが・・・。」

 自分で言って噴き出します。緑鬼は最初こそキョトンとして聞いていたのですが、すぐに唇をとがらすと、

「お前も同じじゃねぇか。黒鬼と並んでみろ! まあ、あいつはあっちにいっちまったがな、二人並べば白黒の垂れ幕だ。つらく悲しい・・・、別れになるぜ。ウ、ウウ、ウウウ・・・。」

 泣きまねをしていました。白鬼はムッとした表情になり、

「バカいえ、鯨幕は弔事だけじゃねえぞ。昔は、慶事にも使っていたんだからな。お前、知らねえのか?」

 胸をはり、皮肉たっぷりの顔で言い返したのです。そんな二人? 二匹? を見ていて、僕は『もしかして、仲が良さそうに見えても本当は仲が悪い・・・』、世の中では間々あること! でも鬼たちは、心底、怒っているとも思えません。それでは単なる・・・、じゃれ合い? どうなんでしょうか? しかし二人? 二匹? は、すぐに気持ちを切り替えた? こだわりのない性格? あまり気にしないタイプのようで、ウイザードに、

「金棒でもあれば・・・、別だけどよな。」

 と言っていました。『金棒・・・、いったいなに?』僕が考えていると、ウイザードが、

「すりこぎ・・・、ちょっと違うかな? バット・・・、バットのような形で突起がいっぱいついている・・・、あの黒い棒か?」

 聞き返していました。白鬼は頷くと、

「ご明察。金棒でもあればいいが、何もないと服を着ていないような・・・、丸裸になったような気になっちまうんだ。」

 パンツしかはいていないのに・・・、鬼たちを見ながら僕が思っていると、あれこれ文句を言っていた鬼たち~どうもウイザードとは・・・、魔術師と鬼では、もう一つかみ合わない? 住む世界が違う? それは分かりませんが、白鬼はだんだん腹がたってきたのか、

「ああ、面倒くせえ。汽車に乗るのは、もうやめだ! おい、ミドリーノ、雲で行こうぜ。」

「そうよな。シロリン、それがいいぜ。」

 えっ、ミドリーノにシロリン、ちょっと可愛すぎでは? ことの成り行きに呆気にとられてしまいますが、ウイザードは、

「君たちは・・・、雲で行くつもりですか?」

 突き放すような言葉を口にし、

「本当に、雲で宙にいけると思っているのですか!」

 冷たい表情になっていました。途端に、売り言葉に買い言葉ではないのですが、

「宙がどうしたんだ、俺たちは・・・。」

 鬼たちも意地になったみたいで、言い返したのです。その時でした、女の人が・・・、こつ然とあらわれます。ええっ? わけが分かりません。どこにいたのでしょう・・・、もしかして、この人も魔術師? いえ違った、魔女? しかも女の人は男の人~ウイザードに険しい目を向けると、

「ウイザードさん! あなたは仮にも誉れ高い銀河学園魔法・魔術科の准教授ですよ。それが講師の雷神さんや風神さんに・・・、ムキになるのも、ほどほどにしなさい。」

 眉間にしわを寄せ、キツい言葉を浴びせていました。ウイザードは途端に手を頭にやると、

「申し訳ありません、つい・・・。」

 詫びながらも~鬼たちを鋭い眼差しでにらんでいましたが、

「副校長、どうしてここに・・・?」

 怪訝な顔で聞き返します。副校長と呼ばれた女の人は表情を和らげ、

「姪が、この列車に乗ると聞いたものですから。」

「えっ、姪御さん?」

「そう、霧の駅から乗るらしいの。」

「霧の駅? 霧の駅は次ですが、どうしてここから・・・。」

「あなたたちを見張にきたわけではありませんよ。乗るのなら、ここがいちばんよいと思ったものですから。」

「なるほど・・・。確かに霧の駅だと人捜しも・・・。」

「そうですよ。大量に霧が発生していたら・・・、以前、困ってしまった事がありましたの。」

「おっしゃるとおりです、私も何度か・・・。」

 ウイザードは言いかけるが、

「それで姪御さんは・・・、我が校に入校されるということですか?」

 少しだけだが、驚いたように問うていた。

「そう、あの子は才能があるみたいで、魔王様、直々にお声がかかったみたいなの。」

「なんと、魔王様、直々ですか?」

「そうよ、ありがとう。」

 ウイザードの問いに満足したのか副校長は軽く頭を下げますが、

「あなたは若いから、なかなか気持ちのコントロールが難しいみたいですね。でも、風神さん雷神さんとは、仲良くやってくださらなくては困りますよ。」

 クギをさすように言っていました。

 自分とは関係ない話しに興味がなくなると僕は機関車を眺めていましたが、車体の下から~どこから? 白い煙~水蒸気? 止まっていてもエンジンを止めないみたいで、ずっと煙を吐いていました。煙~水蒸気? は一度、思いっきり地面にたたきつけられたかと思うと、さっと横に広がり、レールや地面を隠してしまいますが、すぐに空を目指し舞い上がると消えていたのです。

 僕が蒸気の行方をポカーンと眺めていると、副校長と呼ばれた女の人は僕に気づいたのか、ウイザードに、

「この子は?」

 尋ねていました。言われてウイザードは、

「彼ですか・・・、副校長、このリストを見てもらえますか。」

 一度は仕舞った紙を取り出し、副校長に見せます。

「あら、載っていますね。」

「はい。あっ、・・・しまった! 姪御さんの名前も・・・。」

 消え入りそうな声になるウイザードだったのですが、僕の視線に気づくと途端に背筋を伸ばしていました。

 ウイザードや女の人~副校長とは少し離れて立っていた鬼たちでしたが、いやいや? しかたなく? それは僕には分かりませんが、唐突に宙に浮いた太鼓や背負っていた袋を振り返ると『エイヤッ!』と掛け声をあげて、ものの見事に消していたのです。まじ? どうやって! 鬼もマジシャンを兼ねているのでしょうか・・・。 

 道具を消した鬼たちなのですが、今度はごつい体~ウイザードの倍、僕の三倍以上もあるような体でしたので、ステップを上がろうとしても~うんうんと呻きながら登ろうとしますが、つかえてしまい~やはりと言うか、なんというか、

「狭すぎて、どうにも出来ん!」

 言った途端に手すりを~ステップについている手すりを、力任せに押し広げていました。僕は呆れてしまいますが、ウイザードはなにも・・・。気にもとめないのか、次は君の番というように~容赦なくと言ったほうがピッタリでしたが、『さあ、上がって』と強い調子で言いながら背中を押します。

 ところが僕の体は~体ということは心もでしたが、『イヤだ、イヤだ』とのぼるのを拒否していました。それも当然で、乗ったなら最後~停車場にいても同じだとは思うのですが、もう元の世界~母さんにも、父さんにも、同級生にも会うことができなくなる・・・、いちばん怖れていたことが現実になろうとしていたのです。

 これからどうなるのか・・・、そして汽車はどこに行こうとしているのか? あれこれ考えると、不安を通り越し絶望が湧き上がっていました。けれどウイザードは、

「君が乗らないと・・・、僕も置いてきぼりにされてしまんだ!」

 焦ったように言い、後ろから無理やり押し上げていたのです。登らないよう僕は必死~体と心が抵抗しますが、子供の僕にはしょせんムリなこと・・・、押され~まるでところてんのように押し込まれ? なんでところてんを知っているのでしょう・・・。

 そんな事、今は考える余裕などありません。抵抗しようにも~多勢に無勢ではないのですが、押されながらステップを上がると、自分でも分かるこわばった顔で客室の入り口をにらんでいました。頭上にある表示板には・・・、『魔王号、自由席五号車』と書いていたのです。

 蒸気機関車の顔についたプレートといい、入り口の表示といい、『魔王? 閻魔の魔に王様の王?』わけの分からない世界に僕は紛れ込んでしまった! それに魔術師見習い? 聞いたことも見たことも~あたりまえですが、僕にはなにがなにやら・・・。

 これが学校なら、授業やクラブ活動はまあまあ~それどころかほとんど・・・、すべて知っているとは言えませんし、出来る、できないは別としても、学校生活をつつがなく~なんとかこなしていましたが、魔法? 魔法なんてこれっぽっちも知りません。そのため思わずウイザードを振り返りますが、ベルト代わりに尻尾を咬んで巻きついている白蛇が目に飛び込むと、僕は何も聞けなく~言えなくなってしまいます。これから先、どうなるのか・・・。子供もなので~子供だからできることは限られていて、もう手立てがありませんでした。

 僕の心を置いてきぼりにするように機関車は突然、汽笛を鳴らすと、動き出していました。あらゆることが水の低きに就くが如しで、何もかもがとどまることを知らず、進んで行っていたのです。客室に押し込められた? 違います、僕は客室に閉じ込められていました。

                                  

「へえ! ET・T。難しい言葉を、知っているじゃないか。」

「何が? ですか・・・。」

「水の低きに就くが如しだよ。」

「水の低き・・・。アッハッハ、わたしの教養が!」

 なんともはや、扱いづらい・・・。イヤな奴とはいえ、私が望んで連れてきた相棒なのだが、もう少しましなのは・・・。なーんて考えるのも面倒くさいので、

「しかし、なんだな。この言葉は、人間の本性というか世の中をよくあらわしていると思うよ。」

「世の中を・・・、ですか?」

「うん。世間~政治家は言わずもがな、官僚やえらい経営者、もしかしたら学者だって・・・、より一段上へと自分をむち打つのではなく、楽な方~安易な方へと、自分をごまかし、妥協する輩はごまんといるはずだ。」

「言われていることがよく分かりませんが、快刀乱筆さん、もしかしてご自身のことですか?」

 はあ、なんでそうなるの! その発想はどこから?


                            TO be continued


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