シラスに魔法のランプ

 いつものようにET・Tは調理台の前で下を向いて熱心に・・・、たまには気を抜けよと言いたく~そう言う私はどうなんだ? 常に気を抜いた状態? アハハ、まあ三流には三流のやり方が! などと、うそぶきたくなるが、よくよく考えてみるとET・Tの所有者は私? しかしどうにも所有している感覚はなく、同僚というか同居人のような存在になりさがっていた。

 などとグチャグチャ言っても何も変わることはなかったが、とにかく私と正反対でET・Tは超真面目。そうかといって、ちゃらんぽらんではこれまた・・・、例えばだが、洗濯していて~待てよ、掃除、洗濯、食事の仕度、すべて私がしていた。ではなんのためにET・Tを? うーん、これは重大かつ深刻な問題だ、なんチャって・・・俺はバカか? 

 まあ、それは置いておくとして、この前、洗濯しているとあの大きな目で~ET・Tはマンガかアニメに出てくるようなぱっちりした目をしているのだが、いかにも興味ありげにじっと見ていた。“じっ”とである! じゃあ、それほど興味があるなら手伝うか代わりにやってくれればよいものを、ただ見ているだけで、しばらくするとどこかに行っていた。

 わが家の家事など? これはとても大切なことで、生活には必須作業だが、あいつは身一つ~下着も服も、そのうえ食べることも必要ないのだから、私のやっていることなど馬耳東風?~やってやろうという気などサラサラないのだ。思うにET・Tは洗濯してみようというのではなく、洗濯機に興味・・・、ここからである、あいつはいつもとんでもないことを考えているから、危ないことこの上ないのである。 

 そのため、私が目を離した隙~その場から離れた瞬間に、いないことをよいことに槽に手を突っ込んでいい調子で遊んでいるうちに壊れる~感電する! 

 そうなると大枚払った高価な買い物がパア? もしくは修理が発生して私は極貧! だが、もともと貧乏だから修理できずに廃車~違った、粗大ゴミ? ワッハッハ、廃ロボットはおかしいので、やはり廃棄物か! 

 さらに~これは絶対にないが、もしも調理に興味を持って~ところが調理などしたことがないからしようと思ってもうまく出来ず、包丁を振り回して暴れる~ポンコツゆえに絶対にないとは言えない、すると私の寿命が危ない! う、うん? なんか言い回しがおかしい・・・。頭痛が痛い、連日暑い日が続く、被害を被る、返事を返すなどなどと同類か!

 まあ、それはさて置き、私の不徳のいたすところで申し訳ありません! なんでET・Tに謝る? それでは誰に? 自分に謝ってどうする! とにもかくにもあいつのせいで私は調子が狂ってしまうが、ちゃんと教育できず~しつけできない私は、所詮、芥川の小説に出てくるひょっとこ男! いかん、いかん、自分を卑下してなんとする・・・。あまりにも夢見? 眠ったのがよくなかったのか。

 まあ、それも忘れるとして、ET・Tは書くことに一生懸命! ところが四六時中書いているところを見せつけられると、『おう、やっているな』という思いを通り越し、見ているだけでムカムカ~南部鉄器の蓋を投げたことは後悔! うん? あれはほんとうに夢だったのか・・・。生々しくて夢という感覚はないが、ともかくもET・Tを購入し、かつ名前を付けたのも私なのだから、あいつからご主人様と呼ばれても本来、おかしくないだろうと事ある毎に思ってしまう。しかし一方で、ET-Tのことを本当によき友人~どこまでお人好しなのか! と考えてもいたのだ。

 しかし・・・、相も変わらず声をかけても返事もしない。まあ、そこは我慢の子で、ちゃぶ台を前に~先日の芥川龍之介ではまんまとはめられた! 臍をかむとはこういう事を言うのだろうが、身構え用心しながら~なにに用心? 自分のうかつさか! ET・Tの原稿を読んでいた。ところで私の書くものより~なんとも? こんなことを考えること自体、実力のなさがにじみ出てしまうし、私の尊厳は~と思うが、ネタが~私は人づきあいが悪く、しかも見聞を広めるために外に出てということもなかったので、唯一の話のネタ~それがET・Tの原稿を読むということだった。

 では、寄生虫、ヒモ? などとグチャグチャ考えながら原稿を読み終え、引き戸を~動きが悪いのでうんうん唸りながら戸を開け台所を覗くと、例のポーズ~ET・Tは調理台に視線を落としていた。とにかく休むことを~人間ならいくら頑張っても気力や体力が続くのはたかがしれていたが、ET・Tはロボットゆえに体力~ということは気力もということになるだろうが、そのみなもとはコンセント~電源から電波でとっていたので、停電でもなければ尽きることはなかったのである。

 ひょっとこ男の私など~いかん、いかん、ET・Tに呪われている! 太刀打ちできるはずもなかった。つまり私は~人工知能を搭載し文章が書けるロボットには勝つことが出来ないどころか、淘汰される! うう、絶滅危惧種か? だが、私ひとりが絶滅危惧種では面白くないので、誰彼いわず巻き込んでやろうと思ってしまう。

 まずは口先だけの政治家~選挙になれば受けのいいことばかり言うが、本会議場で居眠りはするわ、気にくわないことがあれば秘書をいじめるわ、追い詰められると誰彼言わず罪を押しつけ、場合によっては政敵のリークもいとわず深謀術策を巡らせて国民の目を欺いて安穏としている輩だ。ポンコツロボットET・Tに、そっくり。アッハッハ、まあET・Tは問題外だが、待てよ、販売店のあの好青年もロボットだったはず・・・。もしかして、賛成、賛成と連呼する議員も人間そっくりのロボット? まさかそんなことは? しかし・・・、人としか見えないあの青年がロボットだったのだから、やはり・・・。いやいやロボットなら公平と正義にのっとって歴史を顧み、法律を精査し、社会の流れを読んで最適解で国を導くのだから、どう考えても議員は人間か! 

 なんちゃって! しかし、人間でなくてはできない職業があるのでは? うーん、なんだろう・・・。たぶん、あらたな価値を無から生む・・・、それに人を理解して初めて成り立つ~これらはロボットでは絶対に出来ないはずで、特に人の感情を理解し解き明かして推理する~と言っても詐欺師ではない! そのような犯罪者を捉える警察官や、常に人と接する職業などはロボットでは対応できないのではないだろうか。

 どれだけ監視カメラを設置したとしても人は何をするか分からない生きものなので、自分と他者、他者と他者を重ねて理解し推理する・・・、対面や足で稼ぐ職業はどうしても人間だろう。しかし、心理学者や精神分析学者は、ちょっとまずい! 患者や被験者と接しているうちに、当人がいつの間にか別世界に足を踏み入れているからだ。

 などと自分で言っておきながら何が何だかよく分からなくなってきたが、とにもかくにもロボットがこれ以上、進化すると、私など必要ない人間! まあそれはこの際、考えないこととして、『また原稿を書いているのか? 発想がそんなに次から次に? なんともおそろしい奴だな!』と思いながらET・Tの手元を覗くと、ハテ? 新聞を読んでいた。

 ロボットが新聞? まあ、ロボットだって私と同じで情報を仕入れなければ文章は書けないだろうが・・・。だが待てよ、マザーがいるのだから新聞なんか読む必要はないのでは? さりとて、読まないと知識というか情報が雑学的にプールされないのかも・・・。そんなつまらないことを~決してつまらぬことではないが、そうは言ってもやはりつまらないことをあれこれ考えながらET-Tの視線の先を追うと、なに? シラスの記事を読んでいた。シラス?

「ET-T、君は料理に興味があるの?」

 なんで私がET・Tに丁寧語を・・・。それに食べることもできないロボットにどうしてそんなことを? と自分に腹を立てながらも、つい聞いていた。すると、

「あれこれノベルさん、こんな小さい魚が美味しいのですか?」

「うん? ああ、ET-T、人にも依るけど、私は好きだよ。」

「そんなに美味しいのですか? わたしも食べてみたいものです。」

 はあ? ロボットのくせにいけずうずうしい! 人間の私だって滅多に食べられないのに、ロボットが! ところが、それから約1時間、私はET・Tにシラスの説明と料理の話をするはめになった。

 やっとシラスから解放されると、ET・Tの別の原稿~やはり私はヒモ? しかも迷惑顔までつくって~内心シメシメなのだが、原稿を受け取りいそいそとちゃぶ台のところに行き読み始める。ところが、自己都合? 精神的欲求不満というか、肉体的欲求不満というか、ヒモ状態に? 充たされないものが~もしかしてオンス? 今は死語? それは困った! 生理中の女性~メンスに対する生理中の男性・・・、もしかしてこれはセクハラ? それは分からないし私は生理になったことがないのでなんとも言えないが、妙にイライラが収まらず、しかも無性に腹がたってくる。

 理由は? 分かりません! 腹を立てたからといってどうなるものでもないのでグッと我慢して読んでいると、イライラとは別に何か納得できないものを感じET-Tのところに行くが、ET-Tは続きを書いているのだろうか下を向いて・・・。いまどき手書き~わが家では当然であったが、あるじがパソコンや音声入力装置などを持ってないのだからET-Tも持っているはずがない。これが現実で、悲しいかな社会と隔絶した~ある意味、今の世ではVR的存在? 仮想現実の世界かもしれず~だが、ゴーグルなんかあるはずもない。そうしたことからET・Tはひたすら手書き~それがまた私にストレス? 

 ストレスは体によくない! 特にトイレに行きたいのを我慢した時など、あとあと緊急事態に直面するのを経験上・・・。ああ、あまりのイライラに思考が吹っ飛んでしまったが、とにもかくにもET-Tが書いていること自体! それプラス思うように書けない私であるから、つい『クソッ!』と。ただし自分でもたいしたものだと思うが、『待て、待て、冷静に、冷静に!』と気持ちを押さえつつ、

「ET-T、読んでみたが、話が飛びすぎじゃないのか?」

 と訊いていた。ET-Tは手を止めると私を見て、

「アハッハ。快刀乱筆さん、変ですか?! でも、まあ夢ですから・・・。」

 なんといけしゃあしゃあと、表情も変えずに。ロボットだから当たり前といえば当たり前なのだが・・・。しかも付け加えるように、

「夢が人生のように続くのであれば、それはそれで面白いとは思いますが、あくまでも、夢ですから。」

 『な、な、なんと! お前は、人間か?! それに・・・、ロボットが夢を見る?』ET-Tが夢を見ることなど絶対にないはずで、本人曰く、基本、眠る必要はない~そう言っていたのだから間違いないだろうし、ET-Tが寝ているところを私も~寝る必要のないET-Tであるからいつも私の方が早く寝て、起きるのも遅かった。そのためET・Tが夢を見ている証明など出来るはずもなかったが、たぶん? 夢とは無縁のはず。といっても疑問符だらけの私はおもわず、

「ET-T、どこから夢のことを?」

 途端にET-Tはニヤリと・・・、私にはそう見えた! 思えた?

「それは、大家さんの娘さんと話をしていてひらめいたのです。」

「大家さんの娘さん! ひらめいた・・・?」

「はい。なぁ~んか、大家さんの娘さんはよく夢を見るらしいのですが、そればかりでなく、だいたい覚えているらしいんです。」

 その一言に私は間抜け?

「へぇー、覚えている? ほんとに!」

 いつのまにかイライラはどこかにいって、自分を振り返っていた。私はここ何年も夢を見た記憶がなく、夢とはとんと縁のない生活? いやいや、芥川のひょっとこ男の時に・・・。ほんとうに夢を見ていた? とんと実感がない。もしかして現実では? などとクチャクチャ考えていると、ET-Tは見抜いた? 

「あれこれノベルさん、睡眠には二種類あるそうです。一つはノンレム睡眠、もう一つはレム睡眠で、レム睡眠の時は脳が活性化していて眼球の動きや手足の動きを伴い起きている時のような体験・・・。つまり実体験に近く、ストーリーのある夢らしいのですが、かたやノンレム睡眠は抽象的で辻褄が合わない夢だそうです。そしてノンレム睡眠とレム睡眠は一晩で交互に四回から五回見ているらしく、しかもノンレム睡眠の時に目が覚めると、目覚めが非常に悪い~寝ぼけた状態で起きてしまい、かつ、人は起きてから五分以内に夢の九十五パーセントは忘れると言われているので、結局、自分は夢を見たことがないということになるみたいです。」(wired、世界の夢を記録するアプリ“shadow”より)

「ノンレム睡眠・・・? 目覚めが悪い!」

「はい。」

 すべて私に当てはまっているのだ。私はこのところ夢も見ないし寝起きも悪い・・・。だが、いつから夢を見なくなったのか? そうだ、ET-Tが来た時からだ。それまでは『モーセの十戒』~十戒はモーセが民とともに苦しい旅を続ける映画なのだが、私の日常とシンクロしていて、夢のなかで私は常に主役だった。

 だが、いちばんよく見るのが財布の夢? 覗くと金がまったくない! うーん、これは紛れもなく現実とシンクロしている。後はコロッケを腹いっぱい食べている夢とか・・・、ああ、思い出したぞ! そう、ど派手な夢を見ることもあったな。エアーポンプスクーター~植物からつくった太陽光パネルを動力にして前から空気を吸い込み、その空気を圧縮して後から噴き出すスクーターで空を飛び回っていた。ところがシュポポ、シュ、ポポと音がしだすと、圧縮が間に合わないというか空気が不足し推進力不足となって墜落してしまうが、そのスクーターで真夏のビーチの上を飛んでいる夢も時々見ていた。

 見上げれば果てしない青の世界、そして海は空を映しながらもおのれを主張してどことなく緑色をたたえ、白い砂浜にはボンギュッボン、いや日本男子だから柳腰がいいのかな~立派なセクハラ? それは私には判断つかないが、ナイスバディな女性たちが水と戯れているのを上から眺めていたのである。う、うん? 欲求不満からきれいなねえちゃん? まあそれは夢だから許されると想うが、ともかくも、そうするとあいつがストレスの元凶! だが、ここも我慢、我慢で、 

「へぇ、ET-T。えらく詳しいな。」

「それはもう、夢をテーマに書こうと思ったのですから、ちゃんと調べて書かないと。」

 確かにそうだが、『この、火だね野郎!』~なぁんて人の所為、いやいやロボットの所為にするのもいいかげんにしないと私の人間性を疑われそうな気がするのでやめておくとして、この間、窓からET-Tと大家さんの娘さんが話をしているのを見たが、あれは初めてではなくて前にも話をしていた? それにET-Tは嬉しそうに・・・。ET-Tと暮らしてかれこれ一年が経とうとしていたので、私にはたいていのことが分かるようになっていたのである。

「大家さんの娘さんは、面白いですよ・・・。」

 ET-Tが話し出したら~おしゃべりなのは承知していたが、大家さんの娘さんの夢の話だけでも、それから三十分以上、延々と聞く羽目になった。しかし聞きながら『なんと、夢のように人生が? うーん、ロボットに人生ってあるのかな?』と、またまたなんとも情けないことを私は思ってしまう。

「まあ、そう言ったらそうだけど、もう少し整合性というか、話に筋があってもいいんじゃないの?!」

「言われればそうですね。でも、書くって本当に難しいですよね。」

 は~ぃ、会話として成り立っている? それは置いておくとしても、書くってことに関して、私はET-Tばかりではなく誰に言われても胸に刺さるものがあって、耳がいたかった。それというのも寝てみる夢でなく、志としての夢を持っていて文才があればなぁんて~あまりにも現実離れしたことをつねづね思っていたからである。

 本当に才能があれば~近頃、近所に引っ越してきた・・・、と言っても私は会ったことがないのだが、サスペンス界の大御所、板谷先生のように超売れっ子となリ~創り出すという苦労はあっても金に変に悩むことなくザクザク入ってくるだろうから、こんな貧乏くさい古びた安アパートは・・・。アッハッハ、たびたび、大家さんごめんなさい! こんなところなんかには住んでいないと思ってしまう。

 そのようなことを想っていると、ET・Tは突然、夢を見たと言い出した。そしてそれを原稿に書いているから、ぜひ読んで欲しいと神妙な顔して言うのである。私はしかたなく字を追っていると、なんと! ET・Tと私が入れ替わった? しかも口裂け男! どこからそんな夢を・・・。昔、口裂け女は聞いたことがあるような気がするが、私は口裂け男? そのうえ、ろくろっ首? 

 むちゃくちゃな! 加えてET・T曰く、口裂け男はおおきな声で、あること、ないこと、悪口、陰口をわめき散らし、しかも首が伸びると監視? 聞き耳をたてているというのだ。『もしかして・・・、それ全部、私のことか?』、まあ半分はあっているような気もするが・・・。さらに決め台詞? 『そうしたことから私は被害者ですので、快刀乱筆さんには罰金というか弁償というか、これからは私がワープロを使います。止めてもムダですよ』と言い、ダメ押しのためなのか『貴方には呆れてものが言えません、このひょっとこ男』と言っていたのだ。は、はぁーん、それで夢の話を長々と・・・。私をはめた? 結局、ワープロを自分が使いたかっただけなのである。 


 わが家? わが部屋? まあ、どっちでもよいが、帰ると玄関? 土間? にET・Tの足が・・・、両足が、転がっていた。

「ウオー。」

 人間、理解できないものを目にすると言葉にならない~つまり意味のない声しか出ないようだが、これは明らかに殺人? いえ、いえ、殺ロボット? ロボット殺し? とにもかくにもET・Tの両足が・・・。

『ど、ど、どうしよう。け、警察! ま、待てよ・・・。通報しても、もしかして取り合ってくれないのでは?』、これが人間の場合なら問答無用で・・・。だが、ロボットである~いくらポンコツとは言っても私にとっては同居人で愛しい? いや違う! 憎たらしいが、友人かつネタの源泉という魔法の箱のET・Tなのだ。

 震えながら私は~テレビドラマならここで『ジャンジャンジャンー、ジャジャジャジャ・・・』と音楽が始まるのだろうが、それはさて置き、オッタマゲタ~ぶったまげたまま、あれこれと悩んでいると、六畳の部屋から音がしていた。

『殺人鬼! いや、泥棒?』私は震え上がると、とっさに入ってきたときとは反対向きに・・・、つまりはいつでも逃げ出せる態勢になる。だが考えてみると、面倒くさいロボットと南部鉄器の鍋とワープロ・・・、わが家には他になにも取るようなものなどなく、どうしてET・Tが? 

 ああ、なるヘソなるヘソ。あいつは泥棒にどうだこうだと講釈を垂れ、腹をたてられて壊された~違う、殺された。多分そうに違いない~と推理するが、このままここにいてはET・Tの二の舞! 私の口汚い口を塞ぐために、あの世に送られる? それは困る、私的にはET・Tを壊したぐらいで~ダメダメ、それもまずい。とにもかくにもすぐに逃げ出したかったが足が・・・、足が思うように動かないのだ。そのためオタオタと部屋を見回していると、 

「快刀乱筆さん、お帰りなさい。」

 なんとも明るい声がして床を這う? いざってET・Tがあらわれていたのだ。拍子抜け~私は間抜け面になるが、見ると、なんと首がない!

「げっ。」

 言葉なんていらない、本当に飛び上がっていた。一センチ、もしくは二センチ~運動嫌いの私である、飛び上がるとしてもせいぜいそれくらいだったが、しかしというか、ところがというか、なんというか、おバカな私は、

「ET・T、泥棒でも入ったのか?」

 と聞いていたのだ。それにまた応答する? 緊張感もなんもあったものではない。

「アハッハ、快刀乱筆さん。いいように考えすぎですよ。」

 いいように考えすぎ? 抜けシャアシャアと・・・。だが言われればそうで、確かにと思ってしまうのだが、『なに?』変なものを手に持っていたのである。

「そ、それは・・・。ET・T、それはなんだ?」

「これですか。快刀乱筆さんが、フリーマーケットで買ってきてくれたものですよ。」

 私が買ってきた・・・? 言われて首をひねっていると、突如~閃いた、おお、そうだった! お隣の鈴木さんとフリーマーケットとに言ったときに私のために買ってきたもの・・・、ET・Tはなにか勘違いしている。それで教えてやろうと顔を見ると、気づいた? 一度は見たはずだったが、あらためて首から上が・・・。こ、これは夢! いつか見た夢? シチュエーションは違うが、その時と同じで、声が・・・、しかも私が見えているのだ。

「E、ET・T・・・。頭は?」

「ああ、頭ですか。」

「そうだ、頭だ! それに両足・・・、玄関に転がっていたぞ。」

「はい。」

 うん? なにがハイなんだ、返事になっていないぞ。だが、どうやって見ているのか、しかも口は?

「頭部が破損しても修理できるように、私にはもう一つの目や耳、口が内蔵されているのです。」

「はぁ? どこに!」

「手と、この辺りです。」

 と言って胸の辺りを指すが、では、こいつをポンコツにするには頭と胸・・・、そして手を壊さないとダメなのか? なんて恐ろしいことを考えつつも、はっきり思い出したぞ!

 鈴木さんはお隣~といっても近所ではなく、アパートの隣の家? 部屋? ああ面倒くさい! とにかく隣に住んでいる鈴木さんに声をかけられてフリーマーケットを覗いたときのことだった。

 その日は思いのほか汗ばむような陽気で、もう夏? という感じの中、誘われていったフリーマーケットには色とりどりのテントとビーチパラソルが~まるでヒマワリ、フヨウ、ハイビスカスの群生で、趣向を凝らした出店と小学校の横の空き地で開催されたということもあるのだろうか、二十代、三十代の家族連れ~私にはうらやましさとまばゆさしかなかったが、二つが相まっておもわず熱気に酔い、縁日の屋台を~フリーマーケットと縁日では味噌もクソもということになるかもしれないが、子供の頃、両親といっしょにいっていた神社の境内を思い出していた。

 そのためどこかルンルン気分で鈴木さんと歩いていると、平皿に茶碗に湯呑み、スプーン、フォークを並べた~二人組の若い女性の店があったが、売るのは二の次なのか、覗く人、覗く人と、華やかな笑い声を上げながら世間話のようなやり取りをして楽しんでいる。初めての私なのでこれで商売? と思ってしまうが、なんと隣の店も~手作りのストラップをハンガーに滝のように掛け、これまた手作りなのだろう、様々な大きさ、形のポーチを並べて売っている店でも、作るだけで楽しいのか商売の商の字も感じさせず、こちらも若い女性が物静かに座っていた。

 そんな出店のなかにレジャーシートを敷いただけで散らかすように古道具や絵画を置いた~明らかに埃と手垢がと思われても不思議がないような骨董品を売っている店があった。こちらは老人が座っていて~それだけで周りとは著しく違っていたが、老人は自分を取り囲むように古道具や書画骨董を並べ、じつに尊大な態度~癖かどうか分からないが、変に胸を張り前方を睨んだまま座っていたのである。

 そのような老人だから、若い家族連れはチラッと見ただけで前を通り過ぎてしまうが、鈴木さんはなぜか吸い込まれるように顔を突っ込んでいた。しかも声にならない声を上げると~呻るように息を漏らし、嬉々として老人に会釈していたのである。

 私は並べられているものが『ちょっと』というものばかりで、出来るなら遠慮したいというのがすぐに浮かんだ気持ちであったが、鈴木さんは勇んで~舐めるように見ていたため、しかたなしに一緒に覗いていた。壺あり茶匙ありと種々雑多で、仕入れたものなのか家にあったものかは知る由もないが、私には見たこともないものばかりなので『へえっ』と想いながら鈴木さんを窺うと、なんと獲物を狙う野獣~何かの本能に目覚めたとしか思えない目で見ていたのだ。そして私を振り返り、

「田村さん・・・、宝の山ですよ!」

 と言うが早いか、手の平大でエボルタネオというロゴが書かれているおもちゃを手に取り、私に見せる。

 私は『はあ・・・? う、うん、なんかET-Tに似てるな!』とは思うが、それ以上でもそれ以下でもなく、台をあらためて眺めるとロビというおもちゃのロボットが目に飛び込んでいた。鈴木さんイチオシはエボルタだが、どちらもプラスチック製のオモチャで本物とは? 考えようによってはET・Tは大きなオモチャかもしれないが、比べる術もない。ただ二つのおもちゃの顔を足して二で割れば、どことなくET-Tに似ていたのだ。

 そこで私はET・Tを~いつも陥れられているため・・・、うーん、どうなんでしょうか? それは分からないが、冷やかすためにミアゲとして二つとも買うことにした。一体五百円、合わせて千円、ああ、もったいない! 後先考えず、このバカちょんが。

 まあ、それはそれとして、置かれているものを私も眺めていると、鈴木さんはイラスト風の絵が描いてある絵はがき大の紙~それとも本当の絵はがき? と、質素な額縁に入ったこぢんまりとした油絵を手に取り、老人と値段交渉を始めた。

 思ってもいなかった展開に~買う気などサラサラない私は、冷やかし半分と言うよりも書けないので気分転換に来ていたから鈴木さんの行動に当惑してしまうが、あまりにも情熱的な鈴木さんの姿につい突き動かされるものが湧いてきて、フリーマーケットの客らしい目つき~否、いつもの目で・・・、特価品を吟味するというか値踏みするというか、そんないやらしい目で眺めだす。

 ゴタゴタと置かれたものを眺め回していると、いかにもエキゾチック~レストランでカレーのルーを入れる金属製の容器に蓋をつけたと言えばエキゾチックでもなんでもないが、私の知る範囲~と言ってもたかがしれてはいたのだが、今まで見たことのないものが目につく。

 だが、どこまでも気分は冷やかし客でしかない私なので、いったん無視して鈴木さんは何をしているのかと視線を向けると、険しい顔で腕組みをし、考え込んでいた。そんな鈴木さんに私はしかたなく~別に鈴木さんや店主の気持を察する必要もないし義理立てすることもなかったのだが、間を取り持つというか場つなぎのつもりで、

「この変わった物は、なんですか?」

 と老人に尋ねと、

「ああ、お客さん。それは、アラジンの魔法のランプに似せた水差しですよ。」

 無雑作に言う。

「はあ、水差し・・・。アラジンと魔法のランプのランプに似せた水差し?」

「そう、そういう事。インテリアとしてはいいが、今時、ランプなんて使わないだろう、つまりは形を似せただけの水差しなんじゃ。」

「はあ、ランプの? へえー、水差し! それで、い、いくらですか?」

 老人は指を二本たてた。まさか『万』ではないだろうから考えたほどは高くなかったが~とは言え私には二千円は高いに違いないのだが、せっかく来た~初めて来たのだから何か記念にと考え・・・、これを出会いと言うのか? まあ、出会いと言えば出会いなのだろうが、成り行きまかせで買ってしまっていた。

 普通の人にすれば・・・、何が普通かはさて置き、ET・Tの時は欲しいと言う気持ちだけで後先考えず~清水の舞台から飛び降りるような覚悟で買ってしまっていたが、それに比べればなんていうことは~と言っても『しまった!』という想いにすぐにさいなまれてしまうが、一緒にいる鈴木さんの手前もあって~なんで見栄を張る? 勢いで買ってしまっていたのである。

 ところで考え込んでいた鈴木さんはどうしたかというと、なんとしてでも欲しかったのか、二つとも~絵はがき大の紙切れと額縁に入った絵を、最後の最後まで躊躇しながらも購入していたのだ。そんなものをどうしてと私は思うが、そこはそれ~相手をおもんばかるというかなんというか、いくらで買ったのかと聞くと、鈴木さんはこともなげに八万五千円と言っていた。

「ええっ! は、八万五千円?」

「そうですよ。でも、けっして高くはありませんから。」

 平然と言ったので、何か根拠は? まあ、とにもかくにも、私とは次元が違いすぎたが、あらためて私は、

「こう言ってはなんですが、そんなものが八万五千円?」

「ハハッ、田村さんには分からないと思いますが、なかには掘り出し物もあるのですよ。」

「掘り出し物?」

「そうです。以前のことですが三万円で買った絵をしかるべきところでみてもらったら、有名な画家の絵ということで是非にもという人があらわれ、百五十万で売ったことがあります。」

「ひゃ、百五十万?!」

「そうです。」

 気負いもなく淡々と口にするが、私的には『この絵はいくらという気持ちで画家が描くわけないだろうから、あくまでも値段を付けるのは画商のはず。ところが何らかの理由で画家か画商の手から時間と場所を漂流し、興味も眼識もない人にたまたま渡って所持していたものを目ざとく見つけて金儲けにする?! 確かに持ち主は価値が分からないのだから致し方ないことだろうが、そうしたことは本当に正しいことと言えるのだろうか? それにしても一度、美味しい思いをしたら、その人は幾度となく繰り返すと言われているが・・・』などと、いらぬお世話の考えが頭をよぎってしまうが、なんとも羨ましいかぎりの話であった。 

 だが、そんな事は口が裂けても言えないので、道々、鈴木さんとはたわいもない話をしながら部屋? 家? に帰ると、ET-Tにおみあげとしてエボルタネオとロビを渡していた。

「オモチャなんだけど、君によく似ているので思わず買ってしまった。」

 ET-Tは不思議そうな顔~私には分かる? をして見ていたが、ぼそりと、

「似ていますか?!」

 と言った。明らかに不満! ロボットにもプライド? だが、せっかく私が買ってき~押しつけがましい! そのためか、ET-Tはシブシブ受け取ると~やっぱりET-Tの気持ちが読める? 何も言わずに台所に帰って行っていたのだ。

 それから何日か経ったある日のこと、せっかく買った水差しだから少しでも磨いておこうと押し入れを覗くと、置いていた場所に水差しの姿はなく、代わりにエボルタネオとロビが鎮座していた。首から上のない? ET・Tが手に持っていたのは、その水差しだったのである。いくら探しても見つからなかったのは、あいつが隠していたからだ。ムカムカッときた私は、

「せっかく買ってきたのに、エボルタネオとロビは気に入らなかったのか?」

 問いただすと、

「私には不向きなので。」

 『不向き? ああ、私に分からない!』

「なんで?」

 と言いかけるが、どうにも~顔がない! 頭がない? 首から上がない! この気持ち、見た人にしか分からないはずだし、話するときは~やましさがあれば別だが、普通、人は顔を見て話すのに、顔がないので言いづらいというかなんというか・・・。見るとなにもない・・・、これでは会話が続かない? そのため私が文句を言うのを諦めると、  

「快刀乱筆さんは、アラジンと魔法のランプをご存知ですか?」

 はあ? どこからそんなことが・・・。こいつは、いつどこで? アラビアンナイトというか千夜一夜物語を読んでいたのだ? そうは思うのだが、おばかな私は、

「ああ、知ってるよ、だから水差しを買ったんだが・・・。でも・・・、君の首は?」

「首ですか、向こうの部屋にあります。」

 ハァ、私の仕事場兼リビング? ダイニングに転がしている! しかしET・Tはお構いなしで、

「水差しを擦ると足や首がつながるのかと思ったのですが、ダメでした。」

 なんと、こいつは・・・。いったい、なにを考えているんだ?

「魔法のランプはアラジンという貧しい青年の話ですが、まるで快刀乱筆さんみたいですね。」

 は~い! 貧しいのは当たっているが、なにが言いたいの? さっぱり分からん!

「それは置いておきますが・・・。」

 置いておく? 失礼な。

「ともかくも悪い魔法使いは、なんでも望みの叶う魔法のランプが欲しくて、欲しくて・・・。」

 そ、それはお前だろう!

「ということで、やってみたのですが、ダメでした。」

 お前は悪い魔法使いか? ダメなのが、当たり前だろう!

「だから首や足をこれから修理しようと思うのですが、でも・・・、アラジンと魔法のランプのような物語を私も書いてみようと思っています。」

 そ、それはいいが・・・。頼むから体をおもちゃにして遊ぶのは、や、やめてくれないか!

                     

                           TO be continued


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