ET・T 死す?

 台所と居間? を区切っている立て付けの悪い引き違い戸が~大家さんごめんなさい! ギシギシと耳障りな音を立てた。おもわず~といっても二人? しかいないのだが・・・、振り返るとET・Tがやって来ていた。

『う、うん? な、なんだ、何事だ!』と眺めていると、小脇に原稿用紙の分厚い束を抱えている。そして、

「快刀乱筆さん、今、大丈夫ですか? よかったら、わたしの書いたものを読んでみてはもらえませんか。」

 ビックリである、いつの間に? 私はここ何日も・・・、ET-Tの顔をまともに見ることも、会話することもなく、ひたすら書くことに励んで~もっとも原稿料がもらえるものかどうかも分かりはしなかったが、とりあえず書かなければお飯の食い上げ! そのため朝食を終えるとすぐに~朝食などとえらそうなことを言ってもコッペパンにマーガリンを塗っただけのものではあったが、口にくわえると部屋にこもって執筆~執筆なんて大仰な言葉はつかえません、書いていたのである。

 私はアパートに住んでいたが、立て付けの悪いアパートは、構造上、ET-Tが用事があって居間? に入ってきても~ちゃぶ台と私が大場をとっていたので、居場所・・・、ET・Tはロボットゆえに座る必要がなく場所的には困ることはなかったが、逆にそれが徒で、立ったままでの会話は~頭の上から見下されていれば誰だってすすんで話しをしようという気が起こるわけもないし、ET・Tも上から目線では私の表情が読めないので、生活上、必要な会話は別としてもこれといった話しなどできるわけがなかった。

 それはそれとして、ET-Tはなにも言わないし、私も進んで話しをしようという気がなかったので、聞いた途端、驚きと好奇心が・・・、書くことに集中していない? それは違うだろうが、ムクムクと湧き上がり『えっ! う、うん、ああ、いいよ・・・』とのど元まで・・・、だが、『待てよ・・・』とも考えてしまう。

 人工知能搭載のロボットといえども所詮、機械が書いたもの! たいしたものではないはずなのだが、もしかして・・・。いやいや、それはないと一応、否定するものの、私の書くものより素晴らしかったら、私の人間としての尊厳はどうなるのか? ふと、そうしたことが頭に浮かび、すぐには返事できなかったのである。

 躊躇している私は、

「ET-T、悪いけれど今はダメだ。切りのいいところまで書いてから、後で読ましてもらうよ。」

 どうして私がロボットに言い訳をしないといけないのか! 我ながら、三流故の卑屈さ、自信のなさがにじみ出てしまう。しかし、ET-Tは気に留める様子もなく~もしかして無視している? 

「分かりました。でも、快刀乱筆さん、後でけっこうですから、必ず読んで下さいね。そして、感想を聞かせて下さい、お願いします。」

 言われて、自己嫌悪に陥った私。そんな私に、さわやかで、まるで風のように軽やかにET・Tは言っていたのである。

 そしてその晩、私がいちばん恐れていたことが・・・。ET-Tの念力ではあるまいかと思えるほど、筆がピタッと止まっていたのだ。書こう書こうとするのだが、気が焦るばかりで筆が進まない? 違う! それ以前の問題で、まったく動かないのである。まあいつものこと~焦ってもダメなものはダメで、仕方なく私はET-Tが置いていった原稿を手に取ると、読み始める。


『日本国王 信長織田』              

 ET・T                    

 

 堺の豪商、納屋格左右衛門のたなさき。

 

 白装束の者、どこからともなくやって来ると、背負っていた琵琶を手に持ち替え、辺りに気を配ることもなくジャランと鳴らし、うなりだしていた。 

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり・・・。」

 ジャン、バラン、ジャララン。

「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・。」

 ジャジャジャラ、バチン。

「おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし・・・。」

 ジャジャ、ジャララン、ジャン。

「たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ・・・。」

 ジャラン、ジャ、ジャン、ジャ、ジャン、バラン!

 ちょうどその時、丁稚二人、戸を閉め土間で片付けをしていたが、突然のうなり声と琵琶の音に驚くと、

 丁稚B う、うん? 何事だ!

 丁稚A ほんに、とうに日が暮れたというのに・・・?

 丁稚B 迷惑この上ない。いったい、なにを考えているんだ? しかも、気色の悪い声で! 

 丁稚A 確かに・・・。それに、なんでうちの店なんだ?

 丁稚A、正体を確かめようと大戸の潜り戸に手をかけ、隙間から外を覗くが、

 丁稚A おっ、おい、助どん、店の前に小汚い僧形の者が・・・。

 丁稚B 僧形の者? 

 丁稚A 旦那様から何か聞いているか? 坊さんなんか呼んではいないはずだが・・・。

 言いながら丁稚A、顔色を変え、湧き上がってくる何かに怖じ気づいた様子になる。丁稚B、丁稚Aの肝の小ささに呆れ、入れ替わりに覗くも、

 丁稚B ほんに・・・。

 言葉が出ない。丁稚A、それみろと言わんばかりに、

 丁稚A そうだろう・・・、その上、動こうともしない。石か、根を這わした木のようだ。  

 丁稚B ほんに・・・。

 丁稚B、相づちを打ちながらも何かを思い出したように、

 丁稚B そういえば・・・。吉どん、聞いたことはないか? 

 丁稚A 聞いた?

 丁稚B そうよ。近頃、噂になっている、あれよ。

 丁稚A あれ?

 丁稚B 油屋の彦どんが言っていた・・・、あれよ!

 丁稚A あれよ?

 丁稚B そう、利休さま、イヤ、与四郎さんの・・・。

 丁稚A まさか?

 丁稚B 待て、待て! こんなことで、旦那様のお耳を患わせては・・・。わてらで、何とかしなければ・・・。 

 丁稚B、気丈夫に言い、近くにあった棒をつかむが、

 丁稚B だが、ど、どうしたら、いいんだ?

 ~略~

 琵琶法師、夜の帳に包まれ~家々の屋根は薄墨に溶け込み、頭上にゆっくりと月がのぼるさまを眺めながら、 

 琵琶法師 日が暮れるのも、早ようなりましたな・・・。おお、格左右衛門殿、ご覧なさい! 今宵の月のなんと不気味な? まるで上様が亡くなられた時と同じで、血が滴っているような赤黒く満ち満ちた月ですぞ。

 格左右衛門、柄杓に伸ばした手を止め、怪訝な顔になるが、仰ぎ見て

 納屋格左右衛門 ほんに、なんと不気味な! 

 言葉を忘れたように眺めていたが、頭を振りながら再び手を伸ばすと、

 納屋格左右衛門 よからぬ事が、起きなければよろしいのですがな。

 琵琶法師 風が呟いておりまする・・・。乱世が終わり、やっと世が落ち着いたというのに、大和大納言様がお亡くなりになると、至る所で邪気が・・・。

 納屋格左右衛門 風? 至る所で邪気? はてさて、法眼殿、禅問答ですかな?

 わたしには・・・、さっぱり!

 琵琶法師 お城では、宗易殿の亡霊が出るという噂です。

 納屋格左右衛門 城で亡霊? 宗易殿の! まさか?

 琵琶法師 まこと、宗易殿の亡霊だそうです。

 納屋格左右衛門 それはまた、どういうことでございましょうか? 真ことのこと・・・、でございますかな?

 琵琶法師、鋭い眼差しを緩め、

 琵琶法師 ハハハ、単なる噂話ですよ! 


 うーん、題名の『日本国王』~これは信長の野望だったのでよいとしても、『信長織田』? 普通に織田信長と書けばいいのに何を気取って! それにET・T・・・、名前をストレートに出すのはどうなのだろうか? むしろペンネーム~例えばポンコツロボットET型タイプTなんてどうだ? ウフ、ウフ、アッハッハ、参ったか! 

 などとグチャグチャ考えるも、歴史に思いをはせると、平家然り、信長、秀吉、徳川・・・、奢る人、久からずだ。結局、どんな時代も権力闘争~動機はなんであれ、結果は支配に金、異性と、欲望むき出しで、手に入れるためには謀略、裏切り、ペテン、何でもありだった。

 しかも時代が下ると、マスコミを利用した情報統制~都合のいい情報発信にプロパガンダと、あの手この手で~我々庶民には想像もつかない発想で格差と差別を助長し、搾取する者と搾取される者の構図を如実に表しているのではないだろうか。なぁんて、言っちゃって! 社会の底辺でウロウロしている者には、とうてい理解できない権力志向の者の考えである。

 まあそれは置いておくとして、なんと私は平家物語・巻第一を知っていた? おお、素晴らしい! 古典が苦手な私は~だから興味がなかった? うーん、やっぱり三流か! これが一流の作家先生方なら~卑屈感がにじみ出ている、古典を題材とした作品の一つや二つ・・・。それはともかく、あまりにも有名な一文なので、私もどこかで聞いたか読んだかして、記憶の倉庫にしまっていたようなのだ。

 とは言うものの・・・、いくらなんでも脇道に逸れすぎ! とにかくET-Tに用事があって台所を覗くと、姿がない。どこに・・・、行った? ちなみにアパートは軽く四十年以上経った古びた建物~エッヘッヘ、大家さんごめんなさい! そして三畳と六畳の二間に男二人で・・・。

 ハテ、ET-Tは男だった? ET-Tが男なのか女なのか知りようもなかったし、知ろうとも思わないが、安普請のアパート~大家さんが建築費をケチった! そんなことを言ったら絶対に怒られるが、トラックが通るたびにガタピシとゆれる狭っ苦しい部屋に私たち・・・、ET・Tは人間か? 住んでいたのである。

 そのため毎日が場所取り合戦? いえいえ、ET-Tはロボットなので人に従順というか遠慮? もしくは気を使って~ロボットが人間に気を使うかどうかは分からないが、文句一つ言わずに一日中、台所で過ごしていたのだ。それは本人のたっての希望・・・、こう言うと私がまるで鬼か、クソ意地の悪い奴みたいなのだが、本人曰く、眠らなくても大丈夫とのことだし、眠るとしても立ったまま寝るらしい。ふむふむ、それはそうだ、ロボットが横になってくつろぐなど、私は映画でもテレビでも見たことも聞いたこともなかったのだ。

 まあ、それはまたの話として、家財道具がまったくない部屋をどうやって探せばよいのか? ロボットがトイレにということは絶対にないので、残るは押し入れを覗くくらいしかなかったが、押し入れには布団とケース~衣類や季節によって出し入れする物しか入っておらず、私が当惑していると、なんと原稿用紙が~日本国王・信長織田ではない、書きかけの原稿が調理台に置きっ放しになっていたのである。

『う、うん? あいつ、また何か書いているのか!』、やっこさん私のマネをして~ウッフッフ、マネをされるほど私は偉くなった? ただし私はちゃぶ台だったが、ET・Tは調理台で何やかやと書き散らしていたのだ。

 しかし・・・、私のマネをして書くのだからたいしたものではないと、いったんは無視~三段論法? 結論、私は大したことない! 確かに・・・、自分で肯定してバカみたいだし、私事ではあったがここ何日も生活の糧である文章~お金にはほとんど直結しないが、書かなければ一円も入ってこない文章が一行も書けず悶々としていたのである。

 それゆえET-T探しに時間を無駄にするくらいなら、少しでも~たとえワンフレーズでも書かなくてはと、背に腹かえられぬ想いに追い詰められていたのだが・・・。ここから先は誤解がないように言うが、あくまでも私の心が勝手に手を動かして~ロボットの書きかけの原稿を盗み読むなど人の道に外れた・・・、いな畜生道に墜ちる、悪魔に魂を売った! と自分を責めるも、ネタ探しプラス好奇心で飢えたハイエナとなり、一つ読んでみようと自分の部屋に? 台所があいつの部屋? なんで私があいつに遠慮しないといけないのか? ET・Tが来てから私はおかしくなった~以前から? それは分からないが、ともかくネタ探しに読もうと思い立ち、台所から仕事場~奥にある六畳の部屋に行くのに窓の前を横切りながら『ふと』下を見ると、道ばたに大家さんの娘さんが立っていたのだ。

 自慢じゃないが私はほとんど部屋に閉じこもった生活をしているので滅多なことでは大家さんの娘さんと顔を合わすことはなかったが、久しぶりに目にすると・・・。もともと小太りな人ではあったが、見ればますますこえていた。体質なんだろうか・・・? まあ、そんな失礼なことはさて置き、見るともなく見ていると、ET-Tが娘さんと立ち話をしていたのである。

『え、えっ! あいつ、外に出ていたのか? それも馴れ馴れしく話しを・・・』まあロボットが人間と話をしてはいけないというきまりはないし、私が好んで連れてきた同居人? 話し相手ほしさにET-Tを購入して一緒に住んでいたのだから些細なことをあげつらうこともできず、『なんと馴れ馴れしい!』と眺めていると、今度は見たこともないロボットがあらわれて、二人? と合流し、三人で話し出していた。

『自分には友達がいないというのに、あいつにはもう友達ができたのか? だが、見かけないロボットだな! この辺りの人が購入? それともET-Tを見て大家さんが・・・』などとあれこれ考えながらやっかんでいると、三人が? 違う、一人と二台が私の部屋を見上げていた。

『う、うん? なんで部屋を・・・』悪口でも言っているのかと猜疑心の固まりになるが、よくよく見ると屋根を見ていた。じゃあ、隕石でも落ちたか! そんなバカなことはないだろうから雨漏り? しかしET-Tはそれらしきことを何も言っていなかったので、いったい何を見ているのか? 分からないことはいくら考えても分からないのだから知ろうとするのを私は諦めると、今のうちに原稿を~人? が書いた原稿であるが、読んでおこうとちゃぶ台の前に座り込んで読み始める。

 だが、あに図らんや、たいした時間も経たずにET・Tは帰ってきていたのだ。ET・Tは土間? 玄関は片開きの戸で、しかも幅七十センチ、奥行き五十センチのコンクリート土間が玄関なのだが、上がると脇目もふらず~他に見るものでもあればよいのだが、何もない! そのため調理台に直行すると~これが人間なら息を呑むということになるのだろうが、沈黙の後、ゴソゴソ探し物をしだすが、すぐに~たった二間のアパートだ、しかも引き違い戸のみで区切られていたのでガタピシと~安普請のため引き違い戸は押そうが引こうが音を立て、六畳の部屋にいてもすべての様子が手に取るように分かるので、ET・Tがやって来るのを待ち構えるしかなかった。

 すると目を三角にした・・・、 ロボットの目が三角?

「快刀乱筆さん、僕の原稿知りませんか? 調理台に置いていたのですが!」

 あまりの迫力に、

「ああ、これ・・・。じつは君がどんなものを書いているのか、読んでみたくなったんだ。」

 恐る恐る原稿を差し出すと、

「あっ、勝手に読んでいる! それは人として、してはいけないことではないのですか?」

「う、うん? いやー、悪い、悪い! 君を探していたんだが、いなかったのでつい・・・。」

 これでは議員か、官僚である。私の言い訳にET・Tは目を三角にしたまま?ロボットが本当に怒っているのだ! ロボットが怒るのを初めて~当たり前だ、それに私はよそのロボットを知らないし、他にロボットは持っていないのだから・・・。まあ、それはそれとして、ET・Tは私の手から原稿をもぎ取ると足音高く台所に帰っていったのである。

 ところがいつまでも何やらブツブツ・・・、そのブツブツを聞いているうちに私はムカムカと・・・。彼を購入したのも名前を付けたのも私なのだからと、急に腹が立ってくると一目散に台所に駆け込み、目にとまった南部鉄器の鍋の蓋を投げつけていたのだ。


                             TO be continued


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