第2話 雑貨屋

 ショッピングモールをしばらく歩くと、小物や雑貨を売っている店が並んでいるエリアに着いた。比較的敷居が高くなさそうな店を見つけ、隣の先輩に呼び掛ける。


「ちょっとこの店、見ていきませんか」

「そうね、そうしましょうか」


 その店は全体的にカジュアル寄りの雰囲気で、ちょっとしたアクセサリーや文房具、そして食器などが置いてあった。特に何か具体的なものを思い付いているわけではないから、棚を店の手前から奥へ順番に見ていく。


 先輩も同じように並んだ品々を見ていたけど、アクセサリーの棚の前で目を止め、そのうちの1つを手に取った。


「それ、髪飾りですよね?」


 アクセサリー、それも女性のものは全然分からないけど、それが髪をまとめるものであろうことはさすがに分かる。


「ええ、そうね。私は妹さんの髪型や好みを知らないから、助言できることはあまりないけれど」

「まあ、確かにそうですね。ちなみに、先輩だったらどういうのが好きですか?」

「私? あまり参考になるとは思えないのだけれど」

「先輩自身の感性でいいですから。どのタイプがいいとか、どういう形や色のやつがいいとか、ありませんか」

「そうね……」


 そう言った先輩は、しばらく考えてから青色のシュシュを指差した。


「参考になるかはともかく、私が何か1つ選べと言われたらこれかしら。普段はヘアゴムくらいしか使わないけれど、これならヘアゴムとそう変わらないでしょうし」

「あ、いいですね。なんかすごく氷川先輩って感じです」

「まあ、私のことはいいのよ。仮に髪飾りにするとしても、たとえば妹さんがショートヘアならヘアゴムやシュシュを贈っても仕方がないでしょうし」

「雪那は髪が短い方ですし、となると、このピンクの花が付いてるヘアピンとかですかね」


 これにかなり近いヘアピンなら、以前雪那が前髪に付けているのを見たことがある。無難で面白みはないだろうけど、別に雪那だって僕にそんなものは期待していないだろう。


「いいんじゃないかしら。妹さんに似合いそうなの? そのヘアピンは」

「たぶん大丈夫だと思います。雪那はなんというか、黙ってれば氷川先輩みたいな雰囲気なので。喋った瞬間全然違うのがバレますが」

「妹さんはともかく、私にこういうのは似合わないんじゃないかと思っていたのだけれど」

「いや、そんなことは絶対ないですって。こういうのが嫌いなら仕方ないですけど」

「まあ、別に嫌いではないわね。単に持っていないだけで」


 とりあえず、このヘアピンみたいなものなら贈ってもセンスがないと罵倒されることはない、はず。もっとも、兄からの誕生日プレゼントがヘアピンでいいのかというと、正直分からない。雪那だってアクセサリーにこだわりがあってもおかしくないから、いくら兄とはいえ他人が贈るというのはハードルが高いかも。


「他のも見てみますか」

「そうね。ここは別にアクセサリーだけの店ではないものね」


 次に目に入ってきたのは、さまざまな食器が置かれた棚だった。各種皿にフォークやナイフや箸、そしてマグカップなどもある。食器なんて何を選んでも変わらないだろうと思っていたけど、そうでもなかったらしい。


「あ、マグカップとかいいかもしれません。実用性もありますし」


 それに、雪那がマグカップにこだわりがあるとは思えないし。


「確かに、プレゼントにはちょうどよさそうね」

「自分で言うのもどうかと思うんですが、かなりいいアイデアな気がします」

「そうね。もっとも、マグカップにするのが決まったとしても、どのマグカップを選ぶかという問題が残っているのだけれど」

「そこなんですよね。雪那が何かのキャラクターにハマってるという話は聞いたことがないし、普通のでいいと思うんですが」

「見た目を重視するか、機能性を重視するか。判断が分かれそうなところね」

「まあ、ダサくない範囲なら機能性ですかね。雪那も別にオシャレさはさほど期待してないでしょうし。ところで、マグカップにおいて機能性って具体的にどういう機能を指すんですか?」


 機能的なマグカップと言われても、正直具体的に何も思い浮かばない。マグカップなんて飲み物を入れて飲めれば十分じゃないか? それともマグカップのヘビーユーザーなら違うのだろうか。というかマグカップのヘビーユーザーって何だよ。


「保冷や保温ができたり、あとは蓋付きだと便利かもしれないわ。保冷・保温は言わずもがな、蓋は保温だけでなくうっかり倒してしまったときにこぼれるのを防ぐ役割もあるし。ただ、勉強中に飲むような用途を想定するのであればタンブラーの方がいいかもしれないけど」

「ああ、なるほど。こういう店に置いてるマグカップは普通のやつばっかりですね」

「別に、この場で買う必要はないでしょう。もしそういうマグカップがいいなら、後でインターネットで調べたりすればいいのだから」

「まあ、確かにそうですね。マグカップは後回しにしますか」



 その後、その店の他の棚、そして他の店も見て回った。プレゼントとして候補に入りそうなのはいくつかあったけど、いまのところ一番良さそうなのはマグカップかタンブラーだろうか。「良さそう」というよりは「無難な」と言った方がいいかもしれないけど、変にチャレンジして微妙な顔をされるよりはいいと思う。




 集合が昼過ぎだったから、一通り店を見て回った時点で午後2時を少し過ぎたくらいだった。昼食はもう済ませているけど、このまま解散するのも少し惜しい気分ではある。


「これから、どうします?」

「確かに、これで解散というのも実習の体裁を考えると少しまずい気もするわね」


 先輩は僕が実習としての体裁を気にしているのだと解釈したらしかった。僕は単に名残惜しいなあと思っていただけだったけど。まあ、そんなことを正直に言うのも少し気恥ずかしいから、特に訂正はしない。


「そうですね。……カフェかどこか、入りましょうか?」

「まあ、そうね。妥当なところだと思うわ」

「正直僕はこのあたりの喫茶店とか全然知らないし、というか家の近所とかですら分かんないんですよね。先輩はそういう店に行くんですか?」

「頻繁にというわけではないけれど、それなりには。私の知っているところなら案内できるけれど」

「あ、ぜひお願いします」


 やっぱり、御園先輩の言っていた「氷川先輩は甘いものが好き」というのは本当だったらしい。興味のないことにとことん無頓着な氷川先輩が「喫茶店にはそれなりに行く」と言っているくらいなのだから。

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クールな先輩の恋愛実習相手になりました 火渡燐(ひわたり りん) @phosphorus_h

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