第4章 芽生えた気持ちと自覚

第1話 誕生日プレゼント選び

 考査から解放された高揚感も、しばらく経てば変わり映えしない日常に溶けていく。目ぼしい行事もないし、祝日すら次は2ヶ月後。唯一日常のアクセントになりそうなのは先輩との恋愛実習で、次に先輩の予定が空いているのは5月の末だという。そろそろ、どこに行くか決めないといけない。


 今日は土曜日だから、実習までおよそ1週間。行き先についていろいろ調べたり考えたりしつつ家のリビングでぼんやりしていると、自室で勉強していた雪那せつながこっちにやってきた。


「あ、兄さん。何やってるの?」

「実習の行き先考えてる。雪那は土曜日なのに勉強してて偉いな」

「兄さんが勉強しなさすぎるだけじゃない? そうだ、突然だけどクイズ。6月8日はなんの日でしょう?」

「本当に突然だな。まあ、雪那の誕生日だろ」

「外れ。正解は戦艦『陸奥』が爆沈した日でした」

「いや知らないって、それは」

「まあ、私もミリタリーは全然知らないけどさ。さっきWikipediaで調べた」

「……で、雪那の誕生日がどうかしたのか」

「プレゼントちょうだい」

「直球すぎるだろ。遠慮の『え』の字もないな」

「私と兄さんの仲だし、今更でしょ。まあ、兄さんのセンスにはあまり期待してないけど」

「あまりに失礼だけど正直助かる。ハードル上げられる方がしんどいし」

「じゃあハードル上げちゃおうかな。兄さんのプレゼント楽しみだなー」

「せめて棒読みをやめろ。いやでも本当に、何にしよう」

「せっかくだし、例の3年生の先輩に手伝ってもらったら? 兄さんが1人で考えるよりは絶対いいと思う」

「そっか、氷川先輩に頼るという手が……。実習も兼ねられるし」


 ちょうど行き先に悩んでいたので、渡りに船だ。もちろんショッピングモールの類は候補にあったけど、先輩と僕とで時間を潰せる未来があまり見えず、かなり躊躇していた。でも、雪那の誕生日プレゼント選びという目的があるのなら、たぶんなんとかなる気がする。


「へえ、その先輩の苗字は氷川なんだ」

「あれ、そういや言ってなかったっけ」

「うん、言われてない。で、下の名前は?」

「澪。氷川澪先輩」

「なんか、兄さんが話してたイメージ通りの名前だね。ほんと、機会があれば挨拶したい、せめて遠くから見て『あー、あれが氷川先輩かあ』って納得したい」

「本当に勘弁してくれ。たぶん、だいたい雪那が思い浮かべた通りの人だから」




 その後、先輩にショッピング模擬デートをメッセージで提案してみたところ、30分くらい経って了承の返事が来た。


『もちろん構わないけれど、私も贈り物を選ぶセンスに自信はないわね、正直なところ』

『大丈夫です、僕よりはたぶんマシですし。それに三人寄れば文殊の知恵って言いますし。2人ですけど』

『それで、そういうプレゼントはどこで買えばいいのかしら』

『その時点で全然分からないんですけど、ショッピングモールとかですかね』

『まあ、都心なら最悪なんとでもなるでしょうけど』


 こうして、僕と先輩は学校の近くの商業施設に行くことになった。かなり場当たり的な計画だけど、大丈夫なんだろうか。





 5月最後の日曜日、天気は快晴。暑くも寒くもないお出かけ日和の中、僕と先輩は学校の近くの商業施設にやってきた。ちなみに、先輩の服装は青色の七分袖のブラウスに黒色のロングスカートで、映画館に行ったときと同じ系統だ。夏が近いからか少し軽装になっていた。相変わらず、凛としていてクールな先輩の雰囲気に合っていて、シンプルながらすごくサマになっている。


 渋谷で商業施設といえばトレードマークとして有名なファッションビルがあるが、どちらから言うまでもなく、暗黙の了解でスルーされた。あまりにキラキラしている場所だと、自分と正反対の人たちばかり闊歩していそうで、入る勇気が出ない。


「いろいろな店があるのね」

「先輩はこういうとこに来たりしないんですか?」

「普段は行かないけれど、蒔菜さんとなら何度か」


 そろそろ付き合いも2ヶ月弱になるから分かってきたけど、どうも氷川先輩は御園先輩に連れ回されるという形でしか「高校生らしい」ことを経験していない可能性がある。根拠がない推測だけど、もしそうだとした場合、氷川先輩はいったいどんな学校生活を送っているんだろう。氷川先輩が1年生のときに御園先輩はまだ入学してないはずだけど、当時の氷川先輩の学校生活はどうなっていたんだろう。同じクラスに友達、せめて話し相手の1人くらいはいなかったのだろうか。先輩は1年生のときから地歴部に所属していると聞いているけど、当時の部活のメンバーは?


 これだけデートまがいのことを重ねておいて、僕は先輩のことを全然知らないのだ。もちろん、できるなら知りたいとは思うけど、いくら常日頃クールな態度を崩さない氷川先輩相手といえど、「クラスに友達いないんですか?」なんて失礼すぎて質問しようがない。


 あえて黙っている可能性もあるし、僕にできるのは黙って知らん顔をすることだけだ。僕と先輩はただの友達、かつ恋人の真似事をする間柄。どこに地雷が埋まっているか分からないような話題に踏み込めるような関係じゃない。


「確かに、年頃の女子高生としてどうかと思われるのは覚悟していたけれど。でも、そんなに長時間絶句されるようなことだったかしら」


 しばらく考え込んでいた僕の沈黙を、先輩は絶句していると解釈したらしかった。それは心外なので、慌てて否定する。


「ああ、いや、そういう意味じゃないです。先輩がちょっと世間知らずなのはもう十分思い知りましたし、いまさらどうも思いませんよ。黙ってたのに他意はありません」

「それはそれで複雑だけれど、まあいいわ。動かしがたい事実を指摘されて怒るなんて、非合理的だもの」


 そう言って先輩は肩をすくめた。


「それで、妹さんへの贈り物というのはどういうものを想定しているのかしら。ジャンルというか、おおまかな分類は」

「あまり高いものでも困るだろうし、小物とかですかね」

「まあ、そのあたりが妥当そうなところね」


 あれから、一応僕だって自分なりに調べたのだ。年頃の妹へのプレゼントなんて分からないから、インターネットという人類の英知に頼るしかなかったけど。とりあえず、実用性を兼ね備えたもの、たとえば小物とか文房具などは無難なんじゃないだろうか。


「このあたりは服屋ばっかりですし、小物とか売ってそうな店でも探します?」

「ええ、そうしましょうか」



 周囲を軽く眺めつつ、先輩と一緒に小物がありそうな店を探す。このあたりはほとんどレディースの店だから、メンズファッションすらほとんど興味と知識がない僕には縁がない。ふと先輩の様子が気になって右隣を見ると、氷川先輩は物珍しげにあたりを見回しながら歩いている。


「先輩って、ファッションとか興味あったりします?」

「ないわけではない、くらいかしら。自分の服に執着はさほどないけれど、可愛いものを見るのは好きなのよ」


 やっぱり、いくら凛としていて大人びた印象の先輩でも高校生の女の子ということなのかもしれない。時折垣間見える先輩の可愛い一面を知るたびに、僕の心臓は毎回撃ち抜かれている。私服姿の先輩を見て頭が真っ白になるようなことはさすがになくなったけど、こういうギャップ萌えみたいな感情は何度体感しても慣れそうにない。


「なんか、そういう気持ちはちょっと分かるかもしれません。ちょっともったいない気もしますけど」

「もったいない? 何が?」

「先輩だったら可愛い感じの服も絶対似合いますよ」

「……それ、前に蒔菜さんにも言われたのよね。ずっと母親が買ってきた服ばかり着ているような女に期待することじゃないでしょう、そんなの」



 今この瞬間、僕はここにいない御園先輩と心の中で強く握手した。もし、万が一氷川先輩に可愛い服を着せるイベントが発生するなら、そのときは絶対に協力を惜しまないつもりだ。絶対似合うし。



 というか、先輩の服ってお母さんチョイスだったのか。さすが親と言うべきなのか、似合っててすごいいいと思う。

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