第6話 成果

「あ、兄さん。遅かったね。テスト勉強の後どっかで遊んでたの?」


 家に帰ると、妹の雪那せつなが玄関に顔を出した。


「いや、テスト勉強してきただけ」

「え、兄さん家を9時過ぎに出ていったじゃん。それからずっと勉強? 高校受験直前すらお母さんにめちゃくちゃ文句言われてようやく勉強してたような兄さんが?」

「事実だから何も反論できないけど、ひどくない?」

「事実だから別に全然ひどくない。で、どんな感じだったの」

「いや、普通に図書館に行って勉強しただけだって」

「お弁当持って行ったことに対して、何か言われなかった? 勉強会ごときを楽しみにしすぎててドン引きとか」

「言われてない。というか先輩の食事があまりに質素だったからおすそ分けしてきた」

「え、兄さんとは思えないナチュラルなアピール。どこでそんなテクニック覚えてきたの」

「いや、そもそもそういう関係じゃないって。作ったものを食べてもらいたいってのは誰でも思うことだろ。今朝も不思議だったけど、雪那ってなんでも恋愛の話にする風潮にむしろ反対じゃなかったっけ」

「そりゃ、私だって兄さんにその気がないのは分かってる。分かってるけど、兄さんはこの機会を逃すと絶対孤独死するから。なんとしてでもくっついてもらわないと困るの」

「え、僕ひょっとして暗に『恋愛どころか普通の人間関係もできないぼっち』ってdisられてる?」

「なんのことだか分かんない」

「おい」

「まあ、あれだよ、料理できる男子って女子的にはかなり高ポイントでしょ、たぶん」

「その『たぶん』がめちゃくちゃ信憑性ないんだよな……。まあ、美味しいって喜んでくれたから、少なくともマイナスの心証は与えてないと信じたいけど」

「そのまま先輩の胃袋掴んじゃおう。大丈夫、兄さんの料理の味は私が保証する」

「えっと、これは素直に『ありがとう』って言えばいいのかな」

「そこまで素直だとちょっと怖い」

「なんでだよ」


 妹と適当な会話を交わしつつ、台所で弁当箱を洗う。


「で、勉強は進んだの? ずっと勉強してたけど時間の割に進捗なしってオチ?」

「いや、めちゃくちゃはかどった。自分でもびっくりしてる」

「やっぱりもう付き合っちゃえば? そうすれば勉強会できて兄さんもハッピーでしょ」

「いくらなんでもそんな理由だと真摯さに欠けるだろ。そもそも恋愛じゃないけど」

「で、恋愛とかそういうの抜きにして、先輩のことどう思ってるの?」


 雪那が急に真剣な表情になった。これは誤魔化しが許されないときの目だ。


「すごい人だと思ってるし、尊敬してる」


 それこそ、仮に恋愛感情があったとしても、付き合うという行動が選択肢に入らない程度には。僕とじゃ絶対に釣り合わないくらい、すごい人だから。


「へえ、そうなんだ」

「反応薄くない?」

「だって普通じゃん。普通じゃないこと言ってくれたら驚くけど」

「まあ、言われてみれば……。ともかく、先輩みたいになるのは難しいけど、さすがに赤点とか取っちゃうとそれどころじゃないから、頑張らないとなあ」

「え、兄さん、赤点も視野に入るようなひどい状況だったの?」

「……大丈夫、先輩に教えてもらったし赤点はさすがにない」

「それ、暗に教えてもらってなかったら赤点の危機だったって言ってる?」

「ハハハ、なんのことだか」

「まったく……」


 あとは、試験までちゃんと勉強するだけ。先輩に胸を張って報告できる程度の点数は取らないと。













 中間試験が終わり、次の週の前半にはテストが全て返ってきた。うちの学年を担当する先生はみんな採点がやたら早いらしく、覚悟を決める暇もない。


 ライトノベルだと、成績上位者の名前リストが廊下に貼り出される学園がたまにある。そっちの方が話を作りやすいからだと思うけど、うちの高校にそういう制度はない。そのかわり、各教科や総合点の分布を教えてくれるので、自分がどれくらいの順位なのかは分かるようになっている。


「で、どうだったの」


 部室には氷川先輩や御園先輩、そして部長が揃っていた。そう質問してくる御園先輩に、僕は胸を張って答えた。


「総合点でちょうど学年の真ん中くらいでした!」

「……まあ、あの惨状を考えると健闘したのは間違いないんだが」

「あのままだと赤点だったでしょうし」

「でもそんな胸張って言えることじゃなくない?」

「え、ひどくないですか、先輩たち……というか御園先輩ですけど」

「みんなが久我くんに配慮して言葉を濁してたから、『常に直球』がモットーのあたしが普通に言っちゃっただけだって」

「思っても言わない優しさを覚えてください……」

「……いずれにせよ、絶対評価よりは相対評価の方が大事だと思うのよね。その点において久我くんが頑張ったというのは間違いないのだし」


 さすが氷川先輩、聖人みたいに優しい。


「科目ごとの成績はどんな感じだったのかしら」

「あー、理系科目がかろうじて中の下くらい、国語と英語と社会は上の下くらいですね」

「英語がちゃんと取れているのは安心できる材料かしら。よほどの例外を除いて、英語は点数のブレが少ないから。あとは、授業をちゃんと受けていれば安心……とまでは言えないけれど、最低限の基礎はできるはずよ。くれぐれもサボらないことね」

「はい、肝に命じます……」


 優しいけど、厳しいところは厳しかった。


「先輩たちはどんな感じだったんですか?」

「俺はまあ普通だったな」

「あたしは……数学でちょっとやらかしちゃったかなあ」

「私は普段通りね。まあこんなものかしら」

「澪先輩の『普通』って余裕で学年上位10%とかなんだよね。あたしたちとは格というか位が違う」

「まあ、これ以上頑張ってもあまりメリットがないもの。受験にしても、別に上位で合格したからといって何か特典が得られるわけでもないし」

「久我くん、今の澪先輩の言葉聞いた? これが強者の余裕ってやつなんだねえ」

「ヤバいですね、ここまで強気の発言を自然体でできるってのがもう」




 部活が始まる前にみんなで話していて、思う。


 氷川先輩と出会ってまだ1ヶ月と少ししか経っていないし、そもそも高校において1年生と3年生の間には越えられない壁がある。それでも、ここまで友達として仲良くなれたのはこの部活と、それと認めるのは癪だけど、恋愛実習のおかげだ。それに、尊敬できる、『ああなりたい』と思える先輩に出会えたことも。


 だから、面倒な恋愛科なんてなければ良かったというのは本音だけど、先輩との出会いに免じて許してやらないこともない。

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