第3話 妹バレのち弁当
週末まで自分でできる範囲の勉強を進めているうちに、土曜日になった。今日は図書館の最寄り駅に10時集合ということで、普段学校に行くよりは1時間くらい遅く家を出られる。その分、弁当を作る時間が必要だから、普段よりちょっと早いくらいの時間に起きたけど。
弁当を作るといっても、全部作るわけではない。今日仕事で朝から留守のお母さんが昨日の夜の唐揚げを多めに置いていってくれたから、自分の分を拝借して弁当に詰める。冷蔵庫にあったえんどう豆と卵を混ぜて卵とじを作ったり、ご飯を弁当箱に詰めたりしていると、妹の
「おはよう、兄さん。……どっか出掛けるの? ピクニック? インドア派の兄さんが?」
僕の手元にある弁当箱を見ながら、雪那が聞く。
「インドアで悪かったな。ピクニックじゃなくて、普通に部活の人と図書館でテスト勉強するだけ」
「その『部活の人』って、複数人? 1人?」
「……1人」
「男の人? 女の人?」
「……女の人です」
嘘を言わない範囲で誤魔化そうとしたのに、一瞬で追い詰められてしまった。
「何年生?」
「3年生の先輩」
「え、受験生なの。どういう経緯? 説明を要求します」
「いや、普通に部室で勉強してたら、部室に来た先輩に教えてもらうことになったってだけだから。そのときは僕だけじゃなくて2年生の先輩も2人いたし」
「だからって2人で勉強会ってことには普通ならないじゃん。その2年生の先輩たちは今日いないんでしょ?」
「まあ、いないけどさ」
「じゃあおかしいって。どういう関係? 惚れた腫れたの間柄なの?」
「さすがに入学1ヶ月でそれはないって。恋愛の実習の相手をしてもらってるだけ」
「あー、高校生だとそういうのがあるんだ。めんどくさそう。でもさ、だからといって3年生の先輩相手って普通ないでしょ。そもそも、普通2年生までには単位取ってるし、先輩のメリットが全然ないし」
「その先輩は取ってなかったらしくて、それで『恋愛の授業とか実習とか面倒そう』って愚痴り合ってたら、なんか気が合いそうって理由で相手を頼まれた」
「え、めちゃくちゃ漫画みたいな展開じゃん、それ。どんな人? 写真とかないの?」
「ないし、あってもお前には見せん」
「えー。というか一緒に写った写真もないの? デートだったら定番じゃない?」
「そういうことする人じゃないからなあ。真面目で頭が良くて、凛としていてかなり世間知らずって感じの人だし。めちゃくちゃ古めかしい言い方だけど、大和撫子ってああいう人を指す言葉だと思う」
「へえ。世間知らずっていうと、いいとこのお嬢さんみたいな感じ?」
「うーん、家庭の事情は全然知らないけど、どっちかというと引っ込み思案とか人見知りの方が近いかなあ」
「凛としてて引っ込み思案ってどういうこと? 孤高の大和撫子なの?」
「あー、第一印象は割とそんな感じだった。実際は意外ととっつきやすい人だったけど」
「へえ。機会があったら挨拶したいな」
「嫌だし、というか別にそういう関係じゃないから。ノルマ達成して単位取れたらバイバイだし」
やけに興味津々でいろいろ聞いてくる妹を適当に相手にしながら、フライパンで卵を加熱する。
「でもさ、実習で組んだ人とその後本当に付き合っちゃう例って割と多いらしいよ」
「いや、まあ、一般的にはそうかもしれないけど。恋愛的な意味で意識しないで済むって理由でお願いされてるんだから、そういう未来はないと思う」
「で、本当に一切意識してないの? 断言できる?」
「うーん、どうなんだろう。たぶん、してないはず」
そもそも、今のこの気持ちが恋愛感情という確証はないんだし、だから嘘は言っていない。吊り橋効果みたいなものだろうし。
「……ふーん。まあ、そういうことなら別にいいけど」
雪那は僕の顔をじっと見つめていたけど、やがてそう言って視線を外した。こちらの葛藤には気付かなかったのか、それとも薄々悟りつつ見ないふりをしてくれたのか、どちらかは分からない。僕にはできすぎた察しの良い妹だから、後者でも驚かないし。
「でも、これだけは覚えておいた方がいいと思う。兄さん、自分が何をするべきかとか、どうあるべきかとか、いつもそういうことばっかり考えてるよね。でも、人間関係の話なら、自分がどう思ってるのかをもっと優先したっていいんじゃない?」
「うーん、そうなのかな」
「兄さんの話を聞いてると、もし本当に好きになっちゃったとして、恋心押し殺してそのままバイバイしちゃいそう。というか、正直そういうふうにしか聞こえないって」
「とりあえず、心に留めておくよ」
さすが10年以上の付き合いと言うべきか、雪那の指摘はかなり図星だった。そういう自分は容易に想像できるし、そもそも今の自分がそういう状態じゃないとは断言できない。それでも、その可能性を認めるのが怖くて、僕は見ないふりをした。
「よし、完成」
そうこうしているうちに、弁当が完成した。一応、先輩におすそ分けできる程度には多めに入れてある。いらないなら僕が食べちゃえばいいし。
「いつも思うけど、兄さん地味に料理上手いよね」
「『地味に』ってなんだよ、『地味に』って。そりゃ料理人レベルじゃないし、多少人より慣れてる程度だけど」
「料理自体もそうだけど、弁当がきれいですごいと思う。私は見た目とか完全に無視して作っちゃうし」
「雪那だって、気にしようと思えばできると思うけどな」
使った調理器具を洗い、弁当を鞄に入れると、もう8時半だった。9時には家を出ておきたいから、あと30分。
「あ、雪那さん、ちょっと相談が」
「急にかしこまってどうしたの、悪いものでも食べた?」
「あのですね、どういう服を着て行ったらいいか分からないので、指南してもらえないでしょうか」
僕の言葉を聞いた雪那がしばらく考え込んだ。
「その先輩とのデートは1回目なの?」
「デートじゃないけど、私服のときだけカウントすると2回目です……」
「じゃあもう手遅れだと思うけど。まあ、いくら兄さんだって、笑われるような服は選ばないでしょ。ダサい謎のポエム入りTシャツとか」
「まあ、さすがにそれはないけど」
「そもそも、私だって別にファッションセンスとか全然ないから。たぶん兄さんと同程度だし」
「そっか。まあ、笑われない程度になんとかするよ」
結局、クローゼットとたんすを開いて、前回と同じように適当に選んだ。一応、前回よりは「よそ行き」の服になった気がする。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいー。私はもうちょい寝るけど」
眠そうにあくびをしながら、玄関で雪那が手を振る。
「まあ、休みの日だし別にいいけどさ」
「そうそう、休みの日くらい二度寝したくなるの」
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