第2話 勉強会の計画(2人きり)

 その後、氷川先輩に解説してもらいつつ問題を解いていたら、いつの間にか下校時刻になっていた。氷川先輩も僕にずっとかかりっきりだったわけではなくて、御園先輩や部長の質問に答えたりと獅子奮迅の活躍だった。


「なんというか、ずっと教えてもらっちゃってすみません」

「いえ、私から言い出したのだから、気にすることはないわ。それに、恋愛の実習に付き合わせている分のお礼でもあるし」

「確かに、実習の約束をした日にそんなこと言ってましたね」


 下校時刻のチャイムが鳴ると、御園先輩や部長はすぐ荷物をまとめて帰ってしまった。普段は御園先輩も一緒に駅まで帰ることが多いのだが、たまに今日みたいに先に帰ってしまうことがある。御園先輩は「あとは若い2人でごゆっくりー」なんて言ってたけど、僕たちは今後結婚するかもしれないお見合いカップルじゃなくて、今後解消することが確定している疑似カップルだ。そこが決定的に違う。


「でも、先輩の時間を3時間くらい割いてもらったのに、結局数学すら半分も進まなかったんですよね。さすがに全部面倒見てもらうわけにもいかないですし、あとは自分で頑張ります」

「今日みたいなことを毎日やるのはしんどいけれど、私が勉強するついででいいなら別に気にしなくていいわ。それなら私としてもさほど負担にならないし。今日あれだけ基礎をきっちりやれば、それなりに他の問題も解けるようになっているんじゃないかしら」

「うーん、だといいんですけどね」


 氷川先輩と話しながら、校門を出て駅に向かう。こうやって先輩と一緒に帰ることにも慣れてしまって、こうなる以前のことを思い出すのが難しいくらいだ。つい1ヶ月前までは想像すらしていなかったのに。


「ところで、次の実習についてなのだけれど」

「あー、いつにします? 中間考査が終わってから?」

「もちろん、そうすることも考えたのだけれど。単位を取るのに必要な模擬デートが8回でしょう? 私は定期的に塾に通ってはいないのだけれど、不定期の講座を受けているから、それでかなり土日が埋まってしまうのよね。夏休みには夏期講習でそれなりに忙しくなるでしょうし、下手すると2学期にもつれ込んでしまいかねないわ」

「確かに、それは避けたいですね」

「そこで提案なのだけれど、試験勉強をする会を3回目の模擬デートにカウントするのはどうかしら?」

「あ、それ、いいですね」


 実習のノルマも消費できて、テスト勉強もできる。まさに一石二鳥の方法だ。僕としても歓迎しない理由がない。


「私も今週末は予定がないからちょうどいいけれど、久我くんは?」

「あ、今週の土曜日は暇です。どうせテスト勉強しないといけないですし。でも、場所はどうしましょう? 部室は休日だと使えないですよね?」

「ああ、確かにそうね……。どうしましょう」

「休日ですし、さすがにファミレスを占領するのは迷惑ですよね」

「そもそも、ファミレスという手があったのね。全く思い付かなかったわ」

「え、ファミレスで軽く勉強会とかしませんか? 結局みんなで雑談する方がメインになるってオチが多いですけど」

「……ひょっとしたら、あのときの蒔菜さんは勉強会のつもりだったのかしら」

「御園先輩、不憫ですね……」


 御園先輩に誘われたことはあっても、それを勉強会とは認識していなかったということらしい。御園先輩の言葉が足りなかったのか、氷川先輩が御園先輩の想定以上に世間知らずだったのか。たかが1ヶ月とはいえ先輩の人となりを見てきた感想としては、たぶん後者な気がする。


「それにしても、僕にはいい案が思いつかないです。同様の理由でカフェとかも無理ですし」

「それなら、図書館はどうかしら?」

「図書館っていうのは学校のじゃなくて、街にあるやつですよね? 教えてもらうなら声を出さないといけないですけど、大丈夫なんですか?」

「ええ。勉強している学生もいるし、うるさくしなければ多少話しても大丈夫よ」

「先輩は普段図書館に行くんですか?」

「それなりには。家にいる気にならないときに、よく図書館で勉強したり本を読んだりしているわね」

「へえ、先輩でも外に出たい気分のときがあるんですね。てっきり、先輩はインドア派なのかと思ってました」

「……確かに、基本的にはインドア派だけれど、そういう気分のときもそれなりにあるのよ」


 やっぱり、偏見で決め付けるのは良くないらしい。まだ1ヶ月の付き合いだし、僕が知らない先輩の側面だってたくさんあるに決まっている。


「それで、その図書館ってどこにあるんですか?」

「別にどこでもいいけれど、学校から近い方が何かと都合がいいわよね?」

「まあ、僕はそれでいいですけど。さっきの『声を出してもいい』というのはてっきり特定の図書館の話なんだと思ってました」

「別にそういうわけではなかったのだけれど。ある程度の規模の図書館なら、だいたいは声を出せる閲覧席くらいあるものよ」


 この1ヶ月、先輩がいなかったら知らなかったかもしれないことを、たくさん知った。本屋とか図書館とかミステリーとか、本に関するものに集中しているのは先輩の趣味ゆえだろう。


「僕、先輩にいろいろもらってばかりですね」

「そうかしら? 私の側には心当たりがないのだけれど」

「いろんなことを教えてもらって、自分1人だとやらないような体験をして。十分たくさんもらってますよ。僕がちゃんと先輩に返せてる自信がないくらいに」

「そういうことなら、お互いさまでしょう。私だって似たようなものよ。もともと、あまり積極的に人と付き合うタイプではないし」





 先輩と勉強会の予定について話し合っていたら、いつもの別れるポイントがいつの間にか目の前に来ていた。


「勉強会の予定はあとでちゃんとメッセージに書いて送るわね。それじゃあ、また今度」

「はい、さようならですね」


 先輩に向かって手を振ると、先輩も軽く手を挙げて応じてくれた。




 ……正直、めちゃくちゃグッときた。大人びた雰囲気の先輩がやると、正直反則ものだと思う。表情がほとんど動いていないのはご愛嬌。今までも別れ際に会釈はしてくれていたけど、今日みたいなのは初めてだったし、徐々に距離が縮まっているという認識でいいんだろうか。



 前ほど頻度は高くないし、だいぶ慣れて落ち着いてきたはずなのに、未だに先輩の何気ない仕草にドキリとさせられることがある。「事務的に」という契約を遵守するためにも、もう少し慣れる必要がありそうだった。この、どう考えても異常な状況に。











 帰宅してからスマホを見ると、先輩からメッセージが送られていた。そこに書かれていた計画によると、学校の最寄り駅から1駅のところにある図書館に行くらしい。学校からそれほど離れていないから、学校から見て正反対に家がある僕と先輩が落ち合うのにはちょうどいい位置だ。


 ところで、図書館がある地域は学校の周辺と並んで、東京でも屈指の若者の街として有名だったりする。間違っても、用がなかったら僕が行くことはないであろう場所だ。おそらく、氷川先輩も。いくらなんでも、もし先輩が原宿でショッピングとかやってたらさすがに目を疑う。




 そんなとりとめのないことを考えていると、模擬デートが楽しみになってきた。もちろん、第一の目的は試験勉強で、そのついでに実習のノルマを消化するだけなのだが、もはや試験勉強すら待ち遠しい。


『土曜日が楽しみです』


 先輩にメッセージを送ると、すぐ返事が返ってきた。


『楽しみなのはいいけれど、本来の目的はテスト勉強よ』


 ばっちり釘を刺されていた。さすがに言われなくても勉強するけど。




『集合は10時くらいでいいかしら?』

『いいですけど、昼食はどうするんですか?』

『図書館の中に飲食できるスペースがあるから、適当に何か買ってきて食べればいいんじゃないかしら』

『そういうことなら、何か食べるものを持っていきますね』


 あくまで図書館の中に引きこもる想定らしい。せっかくだし、弁当でも作って行こうかなあ。ピクニック気分で楽しそうだし、そうやって気分を高めた方が勉強できそうな気がするので。

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