第4話 尋問(2回目)
デート実習の翌日。放課後の地歴部の部室で、僕はまた御園先輩たちに質問攻めされていた。まだ2回目なのに、もはや恒例のような気すらしてしまう。そして、氷川先輩は相変わらず欠席だった。そりゃ、受験生なんだから部活に来ないのはおかしくないんだけど、実はあえて避けてるんじゃないかと邪推してしまう。先輩は聞かれたらちゃんと答えるだろうけど、答えるという行為自体が面倒だと思ってそう。
「で、映画行ったんだって? 何観たの?」
御園先輩が笑顔で質問してくる。本当に満面の笑みという感じだけど、先輩と普通に遊んだというだけのことがそんなに面白いんだろうか。部長——高木先輩——も勉強の手を止めてこっちを見ているし。
「最近公開されたミステリー映画です」
「へえ。久我くんってそういうの観る人?」
「いえ、氷川先輩が観たいって言ってたので」
「まあ、完全に先輩の趣味だろうなあとは思ったけどね。面白かった?」
「普段あまり観ないジャンルだったんですけど、普通に楽しめました。教えてもらえてよかったです」
「なるほどねえ。そっからは? そのまま解散ってことはないでしょ、さすがに」
「その後はファミレスに行って、食べながら映画のこと話してました」
「定番だねえ」
「定番だな」
部長と御園先輩が口を揃えてそう言った。実際、「映画デート」なんてのは定番らしい。インターネットのカップル向け情報サイトみたいなのにも、そう書いてあった。
「定番ですけど、難易度が低いらしいので。僕と先輩は別に恋人でもなんでもないですけど、それでも気まずいのは嫌じゃないですか」
「まあ、確かに2時間くらい前を向いていれば時間が潰れるし、共通の話題ができるからな。別に恋愛に限らないが、知り合ってすぐでもお互い気分を悪くせずに遊べるのは大きい」
「部長、なんか詳しいですね」
「俺の人生で大事なことは全部ギャルゲに教えてもらった」
「……あ、はい」
そうだ、忘れてたけど部長はギャルゲの大ファンだった。それも、かなり重度の。
「俺は趣味に生き、趣味に生きる誇り高きオタクだからな。作品を楽しむのみならず、そこから得られるものは知識でも経験でも感性でも、なんでも取り入れるつもりだ」
「知識と感性はともかく経験は手に入らないでしょ。高木、ゲームやりすぎて頭壊れてるんじゃない?」
「ゲーム内の体験なんてほとんど現実の体験と変わらないだろうが」
「いや、さすがにそれは変わると思いますよ……」
VRの技術が発展した未来ならともかく、現代では、さすがに。
「いや、話が逸れたな。いったい誰のせいだか」
「いや間違いなく高木のせいだから。絶対に」
「あのー、先輩がた、このままだとまた逸れますよ」
「まあ、確かにそうだね。何の話だっけ?」
「久我と先輩の実習の話だったはずだが」
……あ、せっかく話がまた逸れそうだったのに、うっかり自分で戻してしまった。墓穴を掘るとはこのこと。
「そうそう、澪先輩どんな感じだった? 映画は心配してないけど、その後のファミレスとか。楽しそうだった?」
「僕が見た限りだと、楽しそうでしたけどね。僕は割と何も考えずに映画を観たんですけど、先輩はいろいろ考えてたみたいで。あんなに口数の多い先輩は初めてかもしれません」
「あー、先輩そういうとこあるよね。好きなものに対しては口数多くなるやつ。オタクの素質ありそう」
「こないだ一緒に本屋に行ったとき、小説は恋愛もの含めてライトなやつも普通に読むって言ってましたね。だから売れてるラブコメを勧めてみたいんですけど、その場で1巻買ってました」
「え、その話初耳なんだけど。澪先輩オタクデビューとか全然聞いてなかったんだけど」
「そういえば、言ってなかった気がします」
先輩にいろいろ質問されたときに、本屋で何をしたかは具体的に聞かれなかった記憶がある。だから言うのを忘れていたんだろう。
「……まあ、もう別にいいけど。で、ファミレス行って、映画の話して、その後は?」
「それで、その後は本屋に……いやその前に先輩がパフェ頼んでましたね。ファミレスにもデザートがあるって知らせたら即決してました」
「澪先輩の甘いもの好きは分かるけど、また本屋? 先輩の付き添い?」
「いえ、映画を観てミステリーって面白そうだなあと思ったので、先輩に初心者向けの本を選んでもらいました。一方的にラノベを勧めただけというのもどうかと思ってましたし」
「なるほどねえ。なんというか、趣味の合う友達って感じだね。本をお互いにおすすめしたり、映画を観たり」
「まあ、そりゃ、友達ですからね」
「お、久我くんの認識ではもう友達なんだ」
「僕の認識というか、先輩の認識でも友達のはずです」
「え、ちょっと早すぎない? 先輩がマジでそう言ったの? 脅迫して言わせただけとかそんなオチじゃないよね?」
よほど驚いたのか、御園先輩がこちらに身を乗り出してきた。というか、僕が人を脅迫するような人間に見えているのだろうか。それはかなり心外なんだけど。
「先輩が自分で言ってました。あと脅迫なんて人聞きの悪いことはしてません」
「後輩に負けるとは……。あたしのときは1ヶ月以上かかったのに……」
「氷川先輩を攻略しようと積極的に話しかけては撃沈していた初期の御園の姿、あれは傑作だったな」
「なにが攻略よ、このギャルゲ脳が。単純に友達になりたかっただけだって」
「あー、その、御園先輩の方が先駆者ですし、多少時間がかかるのも別におかしくないというか……。あと僕は恋愛実習っていう特殊な事情があったので」
「あー、まあそっか。あたしの方が先駆者だもんね」
先輩はそう言って笑い、こちらに乗り出していた体を元に戻した。自分でも何を言っているか正直よく分からないけど、御園先輩の機嫌が直ったからいいか。
「でも、まあ順調に仲良くなってるんだ。私としては別にそのまま本物の恋人になっちゃってもいいけど」
「いや、恋愛方面には意識しないって約束ですし、そもそも別にそういう気持ちはないですって」
「まあこういうのって2人の気持ちが大事だし、変に横槍入れるのは違うよね。マジで好きになっちゃったら言ってね! 不肖わたくし御園
「もしそういうことになったら、ですけどね」
おどけた先輩の言葉に、僕は無難な返事をした。
正直、恋愛の経験があまりになさすぎて、自分が恋に落ちているのか落ちてないのか、全く分からない。ただ、事実として、僕はあんな感情を他の人に感じたことはなかった。だとすると、実はもう「そういうこと」になっているのかもしれない。
「でもね、あたしの自慢の澪先輩とデートして何も思わないってのもどうかと思うよ、あたしは」
「別に御園先輩のでもないし、デートじゃなくて実習ですって。あとは、その、正直に言うと『何も思ってない』はさすがに嘘になっちゃうかもしれません。恋愛感情は絶対にないですけど」
「久我くんも思春期の男の子だったかあ」
「否定も肯定もしづらいですね、それ」
嘘かもしれないけど、でも、この嘘は絶対に必要な嘘だから。先輩が卒業するためにも、そして、先輩との関係を壊さないためにも。
まあ、雰囲気にあてられただけの勘違いかもしれないし、それならそれでいい。
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