第2話 ファミレスとシェアと「友達」
映画はすごく面白かった。上映時間は100分ちょっとだったのに、作品に没頭していたせいか、1時間くらいしか経っていないかのような気分だ。もちろん、ベタなラブコメにありがちな、上映中のイチャイチャとかハプニングなんてものはなかった。当たり前だが、面白い作品より優先するべきものなど存在しない。
「いやあ、観てよかったです。実写の映画を観るのに慣れてなかったんですけど、そういうのが気にならないくらい集中しちゃいました」
「ええ。構成もしっかりしていたし、謎も魅力的、推理も意外ながら誤魔化しがなくて申し分なかったわ」
僕はあまりミステリを嗜まないから細かいところはよくわからないけど、ミステリが好きな先輩の眼鏡に適ったらしい。
「それで、これからどうします? そろそろ1時ですし、昼ご飯にした方がいいと思うんですけど」
「確かにそうね。映画の話なら食べながらでもできるものね」
「ですね。ところで、昨日相談した通り本当にファミレスでいいんですか?」
「ええ。大学生ならともかく、高校生の経済力を考えればデートでファミレスというのは別におかしくないと思うわ」
「その、実習としてどうか以前に、先輩が楽しいかが問題だと思うんですよ。僕は全然ファミレスでもいいんですけど」
「そういうことなら心配しなくてもいいわ。以前に何度か行ったことがあるけれど、この時間なら空いていて長居できるでしょうし、映画の後ならちょうどいいんじゃないかしら」
「まあ、確かにそうですね。僕も映画観ながら頭使ってちょっと疲れましたし、ゆっくりしましょうか」
そういうわけで、僕と先輩は貧乏学生の味方、安くて美味しいイタリアンのチェーン店にやってきた。案内されたのは2人用のテーブル席で、必然的に先輩と向かい合うことになる。とはいえ、今朝みたいな挙動不審はさすがに繰り返さない。いくらなんでも、私服の先輩にはもう慣れた。ちょっとドキドキはするけど、顔を見られる程度には大丈夫だ。
「先輩、何頼みます?」
「そうね……。なんとなくピザが食べたい気分なのだけど、1枚食べるとさすがに多すぎる気もするわね。ピザはやめにしようかしら」
「じゃあ、1枚頼んで半分ずつ分けましょうか? 僕もちょうど食べたかったんで」
「……半分ずつなんて、そういえばそんな裏技があったわね。完全に忘れていたわ」
……なんか、氷川先輩をいろいろ連れ回したがる御園先輩の気持ちがちょっと分かってきた気がする。何もかも1人でやるのが当たり前になっていて、「誰かに頼る」という選択肢がなさそうなんだよね、氷川先輩。まあ、500円くらいのピザごときで頼るだの頼らないだのなんて大袈裟だけど。
「や、みんなやってると思いますよ、友達で料理を分けるのは」
「……それは、久我くんが私のことを友達だと認識しているということ?」
「あ、友達ってのは言葉の綾で……。あ、でも友達とは思ってます。いや、友達というのはちょっと馴れ馴れしすぎたかもしれません」
「ああ、いえ、そういうわけではないの。まさか、友達だと認識してくれているとは思わなかったというだけで」
「僕だって、ちょっと変かもしれないとは思ってます。先輩と出会ってから、まだ1ヶ月も経ってないですし。でも、人間関係って時間だけじゃないと思うんです」
「それは確かにそうかもしれないわね」
結局、先輩はミートパスタを、僕はドリアとチキンソテーを頼むことにした。そして、マルゲリータピザは半分ずつ。
呼び出しボタンを押すと、店員さんがすぐに注文を取りに来た。
「ご注文ですか?」
「はい。ええと、ミートパスタとドリア、チキンソテー……あとマルゲリータをお願いします」
来た店員さんに注文の内容を伝える。そういえば飲み物をどうするか決めていなかった。
「先輩、飲み物はどうしますか? ドリンクバーでもいいですけど」
「ドリンクバー……? ああ、そういえば以前来たときに
「じゃあドリンクバー2つで」
「ミートパスタとドリア、チキンソテー、マルゲリータ、ドリンクバー2つ。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
店員さんがキッチンの方に引っ込むのを見届けて、僕は視線を前に戻した。相変わらず、めちゃくちゃ服が似合ってるなあ、先輩。
「久我くんは、こういったファミレスにはよく来るの?」
「頻繁にというわけではないですけど、それなりに行きますよ。そういう先輩はどうなんですか? ファミレスに限らず、ハンバーガーとかでもいいですけど」
「自分からはほとんど外食しないけれど、地歴部の人に誘われて行ったことはあるわね。文化祭後の打ち上げとか、先輩の追い出し会とか、単に蒔菜さんに誘われたときとか」
「そうなんですね。……あ、ドリンクバー取ってきますけど、先輩は何がいいですか?」
「……そもそも、何があるか私は知らないのだけど。久我くんは?」
「僕はメロンソーダですかね」
「だったら、私が取ってくるわ。それでいいでしょう?」
「えっと、じゃあお願いします」
先輩は飲み物ゾーンに向かってスタスタ歩いて行った。こっちが座っているから余計に身長差を強く感じるのかもしれないが、背の高い先輩がちょっと羨ましい。
先輩がドリンクバーから帰ってきたとき、左手には僕のメロンソーダを、右手には先輩の分であろうオレンジジュースを持っていた。
「メロンソーダで合ってたわよね?」
「そうです、ありがとうございます。先輩はオレンジジュースですか」
「ええ」
それっきり、しばらく会話が途切れた。普段なら沈黙も別に気にしないけど、今日はせっかく映画を観てきたんだし、内容とかについて話したいことがたくさんある。
「映画、面白かったですね」
「ええ。『当たり』だったわね」
「ちょっとした謎が1つ解けたと思ったら次の謎が出てきて、順番に解いていったら一番大きな謎が現れる展開がすごいなって思いましたね。日常シーンのちょっとした謎解きだったはずなのに、いつの間にか引きこまれてて……」
「メインの謎の解決も鮮やかだったわね。特に、トリックに使われた2つの仕掛けはそれぞれ前半に出ていたのに、その2つを組み合わせるなんて全く思いつかなかったわ」
「あー、言われてみれば、あそこもすごかったですね」
「コロンブスの卵ね。言われてみれば当たり前なのに、なんで気付かなかったのかしら……。悔しいわね」
感情表現が乏しい先輩にしては珍しく、先輩が本当に悔しそうな表情をしていた。あの先輩の表情をここまで変えるとは、恐るべし、ミステリー映画。
……先輩がちょっと可愛いとか、大人っぽい普段とのギャップがすごいとか、そういうことは思ってない。いや、思っちゃったけど、先輩が僕に「可愛い」なんて言われて喜ぶとも思えないし、この気持ちはバレないように心の奥底にしまっておく。
「先輩はちゃんと考えながら観るタイプなんですね。僕は頭を使わずぼんやり観てただけなんですけど」
「私に限らず、ミステリのファンはだいたい多少考えながら観たり読んだりするものじゃないかしら。まあ、だいたいの作品は自力だと半分くらいしか分からないけれど」
そうやって映画の話をしていると、料理がやってきた。
「ピザ、私が切っていいかしら。一度やってみたかったのよね」
「ええ、どうぞ」
微妙に不慣れな様子でピザカッターを使う先輩。確かに、ピザを食べるときは誰かが初めに切ってしまうし、自分でやる機会はそう多くない。
「中心から少しずれてしまったわね」
切れたピザを見ながら、先輩が呟く。
「まあ、こういうのは慣れですよ、慣れ。別に、ちょっと形がずれたからって味は変わりませんし」
ピザを1切れ取って口に運ぶ。順当に美味しい。
「まあ、普通に美味しいわね」
ピザを食べた先輩が言う。まあ、良くも悪くもチェーンのファミレスだし、それ以上の感想をつけるのは難しいわけで。
「この店に来るときはいつもドリアを頼むんですけど、定番なだけあって美味しいですね」
僕はドリアを食べながらそう言った。
「それ、定番だったのね。だったら次に来たときに頼もうかしら」
「……こっち側はまだ口をつけてませんし、ちょっと分けましょうか?」
「あ、いえ、口をつけたかどうかは気にしないけれど、さすがにもらうのは悪いわ」
間接キスは僕が気にする。本当に。僕だけ気にしてるというのも馬鹿馬鹿しいけど。
「一方的なのが嫌ということなら、交換という手もありますけど」
「……じゃあ、そうしましょうか。私もパスタには手をつけていなかったから、ちょうどいいわね」
先輩はまだ使っていなかったスプーンでドリアを少し取り分け、そのままパスタの皿の上に乗せた。そして、今度はスプーンとフォークでパスタを少し取る。
「量はこれくらいでいいかしら」
「あ、いいと思います」
「ええと、どこに置けば?」
「ドリアの上でいいです。僕も混ざるの気にしないタイプなんで」
先輩は分けたパスタを僕のドリアの上に置いた。
「確かに美味しいわね。定番ということならまた頼もうかしら。次があるかは知らないけれど」
ドリアを味見しながら、先輩が言う。
「別に、ファミレスくらい何度でも行けますよ。1人じゃなくても、誰か誘ってもいいですし。それこそ御園先輩とか、あと僕だって喜んでお供しますよ」
「まあ、それはそうね」
なんというか、こういうのってすごく友達っぽいな。まあ、まさか高校に入ってクラスメイトより先に、しかも2つ上の先輩とこういう関係になるとは思ってなかったけど。
ひょっとすると、自分で気付かないうちに雰囲気に飲まれていたのかもしれない。いくら実習だから他意がないとはいえ、やってることは完全にデートみたいなもんで。恋愛感情云々はさておくとしても、実際楽しいし、今まで体験したことのないような高揚感を覚えているのは否定できなかった。あと、かなり下世話な話だけど、先輩めちゃくちゃ美人だし。
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