第7話「転勤?」

 アタシが1人で勝手に、初恋相手の上井先輩にブルマ姿を見られるのが恥ずかしい!って叫んでた体育祭も無事に終わって、吹奏楽部は春先の基礎練習ばかりの時期が懐かしいってほど、予定がいろいろある季節になったの。

 結局センパイはアタシのブルマ姿なんかなんとも思ってなかったみたいで、それはそれでちょっとショック…。


 吹奏楽はこれから10月には体育の日に地域イベントで演奏でしょ、11月は中国地方吹奏楽まつりってのがあって、その後すぐに文化祭があって…。


 アタシも最初はサックスに行きたかったけど、今はホルンで良かったかな?って思うんだ。

 先輩方も優しいし、なんていうんだろ、ホルンの形がアタシに合ってるような気がするの。


 それに同じパートだとどうしても意識しちゃうし、結構上井先輩はみんなの前では明るく楽しく振る舞ってるけど、たまに帰り道で1人の所を見掛けたりしたら、凄く悩んでて、溜息とか付いてるんだ…。


 今日も帰り道の途中で上井先輩が足取り重く歩いてるのを見付けちゃって、その後ろをゆっくりと追い抜かないように、気付かれないように歩きながら、先輩について色々考えちゃった。


 3年生だから、先輩自身の進路のこともあると思うけど、きっと部活の運営で抱えてる悩みもあると思うの。


 だってね、先輩が練習してる時に、他の3年生の女子の先輩に呼び出されて、イチイチ何か注文付けられてるんだよ。


 3年生は引退まであと1ヶ月と少ししかないのに、上井先輩を困らせたり、意地悪する先輩は大嫌い!


 あともしかしたら、神戸先輩とのお付き合いでも悩んでるのかも。


 だってね、同じクラスらしいから、クラスでは喋ってるのかもしれないけど、部活中は全然喋らないんだよ。


 部活中に喋ってるのを見たのは、夏休みだけ。本当に付き合ってんのかなぁ?


 体育祭の時も、全然会話してるのを見掛けなかったし。


 きっと先輩、色んなことを抱えて悩んでるんだろうなぁ。


 先輩、アタシが彼女だったら元気出して上げられる自信があるよ!

 でも今は彼女じゃないから応援しか出来ないけど、最後まで頑張ってね!


 そう思いながら、先輩が隣の社宅に入るのを見てから、アタシは自分の社宅に帰ったの。


「ただいま~」


「あっ、朋ちゃん、おかえりなさい」


「うん、今日もご飯の前にお風呂入っていい?」


「あのね朋ちゃん、今日はお風呂の前に、大切な話があるの。ちょっと聞いてくれる?」


「えっ?何、大切な話って…」


 アタシはとりあえずカバンとか自分の部屋に置いて、着替えもせずにお母さんの前に座ったの。


「ごめんね、朋ちゃん、焦らせて」


「ううん、大丈夫。それより、お風呂より先に聞かなきゃいけない話って、何?」


「……朋ちゃん、残念だと思うし、お母さんも残念なんだけど、来年、引っ越さなきゃいけなくなったの」


 アタシは一瞬、頭の中が真っ白になった。


 引っ越し?ここからどっかへ、引っ越すの?


「えっ、どこ、どこへ引っ越すの?」


「……豊橋って所。愛知県の」


「えーっ!」


 アタシ、言葉が出なくなっちゃった。


 なんで、なんで豊橋へ引っ越さなきゃいけないの?


 吹奏楽も頑張って、ホルンも上手くなってきたって、先生にも上井先輩にも褒められたのに…。


 何より、上井先輩と会えなくなっちゃう、そんなの嫌だ!


 アタシは涙が溢れて、悲しくて、悔しくて…。


 しばらくアタシがグズグズ泣いてるだけの無言の時間があったんだけど、お母さんが重い口を開いたの。


「…朋ちゃん、お母さんも苦しいの。朋ちゃんの気持ちを知ってるから。でもお父さんが転勤なの。今まで係長だったのが、課長に昇進しての転勤。栄転っていうのよ。だから、断れないの。お父さんも悩んでたのよ。絶対断れないかというと、断る選択肢も無い訳じゃないけど、そんなことしたら、定年まで昇進させてもらえなくなっちゃうんだって」


「……う、ん。…引っ越すとしたら、いつなの?」


 アタシは、引っ越しがどうにもならないのなら、時期の調整くらいは出来るんじゃないかと思って、聞いた。


「お父さんが会社から最初に言われたのは、本当は、年明けすぐにって話なの。でもお父さんは会社と交渉して、せめて4月からにしてもらえないかって言ってるんだって。勿論、朋ちゃんのことを考えてるからよ。だから朋ちゃん、お父さんを責めたりしないでね」


「分かってる。分かってるけど…アタシ…やっぱり上井先輩が好き。離れたくないよ。お母さんっ!」


 アタシは泣きながら、お母さんに抱き付いちゃった。

 お母さんも涙ぐみながら、アタシを受け止めてくれた。


「朋ちゃん、上井くんに彼女さんがいても出来ることがあるよって、お母さん、前に言ったよね」


「…うん」


「今こそ、その時のお母さんの言葉を思い出して、頑張って上井くんの記憶に残る女の子になりなさい。もし付き合えなくても、上井くんがずーっとこれから先も、朋ちゃんのことを覚えててくれたら、朋ちゃんの勝ちなのよ。上井くんも、今の彼女さんとずっと付き合うかもしれないけど、別れることだって大いにあり得るでしょ?そんな時、上井くんが朋ちゃんのことを思い出してくれるくらい、上井くんの心に朋ちゃんを刻めれば、素敵じゃない」


「…うん」


「それに外国に行く訳じゃないんだから、お手紙とか書いて、文通とかすれば?」


「…うん」


「ね、引っ越す前に、出来ることは何でもやっていこうね。お母さんは朋ちゃんの味方だからね!」


「…うん、お母さん、ありがとう。アタシ、めげずに残された期間、前向きに頑張るっ!少しでも上井先輩の心に、アタシの存在を刻んでみせる!」


 アタシは、突然引っ越しの話をされてビックリしたけど、きっとお父さんとお母さんは、いつアタシに言おうか、迷ってたんだと思うの。


 お父さんも引っ越す時期について交渉してくれてるっていうし、何とかアタシの元気パワーで無理やり前向きになって、引っ越しまでの毎日を思い出深いものにするんだ!


 <次回へ続く>

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