第2話
目が覚めると、ベッドの上にいた。
意識を失い病院に搬送されたのかと思ったが、それにしては病院特有の消毒された鼻につく嫌な臭いがしなかった。むしろ良い香りが漂ってくる。ここはどこなんだと身体を起こすと異様な光景が広がっていた。見たことのない広さの部屋が眼前にあった。思わず息を飲むような広さに俺はどこに連れてこられたのかと考える。悪さはかなりしたが、こんな変に綺麗な部屋に連れてこられるような謂れはなかったはずだ。内心跳ねる心臓にビビりつつ身体の向きを変えようとした時にベッドのシーツが気になった、手触りのいいシーツだった。シーツなんて今まで黄ばみまみれの汚いボロボロのものを何年も使用してきたはずなのにこのシーツにはそんなこと一切なくさらさらのふかふかでいつまでも触っていたくなるようだった。
何もかも可笑しなことに俺はこれが夢であるんだと思った。何せ俺がここにいるには幾分にも不相応で歪だった。溝鼠は溝で暮らすのが相応しいのだ。だが今日はまだ眠って夢の中にいようと思う。
そうして寝直そうとした俺の部屋のだ扉がノックされた。
「お嬢様」
意味のわからない言葉が聞こえてきた。聞き間違えだろうかと眠ろうとしたがまた同じ単語が聞こえてきた。
もしや別の奴と部屋を間違えているんだろうか、それとも俺の他に誰か存在するのか、もしかして俺は侵入者でこの部屋の持ち主は別に居て俺が我が物顔でこのベッドを占領している可能性の方が高い。となると俺は不法侵入の犯罪者だ、陽は高いようだがノックしてくる奴に捕まるのは面倒だ。
俺はベッドから起き上がり、カーテンの閉まった大きな窓の前に移動する。
が、女も入ってきた。
「お嬢様、起きていらしたのならそうおっしゃって…お嬢様?」
俺の目の前に立ち、俺に向かってお嬢様と言い放つこの女は頭がおかしいのではないだろうか。
年齢18歳で平均的な細身長身の俺に対して俺のどこをどう見たらお嬢様などという単語が出てくるんだ。
しかし、女の視線は依然俺から離れることなくむしろ心配したように俺に近づいてくる。妙に女の背が高いように感じることを不気味に思い、尚且つ見知らぬ女ということで警戒体制を解かない俺の目の前でしゃがんだ。
「お嬢様、今日は随分と様子がおかしいですが、この間の事故の夢でも見られましたか。」
事故。
そう、俺は事故を目撃した。だが、目撃しただけで加害者でも被害者でもないただの第三者だ。それがなぜ夢となる。
「さっきから何を訳の分からないことを言っている、妙な格好をしているがお前は警察か?違うだろ、妙な場所に連れ込んで何が目的だ!」
「…よくは分かりませんが、ここはお嬢様のお屋敷でお嬢様の自室なのですからお嬢様がいらっしゃることになんの問題はないのですが。」
「そのっ!お嬢様とはなんだ!俺はれっきとした男だぞ!!お嬢様などと言われる生まれも育ちも身なりもしていない!頭が沸いているのか、お前!!」
大声で怒鳴る俺に目を見開いて驚く女。しかし、俺もあまりの声の高さに驚いてもいた。今まで聞いたことのない声はどこから発せられているのだろうか。声変わりなど等に過ぎていたはずだった。
俺は視界がゆっくりと下に下がる。見慣れない手があった。小さな手だ。子供のような小さい手をグー、パーをして感覚を確かめる。動いている。金縛りにでもあった後のような緩慢な動きを繰り返す。俺の思うように手は開いて閉じてを繰り返しこれが自らの手であることを主張する。それが恐ろしかった。震え出す手を握りしめ嘘を探すように他を見る。見慣れない服装。思えば病院服というには丈が長く女物。
ないのだ。
今まであることが当たり前となって意識しなかったそれがなかった。
俺は鏡へと走った。女の静止する声とあの単語が聞こえたが、そんなものはどうでもいい問題だった。鏡前に立つと全身が写し出された。背の低い腰まである紺色に輝く髪に金色の瞳。美しさを支配しているかのような美貌が眼前にあった。これでもかというように見開いた瞳で鏡に張り付いて眺める。
そうだ、とこんなことをしている場合ではないと、ワンピースのような服を脱ぎ捨て、パンツを捲る。
なかったのだ。
「ふざけんなよ!!!」
俺は鏡を殴った。割れた硝子が拳に刺さる。そんなことなど気にせずにもう二発三発と殴ろうとする手は女に捕まり女は俺を床に押さえつけた。振り解こうともがき暴れ、女を殴ろうと暴れた。そうこうしている内に俺が上げた声と女が助けを呼ぶ声を聞きつけ何人もの人間が扉を開けて入り込んできた。そして何かの衝撃と共に俺の意識はまたどこかに消えていった。
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