3 - 叫び
翌日、三時限目の体育の授業で、芽衣咲と春香は芝生のグラウンドにいた。
勉強ばかりしていると、身体を動かす時間は貴重だと実感する。部活動をしていない芽衣咲と春香にとって、体育は脳内のリフレッシュができるものだった。
「きゃー!」
男子生徒がサッカーをしている姿を見て、女子生徒が黄色い声援を送っている。その視線の先にいるのは、三浦玲央だ。
彼はバスケットボールの次期エース候補であり、高身長、イケメンと恵まれたステータスを持つ。
そのそばで玲央と話しているのは瀧本天。彼は中世的な顔をしており、アイドルのような存在だ。
女子生徒の好みは二極化し、運動ができ、明るい玲央か、成績優秀で優しい天か、という論争が起こる。
体育の授業は他クラスと合同で行い、彼らのいるクラスと芽衣咲と春香のいるクラスは同じ時間に体育の時間割になっている。
「相変わらずモテモテだね」
「三浦くんと瀧本くんはあまり女性に興味なさそうだけど」
「あのふたりはバスケに熱中してるからね。芽衣咲はどっち派?」
「私はどっちも違う」
恋愛の話を持ち出してくる春香は、なぜか彼らに興味はないようだ。
芽衣咲と春香は昨年彼らと同じクラスだった。仲が良かったわけでなく、クラスメイトとして話したことがあるくらいの関係だ。
玲央はバスケットボール以外のスポーツでも持ち前の能力を発揮し、振り抜いた右足は勢いよくボールを放ち、ゴールネットに突き刺さる。
女子から歓声があがり、玲央は手を振り、天はその姿を呆れ気味の笑顔で見ていた。
「よし、交替。次は女子だ」
体育教師の指示で、男子生徒はフィールドを離れ、女子生徒がそれぞれのポジションにつく。
芽衣咲は運動が得意であり、常にフォワードを任され、春香は無難な場所を好むことから、ゴールの近くで試合を見る。
「おい! あれ!」
教師が試合開始の笛を吹こうとしたとき、玲央の大声が響いた。
彼が指差すのは校舎の屋上、その先に、ひとりの女子生徒が立っていた。
彼女はどうしてあの場所にいるのか、その答えはすぐにわかった。彼女は躊躇うことなく、屋上の柵を乗り越え、端に立つ。
「おい、やめろ! 早まるな!」
教師が駆け足で校舎に向かい、彼女が立つ場所の真下で両手を広げて彼女を止めようとする。
玲央と天はその光景を唖然と見つめる。人間は本当に混乱しているとき、身体が金縛りにあったように動かなくなる。
騒ぎを聞きつけ、教室で授業を受けている生徒や教師たちも窓から顔を出して状況を確認しようとしている。
「あれ、関口じゃねえか?」
「だよね。そういや、授業が始まった頃にはいたはずなのに・・・」
玲央は、屋上に立つ生徒がクラスメイトの
いなくなっていたことすら、誰も気が付かなかった。
彼女は一歩、足を踏み出す。支えを失った身体は、重力に任せて加速を始めた。
ほんの数秒の出来事だった。身体は地面に衝突し、鈍い音がなる。
地面に激突した彼女は動かなくなった。
グラウンドでは大きな悲鳴が響き渡り、教室からその様子を観察していた生徒たちはパニックに包まれる。
「そんな・・・綾華」
春香は脚の力を失い、芝生の上に膝をついた。
どうして? そこまで追い詰められながら、何も言ってくれなかったの? 私を頼ってくれなかったの?
後悔が波となって押し寄せる。
「春香、しっかりして」
芽衣咲が春香の肩を揺するが、彼女はただ、動かなくなった身体を見て口を開けているだけだった。
「救急車! 早く!」
校舎から飛び出してきた教師はスマホで救急要請をする。同時に、警察に通報された。
春香はグラウンドの隅にあるベンチに腰を下ろし、俯いた。
芽衣咲は隣で友人の肩を抱いて励ますが、芽衣咲は飛び降りた綾華と面識がない。
「大丈夫か? これ、飲めよ」
通りがかった玲央がドリンクを持ってきた。
「ありがとう」
言葉が出ない春香の代わりに芽衣咲が礼を伝えて、春香にドリンクを渡す。
「綾華とは中学で仲が良かったの。高校生になって、私は芽衣咲と仲良くなって、綾華と話すことはほとんどなくなった。どうして私のことを頼ってくれなかったんだろう・・・」
「それは岸さんのせいじゃないよ。どれだけ仲が良かったとしても、相手のことはすべてわからない。時間が経って距離が離れたのなら、余計にね」
天は冷静に春香を励ますが、単なる励ましではなく、説得力のある事実を話している。
学生時代は次々と新たな出会いがある。その中で、かつて仲が良かった友人に新たな交友関係ができ、疎遠になることもある。
「病院にお見舞いに行きたい。芽衣咲、ついてきてくれる?」
「もちろん、放課後に行こう」
綾華が無事に助かるかはまだわからないが、きっと命が助かると信じて、芽衣咲は春香と約束した。
「じゃあ、俺ら行くわ。元気出せよ」
「うん、ありがと」
玲央は天とその場を去る。
先ほど救急車は綾華を乗せて病院に出発した。
聞こえてきたパトカーのサイレンの音は次第に大きくなり、すぐ近くで止む。
有名な進学校で起こった生徒の自殺は、マスコミに報道されることになるだろう。
その裏側に何があったのか、真実が明らかになることを祈る春香であった。
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