1 - 青い春

 「どうだった? 模試」


 「んー、やっぱり数学がなー」



 ふたりの女子高生が都内のファストフード店に入る。



 四月末、新学年に進級したふたりは、第一回の模試を終えて息抜きのために食事を取りながら話そうとここにやってきた。


 制服はネイビーのブレザーで、白シャツに赤いネクタイ、グレーのスカートを身に付けている。


 この制服を見れば、すぐにどの高校の生徒かがわかるほどに、都内では有名な進学校のものだった。


 明秀めいしゅう大学附属高校。偏差値七〇を誇る国内でも有名な高校で、入学する生徒の大半は明秀大学への進学を希望する。その大学は国内の私立大学の中で、日本では片手で数えられるほどの学力で知られている。



 清水しみず芽衣咲めいさは高校二年生になったばかりで、毎日膨大な量の課題と自主学習に追われる高校生。


 まだ一六歳という年齢ながら容姿は大人びており、プライベートで私服を着ていると二〇代の社会人に間違われることが多々ある。


 それが嫌で、髪をショートに変えてみたが、結局ショートカットも似合う美人なお姉さんという評価に変わっただけだった。


 美人と評価されることが気に入らないわけではないが、そこは可愛いと言ってほしい年頃であった。


 決して老けているわけではなく、大人の魅力を持っているということだが、七歳も離れた姉といると、姉のほうか妹だと間違われることもよくある。


 二三歳の姉は、芽衣咲よりも背が低いこともあって、余計に幼く見られる。


 姉は社会人二年目で東都新陽銀行に勤める銀行員だ。実家は名古屋にあるが、芽衣咲が上京するとわかると、自らも近くで働くと都内の支店を希望し、結果同居することになった。


 姉の気持ちはありがたいが、少し心配症で過保護なところがある。



 一緒にいる少女はきし春香はるか。彼女は芽衣咲と同じ高校のクラスメイトで、入学して最初にできた友達のひとりだ。


 幸いにも彼女とは進級しても同じクラスになった。


 肩まで伸ばしたミディアムヘアに、年相応の可愛らしい顔立ちをしている。


 彼女は常に明るく、万人に好かれる性格をしているが、昨年ある事件に巻き込まれて重傷を負った。


 その際、学校に通えない期間の授業内容や課題を毎日病院に通って彼女に説明したことで、彼女との絆はさらに強くなり、彼女の両親からも気に入られるようになった。


 日曜日のファストフード店は人が多く、ふたりはレジで注文を済ませると、席まで商品を持ってきてくれるというため、空いているテーブルを見付けて席に座る。



 「芽衣咲はいいよね。頭いいから」


 「そんなことないよ。ついていくのに必死」



 芽衣咲と春香は部活動を行っておらず、その分勉強に割く時間が増えるわけだが、時間があるからといって他人よりできているかというと、決してそういうわけでもない。


 しかし、偏差値の高い進学校に入学した限り、恥ずかしい成績を取るわけにはいかない。すべてのテスト、模試で学年の順位が明らかになり、著しく成績を下げると三者面談で親にそのことが知られてしまう。



 「私たち今年一七だよ。そろそろ恋のひとつくらいしてみたいと思わない?」



 春香は最近よく恋愛の話をする。無論、ふたりに浮ついた話は一切なく、真面目に悲しく勉学に励むだけの日々だ。



 「私はそんなに・・・。別に大学生になってからでもいいかな」


 「美人は余裕だねえ」


 「そんなんじゃないって」



 そういえば、姉の職場の先輩の家に一度食事でお邪魔したとき、その先輩の彼氏と会った。


 モデルのようなイケメンで、高身長、生い立ちが複雑で、仕事をしていないと聞いたが、その分先輩が働いているから良いのだと話していた。


 最近は性別による役割が平等になりつつあり、それぞれの形があって良いと思うのだが、個人的に恋人になる人には働いていてほしい。


 混み合う店内で店員がトレイにのせた商品を持って席まで運んできた。



 「ごゆっくりどうぞ」



 若い男性店員がテーブルに商品を置き、微笑んで立ち去る。



 「今の人、かっこよくなかった?」


 「顔見てないや」


 「なんでよ」


 「なんでって言われてもね」



 芽衣咲は花より団子、美男より美食タイプだ。ファストフードが美食かと訊かれると微妙だが、脂っこいものはどうしてこうも美味しいのだろう。


 太るとわかっていながら、つい食べたくなる。芽衣咲に恋の季節は遠そうだ。


 芽衣咲はハンバーガーにポテト、炭酸飲料のセットを、春香は生地でチキンが巻かれたラップというものと、チキンナゲットにコーヒーを注文した。



 「春香、鶏だらけじゃん」


 「チキンはタンパク質を補給できるの」


 「揚げてるからその分脂も多いけどね」


 「だから、現実を見せないで!」



 逃げてもすぐに捕まるのが現実というものだ。


 恋人がいなくても、親友と何気ない話をしているこの時間が青春と呼べるものであることを、春香は気付いているだろうか。



 「明日からまた一週間学校かー。そもそも日曜日に模試があるのはおかしいよね。会社員なら休日出勤だよ。それなら、月曜日休みしてほしい」



 春香は口の中のものを飲み込むと、一息に愚痴を吐き出す。



 「部活やってる人は毎週休日出勤してるんだから、文句言わないの」


 「部活は個人の自由じゃん。模試は必須だから全然違うんだって」


 「将来のためよ。我慢しなさい」


 「えー」



 どれだけ現実を非難しても変わることはない。誰もがそう自覚していながら、何かを言わないと気が済まないのだ。


 食事を終えたふたりは、勉強のことをすべて忘れて語り合った。


 最近よく聴く音楽や、インターネットの動画、面白いドラマの話など、高度な勉強さえ忘れてしまえば、ふたりはどこにでもいる若者と変わりない。



 「そうだ、今夜だよね。あの警察のドラマ」


 「あれ面白いよね。毎週新しい謎を残して終わるから気になって」


 「主役の天羽あまは美奈本当に綺麗だよね。あんな刑事いないでしょ」


 「確かに。天羽美奈になら捕まってもいい」



 ふたりは冗談を言い合って笑う。


 このときだけは、普段の勉強の大変な思いを忘れられる時間だ。


 話が弾んで、気が付けば外は薄暗くなっていた。あまり遅くなると、家族が心配するため、ふたりは食事を終えたゴミを片付け、トレイを積んで店を出た。



 「それじゃ、また明日ね」


 「うん、また明日」



 芽衣咲と春香はこの場所から反対の方向に自宅がある。


 ふたりは世界が完全に暗くなってしまう前に帰宅するため、別々の歩道を歩いた。

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