第10章
時は、何年も前に遡る。
少女は、本当に小さな国の王女だった。国が小さいため力は弱く、金もあまりなかった。ところがある日、その王女と雪国の王子の婚約が決まった。これで2つの国は1つとなり、安定した生活を皆が送れるようになるのだ。国のための結婚だったが、少女は王子にすっかり恋をした。彼もまた、優しい彼女をとても大切にしてくれた。
少女と王子の結婚を発表する晩餐会にはこの世に存在するとは思えないほど美しい姫も来ていた。しかし、あんなに綺麗な女性ではなく、王子の妻は自分なのだと思うと少女は嬉しくなった。
少女、アンは幸せなはずだった。
しかし、アンは聞いてしまったのだ。
「あの、3つ隣の国の姫は元気でしょうか。いつだか見かけたとき、ひどく疲れて見えたので。なんとかしてあげられたら良いのですが……」
愛しい愛しい彼が、3つ先の、あの美しい姫のことを心から心配そうに話している声を。その声は、アンが1度も聞いたことのない優しい色をしていた。少なくとも、アンにはそう聞こえた。
大好きな自分の夫が、他の女を気にしている。
嫉妬でおかしくなったアンは「自分だけを思ってくれない王子」を最良のタイミングで殺した。死ぬ直前まで彼が見ていた女はアンとなった。
そして、自分の大切な王子の気を引いたあの女を、絶対に苦しめてやろうと決めたのだ。
その女ー女王ーは評判が良かった。下手なことをすれば、自分が痛い目にあう。アンはそう思い、計画を作った。
まず、赤ん坊のいる貧しい家から赤ん坊を金と引き換えに貰った。この仕事は変装して行ったため、誰にも気がつかれなかった。それを女王の城の前に置き、彼女が拾うところまでをアンはひっそりと見ていた。頃合いを見て、「何年か1人で頑張っていたが、夫のいないさみしさに負けそうな女」を装って、面倒見の良い女王と親しくなることに成功した。そして、自分が城の前に置いた子を、女王が大切に育てているのを見て満足に思った。その子の実の親は貧しくても器量がかなり良かったため、美しく成長することも計画の内だった。アンはひたすらに女王と仲良くなり、何かあれば自分を頼ることになるように仕向けた。ジェームズの国で、白雪の良い噂も流した。そのためかどうかもわからないが、2人は結婚した。
アンは、女王が美しさへのひどい執着があることになんとなく気づいていた。だから、時々そこを刺激するような発言をし、女王の白雪への思いが完全なる「白」とはならないようにしていた。
ジェームズが姫にプロポーズしたときの女王の顔はとりわけ見事だった。嘲笑いたい思いを抑えることが大変だった。
アンは白雪にも近づいた。王妃としての勉強を教える中で、個人的な会話を多く交わし、友人のような仲になった。彼女等の血が繋がっていないことも、アンがそれとなく言うつもりだった。しかし、白雪が話を盗み聞きしたため、手間が省けて好都合だった。アンは彼女を森の奥へと隠した。
そして1ヶ月後、女王が自分の城へ来ているのを見たアンは急いで倉庫へ行き、あらかじめ作っていた毒りんごを用意した。
アンの狙いは、女王に娘殺しをさせることだった。
アンは、女王が白雪を心から愛しているとわかっていた。だから自発的にそうさせるのは難しい。そこで毒りんごを使うことにしたのだ。愛する娘を自分の手で殺すなど、どれほどの苦痛だろう。きっと自分より苦しむに違いない。そう思うだけで、アンはとても良い気分になった。
この計画が成功しても失敗しても、アンは自害するつもりだった。
しかし、こんなにも上手くいき、あの女はこの世から消えた。私が死ぬ必要はないだろう。
アンは空虚に満たされた心を抱え、雪の国で愉快そうに笑っていた。
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