第8章
女王とほぼ入れ違いで、ジェームズがアンの城へ来た。今はここにいるという白雪に会いに来たのだ。しかし、彼女はそこにいなかった。
「そうね、もうしばらくしたら会えると思うわ。今は大切な時間なのよ」
そう言ったアンの言葉の意味があまり理解できず、ジェームズは首をかしげた。だが人の良い彼は何か理由があるのだろうと思い、そのまま帰ろうとした。
そのとき、
「……雨だ」
雨が少しずつ降り始めた。すぐに本降りになりそうだと思った彼は馬を急がせ、あっという間に自分の国に戻っていった。
灰色の雲が段々と広がっていく。
「……雨だわ」
白雪が言った。彼女は今日来る予定の7人のためにパイを作っていた。このプリンセスの料理の腕は確かで、特にアップルパイは7人の大好物だった。歌を口ずさみながらパイ生地を練っているところ、雨が降り出したことに気がついたのだ。
ここ、アンの国は1年中雪が降るが、ごく稀に雨が降った。そのときは大雨となり、雷が鳴り、ひどい天気となるのだ。しかし、その雨により積もる雪は溶け、国民の貴重な資源となるのだった。
そして、今日はまさにそんな日であった。
それまで降っていた雪はとても静かだったため、白雪は窓を開けていた。しかし、この国での雨は別だ。窓を閉めようとしたそのとき、白雪は森の中に老婆を見つけた。
雨が強くなってきた。
こんな天気の中外にいたら、年寄りなどすぐ病気になってしまう。そう思い、白雪は老婆に声をかけた。
老婆は、少しの間雨宿りをさせてくれないかと頼んだ。この老婆、腰が曲がり、手はごつごつとし、脚も弱そうだった。優しい白雪は嫌な顔ひとつせず、この年寄りを家に入れた。
「パイを作っているのかい?」
キッチンを見た老婆は尋ねた。
「ええ。まだ途中ですけど」
そう答えた白雪は、老婆の持つりんごに気がついた。それらは赤く光り、見るからに美味しそうだった。
「おばあさんは、りんご売りの方ですか?」
「え?あ……ああ、そうだよ」
「美味しそうですね。今アップルパイを作っているんです。よかったらいくつか売っていただけませんか」
白雪が頼んだ。
「もちろんいいさ。可愛らしいお嬢さんだね。1つサービスしてあげよう。私のりんごは特別でね、食べれば願いが叶うのさ」
白雪は見かけに反して粋なおばあさんだと思った。願いの叶うりんごなどあるわけもないが、本当に美味しそうなりんごだったので、1つ貰うことにした。
「ほら、1口かじってごらん」
空がうなり始める。
勧められるままに、白雪はりんごを口元に持っていった。
そして、1口かじり、かみ、のみこんだ。
稲妻が走った。どこかに雷が落ちる。
白雪の体は美しい弧を描き、倒れた。手元からりんごが転がる。
「白雪!」
老婆はそう言うと、曲がっていたはずの腰をしゃんと伸ばし、美しい姫を見下ろした。老婆の変装を取り、そこからは女王の姿が現れた。
女王は狂ったように笑いながらその場を去っていく。
そのほんの数分後、7人がやって来た。彼等は白雪を見て驚き、悲しむ間もなく森中を探した。大切な友人を殺したやつを探した。
天気はさらに悪くなっていく。ハゲワシは、気味の悪い薄笑いを浮かべた。
とうとう、7人は見つけた。
「お前が殺したのか!!」
追い詰めた先は崖だった。すると女王が1言も発さない内に、足元に雷が落ちた。崖が崩れ、女王は底見えぬ谷へ沈んでいった。
かつてあんなにも美しく、誰をも魅了したその人の影はまるでなく、岩に潰されたこの世の何より醜い肉の塊がそこにあった。
2羽のハゲワシは約束された獲物へと飛んでいく。
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