第5章
成人式は異様なほど盛り上がっていた。麗しき姫の成人と、さらに婚約まで合わさったのだ。静粛に行うほうが難しい。
女王の周りにもアンをはじめ、多くの姫が集まっていた。皆祝いの気持ちでいっぱいだった。ジェームズの国よりさらに西ある、気取った国の大臣が言った。
「女王様、彼等の即位はいつになるのでしょう?楽しみですな」
これをきっかけに、女王が一言も言わないまま、即位するという雰囲気が広まった。もちろん、今の今まで誰も、姫がこんなにもすぐ婚約するとは思わなかったので、白雪は「国を治める者」としての知識を十分に持っていなかった。ジェームズも然りだ。
つまり、最短でも彼等の結婚、即位には準備が2年ほどかかるはずで、さらにそれを、今まさにこの国を支えている女王の前で嬉々として話すなどというのは無礼だ。しかし、皆喜びでそんなことには気がついていなかったのだ。
この状況に眉をひそめたり、手放しで喜ぶだけではなかった人は女王の見たところ南の国の聡明な王妃とアンだけだった。
「美しい姫が王妃となれば、この国はますます豊かになりそうですね」
「女王様ももうお若くはないし、あんなにも可愛らしい方なら安心でしょう」
こんな会話が女王の耳に入ってきた。
それは数ヶ月前から女王が抱えてきた暗い部分を、確実に刺激した。いや、刺激どころではなく、一突きで体中に闇を巡らせた。もしもそのとき女王の表情を見た者がいたら、そのあまりの剣幕に思わず後退りしただろう。だが幸いなことに、そのときは誰も彼女を見ていなかったようだ。
白雪はこの場の誰よりも幸福な気持ちで座っていた。姫は自分の目が確かだという自信があった。
ジェームズは上流貴族であるため、身分の差の問題はなかった。彼の人を惹き付ける力は国を動かすときに必ず重要になる。そもそも彼の国自体評判が良いため、ここの国民は少し先の未来で彼が王になっても、あたたかく受け入れてくれるだろう。
白雪も1人の人間だ。愛のない結婚は望んでいなかった。しかし、彼女は自分が感情だけで何もかも決められる立場ではないとよくわかっていた。だから、彼を「ジェームズ」という人物として好ましく思う反面、「王」という立場になれる人間かどうかを見定めていたのだ。白雪は同じ年頃の娘たちよりずっと賢い。どこからどう見ても、成人したばかりの幸せそうなプリンセスのようにとれる笑顔の下で、恐ろしいほど冷静に思考を巡らせていたのだ。もちろん、彼女が幸せであったことは確かだが。
興奮冷めぬまま、それぞれがそれぞれの思いを抱え、成人式は終わった。
女王は気高い微笑みを浮かべることに必死だった。最後の1人の客が帰り、完全に昨日と
同じ城になってやっと、女王は自分の部屋へ戻った。部屋に行くと、嫌でも鏡が目に入る。
自分の姿が目に入る。
人々の話が思い出される。白雪を褒める声。即位を望む声。その中に、白雪にしても国にしても、元を作った女王を少しでも評価する声はあっただろうか。
目に見えることしか、見ようとしないのか。
1歩ずつ鏡に近づく。
美しさで、すべて簡単に変わってしまう。人は、こうも残酷だったのか。いや、とっくに知っていたはずなのだ。忘れかけていただけ。
姫と女王。美しい白雪と年をとった私。
姫と女王。美しい白雪と年をとった私。
少しずつ口を開く。
「鏡よ鏡」
答えない。
「鏡よ鏡」
答えない。
「鏡よ鏡!」
「何でしょう、女王様」
答えた。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「私にできることは、伝えることのみ……」
鏡は、最早変えようのない真実を映した。女王の問いに正しく答えた。ただ、正しく。
女王は一瞬目を閉じ、また開けた。
「美しさ」は過去形に変わってしまう。今この瞬間にも一方は美しく、一方は年をとっていくのだ。
目を開いた女王の顔は、まるで別人だった。
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