第4章

 「ねえ、私、幸せよね?」

女王がばあやに尋ねた。

「もちろん、そうだと思いますよ。あなたは誰からも愛されるお方ですし、姫様は本当に良い子に育ちました。どうしたのです?」

「……聞いてみただけよ」

 確かに、女王は幸せそのもののはずだった。彼女を羨む人は大勢いるだろう。ではなぜ、こうも満足できないのだろう。できなくなってしまったのだろう。


 女王が灰色を抱えたまま、姫の成人式の日となった。数十年前、女王がすべての人から愛されるようになったきっかけの日だ。

 近くの国からも遠くの国からも王家の人がやって来た。また、世にも美しいと噂の白雪をひと目見ようと、様々な人が城に集まった。

 その日、白雪は実に美しかった。黒く長い髪は後ろでまとめ、顔立ちの良さが際立った。

 後にこの日の姫を、「ただ1つの光、ポラリス」と表した詩人もいたという。


 女王は自分が成人式の際に着けた冠を譲ろうと思い白雪の部屋に行った。白雪を見て、その美しさに女王は思わず息を呑んだ。

 自分の娘は、これほどまでに……。


 さあ、成人式が始まる。

 集まった人々は口々に姫を褒め称えた。姫は謙虚で、変に気取らず、親しみやすい女性だった。それらは全て、女王が彼女に仕込んだものだ。

 女王は頭の良い人だった。経験とその豊かな知識から、民衆の心を知っているのだ。国とは人であることを理解していたし、皆からの信頼が何より重要だとよくわかっていた。だからこそ、この国は平和で問題もほとんどなくいられている。


 姫を見て、すぐに心を奪われてしまった若い男は大勢いた。実は女王の成人式でもそのような男は多くいたのだが、女王から発せられる神秘的で気高い、圧倒的な美しさを前に、声をかけるまでに至る男はいなかったのだ。女王の若き頃、彼女は自分が思っていたよりずっと美しかった。

 それとは違い、白雪は「今にも降りそうな星空」というべきか、とにかく女王のときよりは身にまとう雰囲気がやわらかかった。そのため、姫に話しかけられるような身分ー王子や貴族などーの男は、多くが姫に言い寄っていた。

 しかし、白雪はあの女王の娘だ。彼女もまた、女王のように彼等の真意を見抜いていた。

「もし私が狒々みたいなお顔なら、誰も声をかけないでしょうね」

そう言ってやりたい思いを抑えて、一人一人、言い寄る男に丁寧な対応をすることは実に退屈だった。

 ただ、白雪は知らなかった。本当に誰も自分に声をかけなくなったら、どれほど寂しいか。そして、母である女王の過去。

 それでも、2人はよく似ていた。だから、成人式の宴の中、窓のあたりで1人静かにワインを飲むある男に白雪が惹かれたのも当然だろう。


 女王は姫に視線の先にいたその男を見て心底驚いた。彼女の初恋の王子にどことなく似ていたからだ。もちろん、王子とアンの間に子供はいなかったから、彼の血を引くわけではないはずだ。実際、よく見たら大して似てもいないのだが、他の人とは少し違う、優しい独特な雰囲気がそう見せたのだろう。

 気がつけば白雪と男の視線は絡まり、2人は昔からの仲のように話し始めた。


 彼は少し西にある、ワインと全員の人柄の良さで有名な国の上流貴族で、名をジェームズといった。この男、なかなかの好青年で、最初のうちは「姫と話している奴」と嫉妬の対象だったが、段々と人々に溶け込み、宴の半ばにはほとんどの人が彼を好きになっていた。気難しいと言われる北の国の年をとった王さえ、彼とは大笑いしながら会話していた。

 白雪のジェームズを見る目は間違いなく恋をした乙女であり、それが一層姫を美しく見せた。輝く笑顔をジェームズに向ける白雪を、女王はなんとも言えぬ気持ちで見つめていた。


 「ジェームズよ、この美しい姫にさっさと申し込まんと、先を越されてしまうぞ」

先程の北の王が愉快そうに言った。彼はこの後のダンスについて言ったのだが、

「……結婚してください!」

顔を赤くしながら、まっすぐ姫を見てジェームズはそう言った。


 当然、いきなりのプロポーズに城は静まり返る。

 ところが、その静けさを嵐に変えたのは姫の言葉だった。

「……喜んで」

 祝福の嵐だ。声が降る。喜びが降る。


 それをただ1人、張り詰めて見ていたのは女王だ。自分の人生でただ1人、愛した人と結ばれなかった女王、こんなにもすんなりと好む相手と上手くいった白雪。彼女の笑顔が突き刺さる。


 違いは、どこから来たのか。いつから生まれたのか。

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