第3章
女王と姫は本当に仲良く暮らしていた。姫は拾われた日にちなみ、「白雪」と名付けられた。
姫が姫となった日から10年が経ち、白雪はどんどん美しくなっていった。女王は女王で相変わらず美しく、賢さと愛で国を支えていた。姫は自分を女王の娘だと疑っていなかったし、女王は本当の子のように彼女を愛した。
しかし、このことが後に大きな波になる。
それからさらに5年、白雪は15歳だ。女王は、姫をただ甘やかされた子とはしたくなかった。王家の者とはいえ、家事も教えたし、しっかりとした教育を行った。ただしこのことに他国からの批判は多く、噂に尾ひれがついて回った。娘を奴隷扱いしているだの、女王は冷たい人間だの。しかし、姫はそのことを知っても変わらず女王を慕っていた。女王も全く気にしていないように見えたが、彼女が多少なりとも傷ついていることを知っていたのは、昔から世話をしてきたばあやだけだった。
そして不思議なことに、姫は若い頃の女王に似てきていた。
ところであの鏡だが、いつしか女王の問いに何も答えなくなっていった。守るべき姫の存在により、以前より美しさへの思いが薄れたせいだろう。それでも鏡は大切に女王の部屋に飾られていた。
女王には、1人の親友がいた。彼女もまた1国の王であり、3年ほど前から親しくなったのだ。彼女、アンは1年中雪の降る3つ先の国の王。そう、女王の初恋の王子の国だ。女王の彼に対する恋心はすっかりなくなっていたが、病死したという情報を聞きつけ、アンを慰めていたのだ。その後2人は仲良くなり、文通をしたり、会ったりを繰り返していた。
しかし、恋心がなくなったとはいえ、初恋の相手とはそう簡単に忘れられるものではない。あの王子の優しげな瞳と、女王にかけてくれたあの言葉を、彼女は鮮明に覚えていた。
白雪。姫はその名に恥じぬ可愛らしさと心の清らかさを持っていた。血は繋がっていなくとも母と娘は強い絆で結ばれていたし、ばあやは
「お2人は本当に似ていらっしゃいますね」
と何度も女王に嬉しそうに言っていた。
女王の美しさを月と形容した者は多くいたが、白雪は星だろう。夜の寒さの中、優しく照らす光だ。
女王と姫に関する嫌な噂はもうほとんど消えていた。根も葉もない話に白雪も悲しんでいたが、それでも姫は朗らかだった。そういうところも似ているのだろう。いや、そんな2人だから似たのかもしれない。2人を太陽と表す人はほとんどいなかった。眩い美しさに影を落とすさみしさの色が、悲しい微笑みが、何より2人を似せたのだった。
まっしろなミルクに、1滴紅茶が垂れたような。
ただ、その色は女王のほうが強かった。どうしたって、それは変わらない。
ある日、女王は自身の城でアンと話をしていた。アンには子供がいなかった。跡継ぎについてが、彼女の悩みの種だった。
そこに白雪が通りかかる。礼儀正しく挨拶をして、母と友人を邪魔しないように静かに去っていった白雪を目で追い、アンは呟いた。
「白雪さんは立派ですね。あんな子がいたら、私も安心なのに。それにしても、彼女は若い頃のあなたにそっくりですね。美しくて、思わずため息が出るほどよ」
美しかった、私の若い頃にそっくり。
アンの言葉はぬるい氷のように女王の体に染み込まれていった。
アンが帰った後、女王は自室へ行き、自分が16のときの肖像画を見つめた。美しかった。ただただ美しい、完璧な顔がそこにあった。
そして、例の鏡を見た。
女王はもう若くなかった。洗練された貫禄のような昔にはない強さがあった。しかし、若い輝かしい美しさには到底敵わない。やつれや、少しのしわがある。それでも、同じ年の女性と比べると彼女はずっと美しい。
ただ、女王の心の奥には、小さい頃からずっと美への執着と醜への嫌悪がある。
燻り続けていた煙。
「美しさ」とは、果たして永久に続くものだろうか。
もうずっと鏡はただの鏡であったし、女王は鏡に語りかけてはいなかった。ところが、彼女は無意識に口を開いた。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
鏡は依然として黙ったままだ。
歯車が少しずつ狂い始める。
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