第2章
姫は誰からでも愛された。最初のうちは幸せに感じていた姫だったが、段々と人々を観察していると、それは自分の容姿が変わったからではないかと思い始めた。
残念ながらそうだった。姫は持ち前の賢さですぐに周りの真意を見抜いてしまったのだ。
自分の中身を愛してもらえないのでは、それはただの人形ではないか。でも、4年前よりははるかに……。
姫はそう思ってしまった自分に気が付き、ひとりさみしそうに笑った。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
相も変わらず、姫の1日はこの言葉で始まる。長い間大切に使われているこの鏡に、いつしか命が宿った。そして、
「それは貴方です、姫様」
と答えるのだ。
毎日この問答が繰り返されるうちに、姫にとって鏡の答えが精神安定剤のようになってきていた。姫自身は全く気がついていなかったが。
姫の美しさの噂を聞き、毎日のように求婚者が城に訪れた。
もし姫にこれほど知恵があるわけではなかったら、この状況に喜んだり、あるいはすぐに夫を決めたりしたかもしれない。しかし、それはなかった。それどころか、良いと思える男は誰一人いなかった。つまり、姫の心を、姫の気持ちを見つめようとする者はいなかったのだ。姫は悲しかった。
そんなある日、姫は恋に落ちた。3つ先の国のパーティーで、その国の王子にどうしようもなく惹かれたのだ。彼は優しく、それでいて真実を見抜く目を持っていた。
その証拠に彼は、別れ際に姫にこう囁いたのだ。
「あまり、無理しないでくださいね」
どんなに悲しくても笑顔でいた、どんなに辛くても、さみしくても朗らかでいた姫に、この単純な一言がどんなに重く響いたか。本人にしかわからないのだろう。
しかし、なにしろ初恋だ。どうやって近づけば良いのかも知らないのだ。3つ先の国は近いようで遠い。遠いようで近い。もどかしい距離だ。恋を知った姫はさらに美しくなった。
王子のことを忘れられず、ちょっとした用でも国の外まで出かけるようになった。まだ16歳。1人の乙女なのである。
そうこうしているうちに、招待状が届いた。あの王子の国で晩餐会が開かれるというのだ。
姫は自分を最高に引き立たせる服装を選んだ。姫は姫が美しいことを知っていたし、それが大きな強みであることもわかっていた。
王子の国に着き、1歩踏み出せたその瞬間から、この国の心は姫のものとなった。姫から出る美しさは銀色の光を放っていた。
1時間後、姫の瞳は涙でいっぱいだった。
その晩餐会は、王子の結婚を発表するものだったのだ。王妃となる女性は優しさに溢れる人に見えたが、姫の美しさには到底及ばなかった。
「どうして?私のほうが美しいのに……」
美しくなければ拒絶され、美しければ愛されてきた姫にとって、こう思うのは仕方のないことだった。
若干自暴自棄になった姫は、両親が決めた男と結婚した。
しかし、この男がひどかった。朝から夕方まではひたすら狩りをして、姫の大好きな動物たちを傷つけた。仕事はほとんどせず、姫は過労死するかと思われるほどの忙しさと1人で戦った。
「姫様、お疲れですね」
あるとき鏡が言った。それは何気ない一言だったのだが、精神的にもボロボロだった姫には、美しさの減少を意味するように聞こえた。
姫は彼の毒殺に成功した。
ストレスの原因がなくなった今、姫は一段と美しくなった。姫は夫を探すことを諦めた。
そんなあの日、姫ーいや、女王と呼ぼうー女王の城の前に、赤ちゃんが捨てられていた。雪が降りそうな曇りの日だった。女王が触れると、すごく嬉しそうにそれは笑った。自分が捨てられたなんて知りもせずに、本当に嬉しそうに。
「この子をここで育てます。私の姫として」
女王がそう言うと、城の者たちは正気かと尋ねた。どこの子かもわからぬ赤ん坊を引き取るなど危険だと言って止めた。しかし、女王の心は揺らがなかった。そして、たった今姫となったその頬にキスをした。
きっと女王はさみしかったのだろう。彼女の両親は少し前に他界していた。もう家族がいない中、たった1人で大きな城を守っていたのだ。愛を注ぐ相手が欲しくなるのも当然のことだ。
この出会いは偶然だったのか、それとも必然だったのか。
その夜、雪が降り始めた。不気味なほど美しく、ただ白く。
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