第1章

 「おめでとうございます。元気なお姫様です」


 『昔々、あるところに、王様とお妃様がいました』


 二人は決して大きくはないが平和な国を治め、その人柄からすべての人に愛されていた。ある日、妃が娘を産んだ。プリンセスの誕生だ。姫は賢く優しく、明るく育った。自分の立場にあぐらをかくことなく、庶民を庶民と思わず、人間として接した。

 何も欠点のないような姫だったが、そうではなかった。彼女はふとっていた。顔つきは可愛らしいのだが、どうにもふとっているのだ。その事実は誰にも変えられず、姫の容姿はそのままだった。その国は豊かであったため、食料に困ることもないのだ。王たちが国のために働いてきた結果だ。実に皮肉だった。

 しかし国民は姫の性格をよく知っていたし、誰もそんなことで姫を馬鹿にしたり蔑んだりはしなかった。故に姫は自分の見た目に引け目を感じずに生きていた。もっとも、姫自身に悪意のかけらもないため、仮に姫をそんな目で見る人がいても気がつかなかったかもしれないが。


 それは突然にやってきた。

 姫の国で晩餐会が開かれた。近くの国の王家も招かれ、楽しいものとなるはずだった。しかし、隣国の姫がこう言ったのだ。

「なーに、あの子、ふとっているわ」

その子はまだ幼く、そこに悪意は全く無く、ただ見たままを言っただけだったのだが、その声は大きく広間中に響いた。静まり返る。誰もがどう姫に声をかければよいのかわからなかった。姫を見て、見下すように笑った者もいた。

 ところが姫は、

「皆様、今日は来てくれてありがとう。お楽しみください」

と言ったのだ。微笑みを浮かべて。

 それをきっかけに、晩餐会は穏やかに進んだ。このとき姫は12歳。ある程度の賢さと常識を持った人々はこの対応に感動した。


 しかし、容姿に欠点があるとそこを突きたくなるのが人の性。晩餐会のあとから、姫に辛く当たる他国の者が出てきた。それでも、姫は常に笑顔だった。

 それでも人の心は表情にすべて現れるのかというと決してそうではない。姫は確実に傷ついていた。いつしか国民さえも冷たくなった。けれども姫は誰をも責めはしなかった。そして、やせようと決めたのだ。


 4年後の姫の成人式ーこの国での成人は16歳だったーまでの必死の努力の末、姫は素晴らしいスタイルを手に入れた。もともと顔立ちは良かったので、絶世の美女と言っても過言ではない女性となった。姫は夜の満月のように不思議な美しさを持っていた。


 そして自室の大きな鏡に向かって呟いた。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」

もちろん鏡はただの鏡のままであるし、そうであることを姫は知っている。これは、一種のまじないのようなものだ。

 姫は4年間、毎日この鏡に問いかけ、いつの日かそれは自分だ、と言えるようになるまで頑張ろうと決めていたのだ。


 姫の登場前、城にいた人々の多くは姫に辛く当たっていた者だった。実は姫は4年の間、家族以外の誰とも会わないでいたのだ。それは必死の減量のためであったのだが、人々は自分たちの対応のせいだと思い込み、ばつの悪い思いをしていた。せめてもの償いのつもりで成人式に出席していたのだ。

 とはいえ、どこかで姫を下に見る気持ちはあるのだろう。誰も姫を見ることに期待なんかしていなかったし、正直なところ自分の国も忙しいので早く帰りたいなどと考えていた。

 その思いがわずか30秒後に変わるだなんて、夢にも思わずに。


 美しい音楽の調べの中、姫が現れた。誰もが息を呑んだ。

 姫は朝日を受け輝く湖よりも、人魚の流した涙よりも美しかった。


 その神々しいまでの気品、美しさ、何より溢れ出る愛を感じ取り、人々は何も言葉を発することができなかった。ただただ、拍手だけが続いていた。

 姫は嬉しくて涙を流した。それをこの世の何より美しいと感じたのは1人や2人ではないだろう。

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